ワイルド・ローズ・シューティングスター

たひにたひ

僕の才能は「人殺し」です。

僕にとって、それはまさしく才能だった。生まれる前から僕はそれを持っていたし、僕はそれを持っている事をはじめから知っていた。しかしどうしてか、僕は今数学の問題を解いている。僕はその莫大な才能を行使する貴重な時間を捨て、数学の問題を解くことに没頭する。僕は数学が苦手だ。かと言って国語も苦手だ。勉強なんて僕はいらないと思っている。じっさい僕は中学を卒業したら就職をする予定だし、もうあまり高校の受験勉強をする意味なんてなかった。


僕は賢い。生まれた時から自分才能が世間から必要ないとされている事を分かっていた。世間から憎まれていると分かっていた。疎まれていると分かっていた。それは人間にとって生きる事と同じくらい大事で、僕はそれを人に与える事が出来る。それは時代が違えばあるいは僕は英雄のように崇め奉られたかもしれない事を示唆していた。しかし僕はまた、そのような事が起こりえない事も知っていた。


僕にとって僕の目から覗く世界は退屈だ。やりたい事もさせてもらえず、ただただ押し付けられることに対してどれだけ忠実かを求められる。僕に才能がなければ、ここまで僕が嘆き悲しむことはなかっただろうと思う。僕は高校三年生になる。高校受験はしないで就職をするつもりだが、かといって就職について何か考えたかと言えば何もしていないのが現状である。


くだらんくだらんくだらん、もうどうとでもなれ、あとはしらない。いつも深夜に帰ってくる父のやつれ果てた姿を見れば、社会なんてものがろくでもないという事だけは分かる。僕にはそれで十分だ。


僕は筆箱から鉛筆とポケットナイフを取り出し、鉛筆を綺麗に削り始めた。ナイフで鉛筆を削る事、それに僕は特別な思い入れがある。ナイフを斜面に沿わせ、木材を薄くはぎとる。コツは焦らない事。自分の作りたい鉛筆の形を思い浮かべ、慎重にそれを掘り出す。黒鉛を削る事はさらに神経を遣う。僕はとにかく鋭く、鋭くすることを心掛けた。鉛筆の形が鋭くなるにつれ、僕の精神は昂っていく。僕は鋭いという事を想像するとき、その鋭利さが何かを傷つけるところを想像する。僕の精神はさらに昂る。それが僕の才能のはけ口だった。


僕が中学生の時、いつものようにそうしてナイフで鉛筆を削っていたら、僕は後ろから肩をたたかれた。精神の昂っていた僕は、勢いのあまりその肩に乗っていた手に向かって鉛筆を突き刺したのである。その鉛筆は手の骨の合間を見事にすり抜け、肉を見事に貫いた。僕は勢いのあまりその鉛筆を引き向き、二度三度とその手に突き刺したのである。もちろん手の主は悶絶して倒れた。特に意図してやった訳ではない。肩をたたかれるという他者のとの接触がトリガーとなり僕の身体に埋め込まれた才能が発揮されたのだ。僕は人を傷つけるためにどう身体を動かせばいいか良く分かっていた。僕は死という物について良く分かっていた。それがどういう物なのか、どんな形をしていて、人間をその形に歪めるにはどうしたらいいか、その人間を見た時即座に理解する事が出来た。なにより、僕は死というものが人間にとってどれほど大事なことか理解できていた。人間は「生」にはじまりやがて「死」に至る。そのような単純な構造が僕には見えていた。だから僕は、死への人の導き方もまた分かっていた。

虐げられて、日がな学校へ行って、独りぼっちで家

に帰る。そんな日常が続いていた。そのままに日常が続いてくれていたら、どんなに幸せだったろう、僕は今までの僕の日常がただの地獄だったことを知った。もう二週間ほど前になる、彼女との出会いをきっかけに。


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数学の授業をそのまま受けて、そのまま授業が終わり放課後になったら、僕には行く所がある。行く所が最近出来たのだ。これは多分、今までに比べて幸せな事なのだろう。


「エーリ、君は賢い子だ。だからここにいる時だけでもバカになって」

校門を出て、大通りを右に、そうすると大きな集合住宅がある。そこの第十七錬、七階、一二七〇三号室のチャイムを押す。軽快な鈴の音が鳴り背の高いエプロン姿の女性が出た。


