第三話:買い物しに来たのですが......

......場所は、王都。

国の中心地であり、国を治める王が暮らしている場所。

そんな王都の町で人一倍煌びやかで城の周囲を見回るのは王都直属の騎士。

精鋭軍とも呼ばれる彼らは常日頃から王都内部にある城の警備を務めている。


「いつも通り、平和だな・・・」

「確かに。 平和こそ退屈であるが、ずっと続いてほしい代物だ」

「まったくだ。 魔王なんざ、勇者様や英雄様に討たれてさっさと終わってしまえばいいのに」


そう精鋭軍の騎士たちが見回りをしながら喋っていると金色の短髪をした青年が歩いてくる。

甲冑を着ており、胸には太陽を背に飛び立つ鳥のエンブレムが飾られていた。

その青年を見た騎士たちは慌てるように敬礼する。


「これはラッツェル騎士隊長殿! 遠征からお戻りになっていたのですか!?」

「今しがたね。遠征と言っても冒険者ギルドから負傷者が出たという情報を手にしてね。その調査に向かっていたところだ」

「そのようなことが・・・? 我々には何も情報が入っていないのですが・・・?」

「あっ・・・ごめんね。 これ各隊長だけに言われてた仕事だった」

「ラ・・・ラッツェル殿・・・」

「ハハッ、いやぁうっかりしてた」

「今の事は忘れます。 ラッツェル隊長もお疲れでしょう、お食事は?」

「そういえば―――」


ぐぅぅぅ~......と空腹による腹の虫が鳴く声が聞こえた。

「あはは・・・」 とラッツェルは面目ないと苦笑しながら言いながら腹を優しく摩る。


「丁度昼食時ですから食堂に行ってください。 ラッツェル殿を見れば皆喜びますよ」


そう笑顔で返す騎士に 「じゃあ行ってくるよ」 と言ってラッツェルは食堂へと足を進めた。

何も変わらぬ平和。 見送る騎士はそれを頭に思い再び警備の仕事に戻っていった。

食堂に向かうとそこには十数人ぐらいの兵士や騎士たちが食事の席に座っていた。

トマトスープにパン、スパゲッティにコーンスープ......それぞれ美味しそうな食事をテーブルに並べながらもくもくと食事を楽しんでいた。


「見ろ、ラッツェル隊長だ!」

「おぉ! 太陽鳥騎士のラッツェル様だ!」


ラッツェルに気づいたのか、続々と兵士がラッツェルの方に向く

中には敬礼をするものも居り、ラッツェルは少し照れ臭そうな顔で挨拶していった。

そしてカウンターで注文を取り、食事が乗ったトレーを持ちながら座れそうな席を探す。

その間 「こちらの席にどうぞ!」 「いえ!こちらの席に!」 と我先にと席を譲る兵と騎士が続々と出てきた。


「ラッツェルたいちょ~~~っ!」


奥側にある席から愛らしい女の子の声が聞こえた。


「エリノア」


エリノアと呼ばれた桃色のツインテールをしたその女騎士はラッツェルと同じ色の甲冑を着ているが、胸にはエンブレムは無く代わりに腕にラッツェルの胸のエンブレムが描かれたプレート付きのブレスレットが目立つように輝いていた。


「たいちょ~遠征だったようですね~」

「あぁ。 だがすんなりと片付いたよ」


そう言いながらエリノアの隣に座った。


「たいちょ~は王や市民から引っ張りダコですもんねぇ~やっぱ顔が良いからですかねぇ~」

「おちょくらないでくれエリノア。 王や民が僕が必要とするのは王から頂いた太陽鳥の称号ゆえにさ」


太陽鳥―――

かつて、魔族との闘いの際に降臨した神の一柱であり、その姿はまさに太陽から生まれた巨大な鳥とされている。

その力は絶大なもので、彼が羽ばたこうものならばその吹き荒れる熱風で悪しき者は焼かれ、善なる者は傷が癒え再び立ち上がるとされている。

この王都はそんな太陽鳥の加護を大きく受けており、王都精鋭の騎士団には太陽鳥を象徴とする称号とエンブレムが授与されている。

ラッツェルもその中の一人であり、その美しい風貌と共に魔族を蹴散らす力を持っている。


「いやいや~ご謙遜を~城の侍女たちはたいちょ~の話で毎日大盛り上がりですよ~?」

「まったく・・・それよりエリノア。 今日の遠征で発覚したことなんだがね?」

「はいは~い、え~っと確かB級ランク、所謂中級冒険者向けのダンジョントンネルに関することでしたよね?」

「あぁ。 我が国のギルドでも有名なダンジョンだ、モンスターも平均的なものが多く、初心者から抜けた冒険者に持ってこいのダンジョンだね。 しかし、昨日そのダンジョン内で死神が出たらしい」


