第28話 疾風迅雷
洞窟を進んで行くと、分かれ道にぶつかった。
昨日見たトルテたちの配信では、迷うことなく左の道に進んでいたけど、右にはいったい何があるんだろう?
「どう思う?」
「配信を見ている人に聞いてみたらどうかしら?」
なるほど。配信はそう言う使い方もできるのか。
チラッとヤックルに目を向けてみると、彼女は親指をグッと立ててウインクしてくる。妙にこなれてるな。
「リスナーの皆さん、この道を右に行ったら何があるのか知っていますか?」
神にでも祈るように手を組んで、ヤックルはカメラ目線でおねだりをする。
カメラに目を向ける前に目を擦っていたのは、うるうるした瞳を作るためだったのか。
『俺まだその洞窟行ってない』
『知っていたとしても情報はタダじゃ渡せないぞ』
『知ってるけどうちのメンバーがダメだってさ。ごめんね~』
しかしヤックルのおねだりは成功せず、コメント欄には有力な情報が流れてこない。
まぁここで知ることができたら儲けもの――ぐらいの感覚だったから、別に悲観するレベルの話ではないんだけどな。
うー、と悲しそうな目でコメント欄を見るヤックルを眺めていると、不意に彼女の目が見開かれた。
なんだろうと思い、俺も自分のスマホに映るコメント欄を見てみることに。するとそこには、
『右の道には試練と宝箱が用意されているわ。あなたならきっとできる、頑張りなさい』
そんな情報と励ましの言葉が書かれていた。
なんだか、ヤックルの事を知っているような言い方だな……さっきからヤックルを『素敵!』とかべた褒めしていた人と同一人物だろうか?
「宝箱があるというのなら行くしかないわね。試練は蛍がなんとかするでしょう」
「そんなになんでもできるような人間じゃないけどね」
「じゃあ私が試練クリアしたらクッキー奢ってください! 1500円のやつ!」
「舌が肥えてきてんなぁ……まぁいいけどさ」
ほんの数日前まで1200円のクッキーセットで満足していたというのに。
まぁ宝箱の中身が1500円より価値が低いなんてことはないだろうから、もし仮に彼女しかクリアできないような内容の試練であれば、プラスだしな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
分かれ道を右に曲がり、魔物を倒しながら進むこと十分ほど。
俺たちは横幅三メートルほどの細く長い、石畳の一本道がある場所に辿りついた。
道の右わきには看板が建てられており、『駆け抜けろ』という五文字が記されているほか、地面に一本の白いラインがひかれている。
「駆け抜けろ――か。走るのはヤックルの専門だけど……トラップとか魔物がいたら面倒だな」
顎に手を当てて考える。スピードなら彼女の独擅場なのだが、本当にただそれだけなのかがわからない。
「はいはい! 私が走ります! これは私が活躍できる予感です!」
両手を上げて、ぴょこぴょこと跳びはねながらヤックルが言う。コメントではやはり『ぴょこぴょこ助かる』だとか『アホ毛鑑賞代【1000円】』とか言われていた。
「どう思う?」
ジッと道の奥を見据える千春に聞いてみる。すると彼女は、「走らせて見ればいいんじゃない?」と楽観的な口調で答えた。
「どうせデスペナルティはないんだし」
ふむ……本当にそうなのだろうか?
彼女は十八歳にしてこの五才児と変わらぬ身長だ。五歳のころはいったいどんな姿をしていたのだろう? 赤ちゃんぐらいかな?
「ヤックルって五歳のころはもっと小さかったの」
「そうですね、アホ毛がいまの半分ぐらいの短さでした」
あの頃の若さ溢れる自分が懐かしいです――ヤックルは遠い目をしながらそう呟いた。いまと大して変わんねぇだろ。
「……いちおう聞いておくが、身長は?」
「アホ毛抜きですと今と変わりませんね」
じゃあ本当に変わってないじゃん。
「よし行ってこいヤックル! 例え死んでもお前に失うモノは何もない!」
「私のチャームポイントが半減するんですけど!?」
抗議するヤックルの背を押して、スタートラインに立たせる。
コメント欄ではブーイングの嵐だったが、元々こいつがやりたいって言ったんだからな? 俺は後押しをしたにすぎない。
「ゴールが見えないですね」
覚悟を決めたらしいヤックルが、真っ直ぐ続く道に目を向けて呟く。
明かりは十分にあるのだが、いかんせん距離が長すぎて先が見えない。
『なんでヤックル? 速さの試練でしょ?』
『足の短さを考えてもろて』
『ふふん、ヤックルを甘く見ていると痛い目みるわよ』
コメント欄では、ヤックルが走ることに対して否定的な人と肯定的な人に別れていた。肯定派はおそらく、さきほどこの試練のことを教えてくれた人だろう。
『もしも速さが足りなければスタート地点に戻らされるだけで、トラップもなにもないわ。私たちじゃゴール付近までは行けなかったから、最後のあたりはわからないけど』
そのヤックル肯定派の人は、そんな情報まで教えてくれた。ありがたい。
というかこの人、少なくともこの洞窟にやってきてるってことは、このワールド内でも上位勢の人たちだよな?
まぁそれはさておき、危険がないとなれば挑戦するだけタダだ。
「ヤックル、配信を見てる皆の目にお前の速さを焼き付けてやれ」
「合点承知っ!」
彼女は俺に返事をするとともに手を床について、クラウチングスタートのポーズをとる。
球体のカメラも空気を読んでヤックルに近寄っていった。
「――【疾風迅雷】っ!」
ヤックルが日本っぽさ満点のスキル名を小声で口にすると、バチバチと青白い電気が彼女の身体の周りで踊り始めた。
ヤックルが教えてくれたのだけど、このスキルは五秒の間自分の速さのステータスを二倍にしてくれるらしい。クールタイムは十秒間。
そして、ヤックルはキッと前方を睨むと――鼓膜を刺すような破裂音とともにその場から消えた。
人が地面を蹴ったとは到底思えないような音だ。俺もこの世界でステータスが上がっていなければ、きっと彼女の動きを目で追えなかったと思う。
「スキルを使ったところを初めて見たけど、やっぱりヤックルはとんでもない速さだな」
彼女を甘く見た人たちよ、せいぜい悔しがるがいい。
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