第17話 開眼せよ――我が第三の



「それで拾ってきたと? いまの私たちに子供を養える余裕があると思うの?」


 夫婦かな? なんてツッコみは控えるとして。


「いやさすがに段ボールハウスは可哀想だなと思って……この子も俺たちと同じく戦力期待度0みたいだし、なんかほっとけなくてさ」


 俺と千春は、ちゃぶ台でコンビニ弁当をばくばくと勢いよく食べているヤックルを見ながら、コソコソと話す。

 公園でも躊躇いなく話しかけてきたし、ヤックルは人懐っこい性格なのかもしれないな。


「ギルドに入れるの? でも魔物と戦えないのなら本当に足かせにしかならないわよ?」


「そうなんだよなぁ……」


 魔物を倒せない理由によるよな。

 単純なパワー不足とかなら、俺と千春が一緒にレベル上げを手伝えば、なんとかなりそうだし。パーティさえ組んでいれば、たとえ魔物に対して何もしなくとも経験値は分配されるみたいだし。


「ヤックルはなんで魔物を倒したことがないんだ?」


 ちゃぶ台に近づいて問いかけると、彼女は口の中の物を胃に流し込んだのち、俺たちに向き直る。ご飯粒が頬っぺたについているのはご愛敬。


「だって魔物さんが可哀想じゃないですか」


「お、おう……」


 じゃあもう無理だ。その理由が根本にあるのなら、彼女はレベルを上げたところで戦えない。正真正銘の足かせとなってしまうだろう。


「ですが、このままではダメだと思っています。私にも、叶えたい願いがありますから」


 グッと小さな拳を握り、ヤックルは決意を固めるように頷く。


「漫画で見た『無限に食べられるお菓子の家』を作るために、私は戦える人間になりたいのです!」


 やっっっっっすい願いだな。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 俺とヤックルの関係は、ただ公園でばったり会っただけなのだから、俺が彼女の面倒を見る義理はない。

 だけど、彼女の保護欲をくすぐる幼い見た目――そして俺たちと同じく戦力期待値0ということが、俺に彼女を放置するのをためらわせた。


 ヤックル本人としては、どうしてもお菓子の家を元の世界に作りたいらしく、俺たちが作る予定のギルドに入りたい模様。配信で俺たちの戦いを見て、『この人たちなら上位を狙える』と思ってくれたらしい。


 で――だ。


「さぁ頑張れ」


「合点承知っ!」


 俺たちは街の中にある、仮想戦闘訓練施設へとやってきた。

 使用料は一時間千円で、コンビニぐらいのタイル張りの部屋に、街の外で見たスライムが一匹。倒せばまたスライムが出現するらしく、延々と戦闘訓練ができる仕様のようだ。


 幼児化というデスペナルティがない代わりに、経験値もお金ももらえないが、訓練という意味では有用だろう。ちなみに使用料の千円は俺が立て替えておき、出世払いということになった。


 スライムと対峙する、ヤックル。

 彼女は身長が百センチほどしかないので、スライムとあまり大差ないサイズ感だ。


「う、うぅ……やっぱり可哀想ですぅ」


「ヤックルのいた世界と違って、この魔物たちは本物じゃないんだからさ! 大丈夫! いけるって!」


 街の外にいる魔物も、殴ったり蹴ったり切ったりしたところで血も内臓も出てこない。

 俺はまだ怪我を負っていないから定かではないけど、魔物だけでなく、ボスと戦っていたダックスたちも流血していなかったことから、この世界の仕様なのだと思う。


「俺たちのギルドに入りたいなら、ここはせめて乗り越えて貰わないとまずいぞ! お菓子の家に住みたいんじゃないのか!? 男をみせろヤックル!」


「私は女ですぅーっ! ぎゃあああああっ!」


 攻撃か防御か、はたまた回避か。

 彼女は頭の中で色々考えていたようだけど、考えてしまったがためにスライムの掃き出した液体を顔面に浴び、さらに体当たりで吹き飛ばされてしまった。


 そこにさらに酸のような液体を浴びせられ、ヤックルのHPゲージは0になる。

 四つん這いの状態で「しくしく」と呟くヤックル。

 まだ開始五分も経っていないのに、早くも心が折れていそうだ。


「まぁ一回目でそう簡単に解決するとは思っていなかったし、どんどんやろうか」


 せっかく一時間部屋を借りたのだから、時間を余らせるのはもったいない。


「――そ、そうですね! こういう時は自分の欲望で突き動かせば……アニメ漫画ネットクッキージュースうぉおおおおおおっ――やっぱり無理ですぅーっ!」


 即堕ち二コマどころの騒ぎじゃなかった。一コマ目でリタイアしていた。


「そうだ! 目を瞑れば魔物を可哀想に思わないんじゃないか!? 名付けて『いつの間にか殺しちゃってた作戦』だ! 心の眼で見るんだ!」


「なるほど! ネーミングはクソですが、それはナイスアイデアです蛍さん! 開眼せよ――我が第三のナマコっ!」


「ナマコじゃなくてまなこな」


 第一のナマコと第二のナマコはいったいどこにいるんだよ。


「あれ? そうでし――ふべふぉっ!?」


 結局、ヤックルはスライム相手に一度もダメージを与えることができないまま、終了時間を迎えるのだった。


 どうしたもんかな、本当に。



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