第29話 ミサイルヤックル

 


『【速報:ワールド最速決定】』

『カメラ置き去りにしてるww』

『このパーティちょっと異質だけど面白いな』

『ふふふ、みんな見たでしょ? ヤックルは凄いのよ!』


 コメント欄ではヤックルを褒めたたえるコメントで盛り上がりを見せた。

 だが、その一方で、


『もう諦めなよ』

『速さのステータス200ぐらい必要じゃないか? レベルを上げてから来るべきだよ』

『見ているこっちが辛い』


 そんなコメントもちらほら届くようになっている。

 そう……かれこれ十五分ぐらいヤックルはこの試練に挑み続けているが、あと一歩というところでクリアできていない状態が続いているのだ。


 原因の一つは、スタータス不足――そしてもう一つが、この道の時間制限がおそらく七秒であるということ。だいたいその時間で、ヤックルはスタート地点に戻ってきてしまう。


「スキルの時間が七秒持てばいいんだけどなぁ」


「うぅ……でも、本当にあとちょっとというところなんです……あと一回だけ、あと一回だけお願いしますっ! 走ることだけは、誰にも負けたくないんです!」


 そりゃ俺としては『いくらでも飽きるまでやってこい!』と言いたいが、現在は配信中なので、そうも言ってられない。

 俺が二秒間ヤックルを担いで走るということも考えたけど、そもそも俺は限界突破のスキルを使っても、彼女のスキル無しの状態より遅かったということに気付き、断念。


 俺と千春にできることは、ヤックルを信じることぐらいだった。

 そう思っていたのだが、


「ヤックルを蹴りとばせばいいじゃない」


「えぇっ!? ご、ごめんなさいごめんなさいっ! そんなに千春さんの気分を害していたとは気づきませんでした……! 土下座すればもう一度の挑戦を許していただけるでしょうか?」


「いやたしかに蹴り飛ばすのはありか」


「蛍さんまで!?」


 ギャーギャーとヤックルが涙目で騒いでいるけど、俺は千春の提案をとても前向きに考えていた。俺の今のステータスでヤックルに向けて蹴りを放ち、彼女は俺の足を踏み台にする形でスタートすればいいのだ。


 つまり、ロケットスタートである。


 おそらくお互いにダメージを喰らう形にはなるかもしれないが、『あと少し』を埋めるのには十分な距離を稼げるのではないだろうか。

 まぁなんにせよ、やってみないことにはわからないか。


「よし――本気で蹴るから、ヤックルは俺の足を蹴ってスタートしてくれ」


 そう言葉にして説明すると、彼女は拳を手の平に落として「なるほど!」と口にする。

 今の俺のステータス、相変わらず攻撃に極振りしてるから55あるんだよなぁ。死んでアホ毛が縮まないことを祈っておこう。


『まじでヤックルを蹴るの?』

『通報したほうがいいですか?』

『でもヤックルも乗り気になってるぞ』

『ヤックルを泣かせたら通報するわ』


 コメント欄からはそわそわした雰囲気が伝わってくる。というかお前ら自分の冒険はどうした。のんびり人の配信を見ていていいのかよ……いつの間にか150人もいるんだけど。


「日ごろの恨みを込めるのが蹴るときのコツよ」


「ちっとも恨んでないけどな」


「やっぱりご褒美があったほうがいいですよね!? 上手くいけばアホ毛触ってもいいですよ!」


「お前はアホ毛を安売りするな」


 アホ毛の安売りってなんだよ。自分で自分にツッコみたくなったわ。

冗談はさておき――だらだら時間を使わないで、やってみるか。


「じゃあこのラインで蹴るからな。タイミングは俺が合わせる」


 そう言って、俺は蹴りの素振りをする。ヤックルはそれを見てから「合点承知っ!」といつのも返事をした。

 予習もそこそこに、さっそく実践――


「――行きます!」


「りょ」


 ヤックルはぴょんとその場で跳び跳ねたのち、身体を水平方向にしてから、足を曲げる。

 もし俺が何もしなかったら顔面から落ちるだろうなぁと、少し頭に悪魔がよぎったけど、俺は予定通りヤックルの足の裏目がけて蹴りを放った。


「よいしょお!」


 全力とはいっても、限界突破のスキルは使わなかった。本当にヤックルのHPを削り切ってしまいそうだったから。

 空中で球体の様に丸まっていたヤックルが、ミサイルの様に身体を伸ばして跳んでいく。そのスピードは、彼女のスキル使用時のスピードと酷似していた。


「いけぇえええヤックルぅううううっ!」


「その後、ヤックルの姿を見た者はひとりとしていなかった……」


「変なモノローグ付けるなよ! 無事だよ! た、たぶん」


 なんだか千春にそう言われると、不安になってきた。ヤックル、ちゃんと戻って来るよね? 死んでないよね? アホ毛が短くなるのはどうでもいいけど、殺してしまったらさすがに罪悪感は覚えるのだが。


 俺は彼女の状況を確認するため、スマホで配信画面を確認する。

 そこでは、雷を纏うヤックルが一心不乱に足を動かしていた。

 そして最後――あと一歩で届かなかった黄金の宝箱へ、彼女は跳んで手を伸ばした。


『クッキィイイイイイッ』


 配信画面から、そんな迫力満点のヤックルの声が聞こえてくる。言葉の意味には迫力もクソもないが。もっとマシな欲求はなかったのかよ。


 ――あぁそうか。


 この試練がクリアできたら、彼女に1500円のクッキーを奢る約束をしていたな。まぁそれぐらい、安いもんか。

 宝箱を両手に抱えた状態で転移してきたヤックルが、俺たちを見てニパッと笑う。


『すげぇええええっ!【1000円】』

『戦力期待値はやっぱり期待値でしかないな。凄いよこの子』

『ミサイルヤックルw』

『おめ【500円】』

『あなたならできると信じていたわ【30000円】』

『三万投げてるやついて草』


 配信のコメント欄では、投げ銭や祝いのコメントで溢れていた。ライバルに塩を送りまくっていいのかと注意したくなるが、ここは有り難く受け取っておくことにしよう。


 いまはそれよりも、


「えへへ――見てください蛍さん千春さん! 宝箱、ゲットしました!」


 努力が報われる瞬間に立ち会えたことを、感謝したい気分だ。



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