それを聞いたエリノアは先ほどまでゆるい顔をしていたのが一変して真面目な顔になる。


「―――それで、討伐されたんですか?」

「失敗したらしい。 どうも、何かアクシデントがあったようだけど・・・」

「あったよう・・・? なんかふわふわした言い方ですね?」

「実際調査に赴いた僕らではどういった状況だったのか読み解くことが出来なかった。 そして問題がもう一つ、どうも対峙したのはギルドの中で実力高い勇者パーティだったそうだ」

「えっ? おかしいじゃないですか。 それだけの実力者がどうして・・・」

「理由はわからない。 話を聞こうにも今は療養中だから面談禁止だとかで門前払いを受けてしまった」

「そんなにやばい奴だったんですかね?」

「僕からしてもはっきりと結論は出せないな・・・けど・・・」

「けど?」

「多分、死神との戦闘中に彼らは何らかの別のアクシデントに遭ったんだと僕は思う」

「アクシデント・・・って、魔王の幹部が出てきたとか?」

「確かにその可能性も否定できない。 だけどもそうなった場合、死神と冒険者そして魔族との三つ巴の戦いになってる筈だ。 でも現場を見るにそういった形跡がなかった」

「じゃあ―――」


ラッツェルは何も言わずに静かに頷いた。


「少なくとも、僕の読みが合っていればギルドでは何らかの行動が行われる筈だ。 ギルドの動向にも目を光らせるよう各隊に命令が下った。 いつも通りの職務を全うしつつ動向を探れとね」

「はぁ~・・・わかりました。 それじゃあさっさとごはん食べていつものお仕事に戻りましょか」

「そうだね」


二人は会話を止め、食事に戻った......。

いつもの職務に戻るために。


―――――。


......場所は変わり、ここは冒険者ギルド。

そこにある会長室でギルド長ゴウーダは、人の頭より少し大き目でひときわ強く輝く水晶を目の前に真剣な顔をしており、その横で受付嬢のミリアムが静かに見守っていた。

「晶映」 そう唱えると水晶が眩い光が辺りを包み、光が止むとそこには複数人の男女が立っていた。

中には子供ぐらいの身長の者やウサギの耳を生やした少年もその場に居た。

だが、その姿は若干透けており、まるでホログラムによる遠隔通信のようだった。


「各国の拠点に点在する冒険者ギルド並びに魔法ギルドの長達の皆、今回の会合に御出席、感謝する」

「構いませんよゴウーダさん。 それで? 最新の通信魔法まで使って我々に伝えたい事というのは?」

「話の流れが速くて助かる魔術師ギルド長ラニエル殿。 貴殿らに伝えたいのは、今回我がギルドで起きたとある出来事に関してだ」

「とある出来事?」

「そう・・・つい先日だが、我がギルドに所属する勇者パーティが邪神と思われる者によって負傷したという事です」


ゴウーダのその言葉に全員は耳を疑い、明らかに動揺を見せる顔色を見せた。

真っ先に異議を申しだしたのはウサギ耳の少年だった。


「邪神って・・・!? ちょっと待ってよ! 何かの冗談だよね?」

「いや、ファニーランドのギルト長トニー殿。 彼らの情報と彼らが受けた負傷を総合した結果、この答えに至った」

「じゃあ、死神による仕業なの?」


それを言われたゴウーダは首を横に振った。


「いや、もっと危険な男と思われる。 今回こうして通信魔法を通して各ギルドに伝えるのも、今後の対応に大きく影響するからだ」

「影響って・・・」

「王都支部ギルド長ゴウーダ殿。 それは、我が神都アポロムでは解決が難しい事というわけか?」

「英雄ルシア殿」


凛としていてまるで刃のように鋭い声色をした女性が前に出た。

通信を行う前にユウ達との会話に出ていた英雄、ルシアその人だった。


「我がアポロムでは魔族との戦争の他に死神との戦闘にも慣れていて死神も数体のみだが撃破している。 王都の許しがあるならば我らアポロムは討伐に出向こう」


まるで戦国武将のような血気盛んな思考なのか、鋭く重い言葉にゴウーダ含めて他のギルド長たちは一瞬たじろいでしまう

しかし、ゴウーダはそれでも無理だと無言で首を横に振った。


「何故だ? まさか死神ではなく、邪神本体とでも言わないだろうな?」

「下手をするとそれよりタチが悪い奴かもしれない・・・彼らの話では、その男はモンスターであるミミックと対話し、対峙していた死神を守り、それらと共に協力してダンジョンから脱出したとの事だ・・・」