鄧 鰐梨(ダン アーリィ)は僕の友人、というか仕事仲間のようなものだ。彼女は扉を開けるなり目の前にいた彼を見つけ、手を強引につかみ部屋のなかに引き込む。


「エーリ。ご飯が出来てるよ。一緒に食べよう」彼女は僕に返答の隙も与えずに言う。

「どうしてご飯なんか作ったんだよ。僕は自分の家で作ってたべるよ」

「どうしてそんなこと言うの?早く食べないと冷めちゃうよ。ほらみて、麻婆豆腐をつくったんだよ。辛くておいしい。一緒に食べよう」

「どうして。辛くて嫌いなんだよ。麻婆豆腐」

「エーリはたまに本当にバカなことをいうよな。麻婆豆腐は辛いからおいしいんだよ」

「だから僕はその辛いのが嫌いなんだよ」

「ほんとバカだなエーリは。辛いって言うことはおいしいってことじゃないか」

話にならない。

仕方が無いからエーリは机についた。向かいに鄧が座る。狭いテーブルだ。麻婆豆腐の大皿と、スープの椀が辛うじてそこに収まっている。鄧は勢いよく「开饭了!」と言い、レンゲで麻婆豆腐をすくい口へ運ぶ。そのうち唸って彼女は声を上げる。それがたまらなく嬉しそうだった。それをエーリは眺めていた。鄧がエーリを睨む。いやいや僕は麻婆豆腐を口に入れた。最初の一瞬それは胡椒が利いていて絶妙な辛みを備えたおいしい麻婆豆腐に思えたが、その次には舌に物凄い痛みを感じた。僕はそれをやっとのことで嚥下し、勢いよく咳ごんだ。


「こんなもの食えるか!」

「なんだよ。おいしいだろう?」

「これは人が食べられるように作ってない!」

「なんて酷い事言うんだ。君はこんなにおいしいものが食べられないのか。君は悲しい人間なんだな」

「これを食べられる人間は世界に数える程しかいねえだろうよ」

「そうか。だったら遠慮せずに食べてくれ」

「褒めてない」アーリィは時々日本語が下手だ。

賢そうな口ぶりをしているが本当は中国人で、まだ日本語がうまく喋れないのだ。彼女は背が高い。背が高い秘訣を聞けば、私の家族はみんな麻婆豆腐をたくさん食べて育ってきたからだと豪語する。僕はそんな冗談にたじろぐ。彼女が家族について話したことなんて一度もないし、彼女の生い立ちについてもまた僕は一回も聞いたことが無いからだ。人には言えない人生を送って来たのだろうか。彼女は僕に親しい素振りを見せてくれるけれど、じっさいのところ彼女が僕をどれくらい信頼しているのか、僕といてどれくらい楽しいのか分からなかった。


「何を物憂げな顔をしているんだい?」

「アーリィは、僕といて楽しい?」

「楽しいよ。もちろん」あまりの返答の早さに僕はそっぽを向いた。アーリィはそんな僕をみて小さく笑った。

「君も好きだし、君の才能も私は好きだ。だから当然、一緒にいて楽しくない訳がないだろう」僕はどう返答したものか、困った。

「君は、可哀そうだ。見ているとかまってやりたくなる」

バカにするな。アーリィは微笑みを深めて続けてこう言う。


「君は今バカにするなって思ったでしょ。僕はぼくなりに頑張ってるって。そんなところが構ってやりたくなるんだよ。君を幸せにしてやりたいって、君を一人にさせたくないって。でも君は独りぼっちだ。君の才能を分かってくれる人はいない。君の苦悩を分かってくれる人はいない。私を除いて」満足そうな表情で彼女は言った。


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「それじゃあいこうか。今日の仕事に」

アーリィは肩まである長い髪で緩く三つ編みを後ろに作ると、ジャケットを羽織った。僕の頭をなでる。彼女の面持ちが変わった。さっきまでの間の抜けた表情はもうそこにはなく、そこには猟奇的な微笑みがあった。僕は彼女に続いて玄関を出た。階段を下りて集合団地を抜ける。そうして僕らは町に繰り出した。



