第4話 出会いと馴れ初めと深入りと別れ

 空が曇り出した。円形の都市の上だけでなく、私たちがいる公園の上にまで、暗雲が立ち込める。それを暗雲と捉えてしまうのは、きっと、私の中で化石化した消極的な態度に起因する。雲の発生も、状態も、自然現象にほかならない。


 少年は先ほどからずっとブランコに乗っている。彼が自分で漕いでいるといった趣ではなく、吹き抜ける風に煽られているような感じだった。草原の方から植物の摩擦を受けた薫風が漂ってくる。上空の状態に比例して、大気の温度は低いように思えた。


 私は、今、何をしているのだろう?


 私は、今、どこにいるのか?


「というような問いには、答えがない」少年が言った。久し振りに彼の声を聞いたような気がして、柵に身体を預けていた私は、上体を起こして彼の方を向いた。「とっくに分かっているだろう? 自分と世界の境界というものはないんだ。あると信じている者たちが、あんなふうに意識的に作っているだけだ」


 そう言って、少年は柵の向こうを指さす。


 その先には、円形の都市がある。


「そもそも、意識的に境界を作らなければならない、というのはおかしい。初めから境界があるのなら、作ろうとする必要なんてないはずだ。その矛盾した行いが、境界の存在を否定している」


 なんとなく、彼の理屈には穴があるように思えたが、私は黙っていた。穴があっても、彼の言葉が意味することは私にも分かったからだ。それは、きっと、私が彼に近づいたからだろう。そして、同時に、彼の理屈の穴を埋めることは、少なくとも、言葉を用いては成しえないということも理解できた。


 私は公園の中を歩いて、少年の隣のブランコに腰を下ろす。金属製の手摺りがきっと音を立てた。


 地面を軽く蹴って、ブランコに振れを生じさせる。


 ブランコに乗っているとき、私とブランコは一体の存在を成す。したがって、どちらがどちらに影響を与えているということはない。それは同時に成立しているから、そこに順序を見出すことはできない。もしできたとしても、それは無意味だと言って良い。しかし、人間の思考回路というものは、物事を順序立てて考えようとする傾向があるから、そのように考えてしまうこと自体は問題ではない。


 というようなことを考える場合にも、順序立てて考えている。しかし、感覚的にはすべて同時だ。この同時というのは、少し説明が難しい。そして、説明することで必ず理解されるとも思えない。


 私はブランコを止めて、少年の手を握った。


 彼は顔を上げてこちらを見る。


 首を傾げる仕草。


「雨が降ってきそう」彼の目を見たまま、私は言った。


「そう?」少年は反対側に首を傾ける。「では、帰ろうか?」


「ううん」私は首を振った。「雨を降らせなくすることはできる?」


 少年は、できるとも、できないとも、答えなかった。


 けれど、結果的に雨は降ってこなかった。


 帰る途中、畦道を抜けた先にある小さな駄菓子屋で、私と少年はアイスを食べた。ソーダ味の、見るからに着色料が使われていると思われるキャンディーで、もちろん二人とも外れだった。


 虫の声が聞こえる。


「もう少しすれば、世界は終わる」食べ終えたアイスの袋を片手に、少年が呟いた。「そうなれば、僕は消えてしまうだろう」


 私は彼と並んでベンチに座っている。彼の言葉に驚きもしない自分がいた。それは、当然の結果として理解できたからか、それとも、彼の言葉の意味がそもそも理解できなかったからか……。


 あるいは、すでに、彼は消えているからか。


 そう……。


 気づいたときには、私は彼の中にいた。


 一人で二本のアイスを食べた。


 二つのアイスが、空間軸上のx座標、y座標、z座標と、時間軸上の一点を共有して存在している。


 もう、アイスは一つあるようにしか見えない。


 いや、見えないだけでなく、それは一つしか存在しないのだ。


 私は立ち上がり、夜の山道を下っていく。


「もう、世界は終わったの?」私は質問した。


「終わりつつある」少年が答える。


「では、ここはどこ?」


 道路に転がっていた小枝を靴の先で蹴ってしまった。


 枝はからころと音を立てて跳ねる。


 下界で大きな音がした。


 私は走り出す。

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