「なっ!?」

「えぇ!?」


一体何度驚かされるのか、ゴウーダから放たれる言葉にその場に居る全員が信じられないという顔をしていた。

放たれた事実に他のギルド長が横入でツッコむ


「ちょっ・・・ちょっと待って!? 死神を守って? それで協力した!? はぁ!?」

「噓でしょ!? 魔王軍でさえ敵対しているとされる邪神の一派である死神がそいつと協力した!?」

「ゴウーダ殿。 それは真の事であるか?」


ルシアのその問いにゴウーダは首を縦に振った。


「さらに彼らの話では、そいつが逃亡しようとした際に連射出来る銃に撃たれて追跡できなかったと―――」

「何ッ!?」

「ま、待たんかゴウーダ!!!」


少年ぐらいの身長を持つ髭面の男がそれを聞いて慌てるように前に出る。


「おぬし今何と言った!? 連射出来る銃じゃと!? じゃあそいつは神の武器を使用してたというのか!?」

「アルテマ火山冒険者ギルド長ガロッハ殿。 ドワーフである貴殿から見てもらいたいものがある・・・」


ゴウーダは勇者パーティから摘出された弾丸をガロッハに見せた。

それをホログラム越しで見たガロッハは驚愕した。


「こ、こんな弾見た事ないぞ・・・!? それ以前に今の銃ではこの弾丸は装填出来んッ!」


ガロッハが驚きまじまじと弾丸を見ている中、ゴウーダの後ろで静かに見守っていたミリアムが後ろから小さくだが声を掛けてきた


(ゴウーダさん、あの弾は・・・)

(あぁ、あの時摘出された弾丸だが・・・やはりか・・・)

(やはり、とは・・・?)

(弾数もそうだが、あの形状の弾は見た事がない。 鍛冶屋に問おうかと思ったが、ギルド長でありながら町一番の鍛冶師であるガロッハ殿が見てくれた方が良いと思ってな?)

(なるほど・・・)

「なんてことじゃ・・・こいつは英雄ルシア殿の銃とは全く異なる物じゃぞ!!」

「私が神より授かった銃、アルテミスは光を放つ銃です。 このような鉛玉を放つ代物では―――」

「阿呆ッ!! こいつは鉛なんてもんじゃないわい! 完全に純正の鉄を使っておるんじゃよ! しかもこれだけ小さな弾だというのに精巧に作られておる!! ワシらドワーフの技術ならばこれだけの弾を作れは出来る、しかしこれを発射する銃なぞ無理に近いわッ!! 仮に出来たとしても今の技術の銃でこの弾を撃とうもんなら威力が小さすぎて使いもんにならん! だというのに勇者の素質を持つ者を負傷させたんじゃぞ!? この意味わかって―――」

「す、すまぬ・・・ガロッハ殿・・・私が悪かった・・・」


ガロッハの猛烈な圧にさすがのルシアもオドオドとなってしまい謝罪した。

目に血走りが出来るほど目をギンギンに開いてるガロッハは 「あぁ! 実際に触れてみたい!!」 と言いながら弾丸を凝視していた。


「んん・・・あー・・・各ギルド長の皆。 この通り今、我々は今世紀以来の危機に瀕している可能性がある」

「今世紀以来の・・・」

「危機・・・?」

「ああ。 我々王都に所属する冒険者ギルドは、この男を発見次第、討伐あるいは捕縛の線で無期限のクエストを出そうと考えている。 そこで貴殿らにもお願いがあります」

「僕らのギルドでもそのクエストを出してほしい・・・そう言いたいんだねゴウーダギルド長?」


魔術師ギルド長ラニエルの言葉にゴウーダは何も言わずに頷いた。

他のギルド長も有無を言わずに首を縦に振った。


「じゃがしかし、事情はわかったがそやつの素顔とかどうするんじゃ? これまでは情報を元に絵を書いて載せるのが当然じゃが・・・あくまでモンスターが大半じゃからのぉ・・・精密に書くにしても記憶から絵を作る魔法技術は出来ておらんじゃろ?」


ガロッハの台詞にラニエルが眼鏡を光らせチッチッチッと指を振りながら前に出る。


「いえいえガロッハ殿。 我々魔術師ギルド本山である魔法都市ニュートンはこんな事もあろうかと! その技術を完成させているのですよ!」

「なんと!?」

「本当に!? 凄いや!」

(なんで自信たっぷりで言ってるんだ・・・?)