僕らの仕事は、殺しだ。

この世界に人を殺す仕事なんてありふれている。なぜならこの世界にはいらない人間があふれているから。この世界の人口は増え続けている。だから無駄な人間も増え続ける。増えたのなら増えただけ殺す。無駄な人間なんてこの世界にはいらないから。初めは珍しかった殺しという仕事は、やがて標的を競って取り合う程に増えていった。今の僕の才能のはけ口はもっぱらこの仕事だった。


仕事だから、もちろん殺した分お金が入ってくる。基本的に子供は一万円。大人の女性は二万円、大人の男性は三万円、これが基本料金。まあだけれど職業とか、地位とかで金額は変わってくる。あとは、個人的な依頼とか。


ある人は言う、人に値段なんて付けられない。人の命はいくら金を払っても買えない。たしかに、その人間が親戚とか友人恋人だったのなら二、三万円じゃすまないだろう。それなら勝手に値段をつければいい。でも僕らがその彼らを殺した時、彼らの命の価値は二、三万円になる。僕らにとって人の命とは、それくらいのものだ。それは誰が何と言おうと変わらないものだ。



削って鋭くなった鉛筆を僕は手で弄びながら道を歩く。鉛筆というのは便利だ。いとも簡単に人の命を奪えるくせに他人に凶器と見られないからだ。それは鉛筆というものが、本来何か物を書くためのツールであるという目的のカモフラージュをしているからだ。


路地裏の暗い隅で、僕は人を殺した。簡単なことだった。僕はそのやり方を知っているから。ふらふらと歩いている男だった。僕はそれとなく近寄り、ひとけのない路地に男が差し掛かったところでそいつの足を引っ掛けた。男は呆気に取られながら倒れようとする。その時に、手に持っていた鉛筆で目を刺す。失敗などしない。そいつの頭蓋骨がどんなに小さくても僕はその頭蓋骨の窪みを正確に突き刺すことが出来る。眼球に鉛筆を五センチ程突き刺し、左右に往復、そうして僕は鉛筆を引き抜いた。今度は右のこめかみを狙う。僕は血まみれの鉛筆をそいつのこめかみに深く深く突き刺した。こめかみに突き刺さった鉛筆を僕はもう片方の手で拳骨を作りハンマーみたい叩いてその鉛筆をそいつの頭に埋めていく。大振りにならず、正確に力がこもる様に叩く。男は倒れた。


殺しをする時に僕は何も考えたりしない。体が自然とどう動けばいいか知っているからだ。だから僕は男がその動作に抵抗する暇なく素早く殺しという動作を終えることが出来る。


人間は意外と視線や殺気に敏感だ。だから殺しをする時に何かを考えることは極力しない。僕は何も考えずに僕の身体に僕の指揮権を委ねるのだ。


僕が男を殺しまた表通りに戻り歩いて、しばらくするとアーリィが向こうからやってきた。

「終わったかい」

「とっくに」

「楽しかったかい」

「楽しかった」

楽しかった、そう、楽しかった。自分の才能を如何なく発揮すること。それはこの上ない快楽で、それをすることは楽しい。人を殺している時だけ僕は解放される。

「殺した男のことを考える?」

「さっき殺した男はしおれたサラリーマンだったよ。生きるのが辛そうだった。生きるのが辛いけれど、家族がいるから仕方がなく仕事をして金を稼がなきゃいけないと生きているような人間だった」

いつもと変わらない微笑をうかべながら僕を見ていた。僕は続けた。

「だから、だから彼は自分では死ぬことも出来ない。僕が彼を、生から解放してやったんだ」

「何だいその、ありきたりな殺人鬼みたいなセリフは」笑いながら彼女は答える。もしかしたらこの時僕はかなり興奮していたのかもしれない。

「それは、君にとって満足のいくことなのかい。それはその男にとって幸せなことなのかい」

「なんとも思わない。でも、この男が生きながらえても苦しいだけだっただろうことはわかる。彼の人生が他者によって理不尽に奪われようとそれは同じだ」

「やっぱり君はかわいそうだね」彼女の顔はもう笑っていなかった。

「自分の才能を使うためにそんなに苦しまなくてはならないんだから、考えなきゃならないんだからさ」


アーリィの憐憫が僕には不愉快だった。僕とてそんなことわかって生きているし、世界がどれほど僕に不自由にできているか知っている。舌打ちを堪え、僕はアーリィの方を向いた。