「おぉ・・・! ではラニエル殿、その魔法技術があれば・・・!」

「ですが、一つ問題がありまして・・・」

「問題?」

「はい。 この技術ですが、装置を使って行う物でして、記憶しているご本人が来てくださらなければどうにも出来ません」

「なんじゃ、魔法でパパッと出来ぬのか・・・」

「ガロッハ殿。 魔法とは何でもできる万物の術ではないのです。 まぁいずれかはその域には到達してみせますがね」

「ふん! 良い心がけじゃな! じゃあワシらも武器や防具の技術も大いに発展させようぞ! 何者にも超えられぬ壁というものを見せてやるわい!」

「フフフ・・・では、ゴウーダ殿。 至急、その勇者パーティを我が魔術師ギルドに来て頂くよう手配してもらいたい!」

「わ、わかった。 こちらも勇者パーティの傷の回復は順調に整っている、回復次第そちらに向かうよう手配しよう」

「フフフ・・・久々に滾ってきましたねぇ・・・!」

「わしも久々に工房に篭るとするかのう! 腕が鳴るわい!!」

「じゃあ僕らは件の手配書を作成するよ! ゴウーダさん、またね!」

「では私もこれにて・・・神の祝福を胸に・・・」


各ギルド長のホログラムが消えていき、残るはゴウーダとミリアムだけだった。


「はぁ~・・・何とか取り合ってもらえたな」

「はい。 しかし・・・連絡が取れたのは彼らだけでしたね・・・」

「あぁ・・・さすがにこの魔法技術は完全に広まっていないからなぁ・・・念のために伝書鳥などを使って連絡を試みてはいるが返事があるのかどうか・・・」

「ギルドの駐在所にも連絡を取らなければなりませんからね」

「それもあるな。 面倒だが、情報を全体に通さなければ、とんでもない事態になりかねん」

「とんでもない事態・・・ですか・・・」

「あぁ。 本当に今世紀以来の大事件になるぞ、これは・・・」


「出口だ!」


木々の間に光が見え、そこを抜けると目の前には巨大な都市と一面に広がる海が見えた。

あれから数時間ぐらい掛かっただろうか、やっとこさ人が生活してそうな場所が見えた。


「これまで散々見慣れてはいるがやはりこういう光景は絵にしたいぐらい良いな」


ここに家を建てても良いぐらいのオーシャンビュー。

気持ちいい風がそよそよと吹き、太陽に反射して光る海はとても美しく見えた。

これだけ綺麗な海を見たのは海外に出張した際に案内されたビーチ以来だ。

金持ちのみが来場を許された場所だけあって、食い物も飲み物も最高に美味かったな。

まぁ楽しんでる時も頭の中で次に作りたい設計図ばかり描いてたな・・・

工場の案内をされた際も次の物を作りたくてうずうずしてたっけか・・・

まぁ今もたまに発作みたいに起きるけどな。


「さてと・・・パンドラシステム起動」


遠くに見える城壁が連なる城を中心にした、所謂王都という感じの所をよく観察する為に

そこいらにある石などを変換し、組み立て、双眼鏡を作り上げた。

さすがにハイテク式な奴を作ると鼻血が出かねないから簡易的なのだけど・・・


「こっからでもわかるが、結構年期の入った感じの城下町って感じだなぁ」


城の周囲に見える町並みを見るに、ファンタジー系の小説とかでよく扱われる中世風の佇まいが見える。

軒並み大きな建築物があれば、小屋のような物もチラホラ・・・


「僕が毎度転移される異世界も大方こんな感じなのが多かったな」


そうポロリと言葉が漏れる。

これまで散々と言っていいほど強制転移を受けてきた身だ。

転生や転移モノの主人公が 「うおおおおすげええええ」 と言うは初見だからだ。

新鮮味があるからこそ目の前に広がる異質でありながらファンタジーな光景に心躍らせるのだろう。

まぁ、今もこうした美しい光景を見れば心躍らないわけじゃないけども・・・

そんなことを考えながら双眼鏡を調整しながら城壁の外に見える簡素なテントのような物に目を移す。


「あれは・・・バザールか?」