「知ってるよ。僕が思ってるほど世界は単純じゃないんだろ?」

「君はかわいいな」アーリィは僕の頭を撫でた。

今日も何事もなく仕事を終えた。


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僕は家の玄関の前に立っている。僕の日常の中で、この時間が一番の苦痛だ。家の扉を開けたら、僕は家の中に入らなきゃいけない。家に入ったら朝になって学校が始まるまで家にいなきゃいけない。僕は玄関を開けた。


リビングのソファには母が寝転んでいて、スナックをむさぼりながらテレビを見ている。母がこの時間に家にいる事は珍しい。大抵母は日付がかわるくらいの時間まで家いがいの何処かにいる。でも、この東京で母がどこにいるかなんて探したって分からない。だけどろくでもないことをしているのは確かだ。このありさまを見ていれば分かる。腹には贅肉をぶくぶくと蓄え、顔には傲慢に、同情をさそうような惨めな表情が張り付いている。まさに、可哀そうだね、と声をかけて貰いたげな顔をしていた。僕は、おそらく父が買ってきたであろうコンビニ弁当を手に取ってレンジにかける。レンジの音が部屋にうるさく響いた。母は苛立たし気に尻を掻いた。


僕は、なんて情けないんだ。僕は、どうしてこんな奴らに養われてるんだ。そうでしか生きていくことが出来ないんだ。


父も母も僕にとっては恐ろしい存在だった。だけれど二人にとってもまた、僕はこのうえなく忌まわしい存在なのだろう。


昔のこと、母にこども心で聞いたことがある。どうして僕は生まれてきたの、母は苛立たしそうに気まぐれよ、とつぶやいた。呟いたあと、母は歩き出した。多分どこかへ出かけていたのだと思う。僕が母のほうを見ると、母は物凄い形相で僕を睨んでいた。血走った、殺意すら感じさせる目だった。どうして私にはこいつを殺す資格がないのだろう、どうして私にはここから逃げ出す資格が無いのだろう、抑圧された恨みと後悔が抑えられずににじみ出ていた。そのとき、僕は母の子供ではないのだと悟ったのだ。たしかに僕は母の腹の中から生まれてきたのだけれど、それを母は心の底から恨んでいて、後悔していて、僕という存在に帰る場所というのは存在しないのだと思った。僕が手を母の方へ差し出すと、母はその手をひっぱたいた。心底汚いものを見るような目で僕を見た。


それ以来母とは数えるほどしか会話をしていない。そのうち母は何もしなくなった。家事も育児もなにもかも、そのうち生きる事すら辞めてしまいそうなくらい何もしなくなった。しかし彼女は恐らく死にたくないようだった。死ぬときに感じるわずかな痛みすら、彼女にとっては耐え難い事だったのだ。


そんな母を父はひたすらに養った。父はバカだった。この上ないくらいのバカだった。まず母のような人間と結婚してしまうことが彼の人生にとってもっとも愚かな行為の一つだ。その次に母に僕を産ませてしまったこと。


父は頭がよくない、勉強もできない。だから高校を卒業した時には母と結婚していたし、働き始めて二年たった時には僕が生まれた。

父は弱かった。彼は傷つくことを嫌った。彼は先の出来事を見通す力がなかった。しかしだからといって物事を押し通せる不遜さも、忍耐もなかった。


彼にとって人生とは、大して好きでもない妻と子を養うために過酷な長時間労働をするものだった。


「おれは、そんなことばっかりしてお前ばっかり不公平じゃないか!」

父は偶に、母にむかってそんなことを言う。殆ど肉のない身体を思い切り力ませ、瀕死の犬のように母を睨んだ。だがいざ母に睨み返されると彼は震え、だまってリビングから出ていくのだった。


「おまえも、おまえもだ!」

帰り際に僕に向かって彼は怒鳴る。僕はそれを無視した。

その僕の仕草は母に似ていた。父にふれるとき、僕は母のように振舞うし、母にふれるとき、僕は父のように振舞ってしまう。彼らから引き継いだどうしようもない人間の血が、確実に僕にも流れているのだった。


僕は、そのことから逃れられない。僕はいつもこの家に帰ってくるし、僕の血は父と母の物からできている。家では母がいるも視界に入る。食器は父のものだ。ソファも、ベッドも、僕に触れる全ての物が父のお金からできている。あのろくでなしの父親から。


いつまでも、いつまでも腹の下のへその緒が母と繋がっている気がする。僕は彼らから養分をもらい、彼らの腹の中で宙吊りになってかろうじて生きている。へその緒が切れたら僕は終わりだ。僕は生きるための栄養を得るどころか呼吸する事すらままならない。きっと一生彼らとは繋がったままなんだろう。けがれた食べ物を食らい、けがれた内臓でそれを消化し、それから出来た滓が僕に回ってくる。


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「エーリ、私の名前はね」アーリィは続く言葉を言わない。

「ダン・アーリィ?」

「そう。鰐と梨でアーリィ。鰐と梨でアボカドって言葉になるの」

「アボカド?」アボカドと言えば、どんな食べ物だっただろう。給食で一回くらい食べただろうか。

「そう。アボカド。エーリはアボカド食べたことある?私は好きだね。もしかしたら私はアボカドが好きだからアーリィなんて名前を付けられたのかも」

「それは面白いね」

「そうでしょ」アーリィは満足そうにうなずいた。

「アボカド。黄緑色で、口に入れればとろけるような食感。濃く口内にねばりつく味」アボカドは、おいしいのだろうか。給食で食べたかもしれないアボカドの味や食感を思い出してみる。よく思い出せない。

「ねえ今度、アボカドの料理を作ってよ。アボカドを使った中華をさ」

「それは難しいね。でも頑張ってみよう」アーリィは困った様な顔をしたが何とか頑張ってくれるみたいだ。そういえばもうアーリィに出会ってから三週間が過ぎようとしていた。いつの間にか家に帰る前にアーリの家に寄っていくのが日課になっていた。それどころか夜遅くまで僕はアーリィの家に居座っていた。それでもアーリィは嫌な顔なんてしないから僕はいつまでも彼女のところにいてしまうのだ。

アーリィが僕を見つめている。とくに意味はないのだろうけれど、見つめていた。


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今日も人を殺した。


今日殺したのは女の二人組だった。まだ三十路にもなっていない若い女だった。二人ともスーツに身を包み、きっちりと化粧をして書類を抱え、通りを歩いていた。


角を折れて、人気がなくなった場所に入ったらそこで襲いかかった。仕事には何より速さが求められる。人を殺して、隠すまでにかかる時間がそのまま、人に見つかる可能性のある時間になるからだ。だから今日はアーリィと二人で一人づつ分担して殺した。左を僕が、右をアーリィがやった。僕は相変わらず手に鉛筆を持って構えている。アーリィが使っている獲物は手斧だ。それも折りたたみ式の手斧で、リーチは手斧にしては長い。その分武器としての勝手はいい。アーリィはコートから斧の刃と柄の部分を取り出し、ガシャリとくっつけるとそれを下げた。足音を消す。僕はそこで考えることをやめ、精神を本能に委ねる。僕は目を瞑った。アーリィは表情を変えない。いつもの調子で、いつもの呼吸で斧を静かに振り上げる。僕も本能に意識をうずめた。


今日の標的は力のない女性が相手だからかすんなりと上手くこなせた。殺すのに五秒も掛からなかった。隠すのにまた十秒であわせて十五秒と言ったところだろう。


「終わった。さて帰ろうか」

アーリィは深呼吸をしてから僕に微笑みかける。僕は頷いた。時に、アーリィは人を殺す時だって、僕に笑う時だってその口調を崩さない。彼女にとって「殺し」というのはだんなものなのか、僕は未だに分からなかった。

僕には殺しの才能がある。その才能をいかんなく使える時、僕は幸せだ。だから「殺し」をするし、だから僕はそれを続けている。でも、アーリィにとっては違うのだろうか。

僕が立ち止まったままでいると人を殺したそのままの表情で彼女はこちらに振り向いた。



「帰ろう」

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ワイルド・ローズ・シューティングスター たひにたひ @kiitomosu

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