商店街と言うべきか、城壁の外であるが道行く人が多く商人たちが品を並べて客寄せしている。

ああいった感じのお店は個人的に好きだ。

掘り出し物とか面白い物が多く出てくる、ジャンクの市場だ。

僕は双眼鏡を外してこの後の事を考えた。

あのバザールに向かおう、そこである程度の物資を調達したい。

―――なんだが一つ問題がある。


「そういえばこの世界の通貨って僕持ってないわ」


仲間に関しては離れた場所でこちらの用事が済むまで隠れてくれれば問題はない。

だが、用事を済ませようにもお金がないんじゃお話になりません、畜生~・・・


「どうしたもんかなぁ・・・」


確かにここで諦めてもパンドラシステムを使えば何とかなるにはなるんだが、限界はある。

それ以前に人外とはいえ仲間も居るんだ、食事の面でも現地調達するにしても生のまま食わせれば寄生虫や変な病気とかでダウンしかねない。

もっとそれ以前に異世界の食べ物なんて幾ら多く異世界転移してる僕でも殆どが毎回初見だ。

見慣れた物があったとしても性質が違うことだってある。

こっちの世界で毒性がない食べ物が異世界じゃ毒物だった例なんて散々体験してる。

兎に角、少しでも食べ物に関する知識を深めないかぎり安心できない。

ただ・・・う~ん困った、どういった通貨なのか知れればパンドラシステムを悪用して作り上げることが出来るのに・・・

そう、う~んう~ん悩んでるその時だった。

後ろでガタガタと音が鳴り、振り返るとミミックが揺れていた。

多分 「こっちに来い」 と言ってるのか?


「どうしたミミック、何か―――」


パカッ! と突然開き、それと同時にミミックの中から何かが飛び出し、俺の顔に何かがぶつかる。

「あでっ!?」 と言いながらぶつかって落ちる物体を何とか手で受け止める。


「なんだよもぉ~・・・ん? なんだこの袋?」


トントンと軽く手の上で跳ねらせるとチャリチャリと金属音がする。

袋の封をしている紐を解いて中を覗くとそこには金貨が1000枚近く入っていた。


「へ? み、ミミックくーん? これって?」


あまりの動揺に僕はコインとミミック両方を何度も見ながら首を動かしていた。

いや待って、もしかしてこれってこの世界の通貨?

まさかミミックくん・・・これ・・・


「僕にくれるの?」


その言葉にYesと答えるようにミミックくんは蓋をパカパカ開いて答えた。

ゲームの知識だが、ミミックって宝箱のモンスターだから結構レアなアイテムとか多くの金銭を持ってる事ってイメージ強いけど・・・

まさかミミックくんからお小遣い貰えるなんて思ってもみなかった。

でもまぁ、困っていたのもまた事実。


「ありがとうね、ミミックくん」


そういって僕はミミックくんの上蓋をポンポン軽く叩いてお礼を言った。

お礼を言われて嬉しいのかミミックくんはガタガタ震えながらパカパカ蓋を動かして喜んでいた。

喜んでるんだなそれ。

―――さて、銭は貰った。

皆には今いるところから動かないように命じた、バギーもここに置いていこう。


「パンドラシステム起動」


今着ている服をこの世界に近い雰囲気の物に変える。

なるべく顔を知られぬ為に深く被れるフードを作り上げ、少し薄汚い感じに仕上がった。

・・・予備の服も一応買っておこうかな、あったら。

それから僕は歩いてバザールへと向かった。

案外距離感的に4~5分も掛からずに到着したが・・・そこそこの賑わいだ。

自分が住んでた町ではこういうのは公園や教会で、たまに一日限定で行われるぐらいだから何だか新鮮味を感じてしまう。

道を歩けば店の方から 「お客さんどうですか? お安くしますよ~」 だの 「うちの商品を買ってモンスターから身を守ろう!」 ・・・と、当然だが凄く呼び込みで絡んでくる。

最近じゃ商店街とかああいった場所でさえ聞こえなくなったなぁこういうの・・・

まぁ時代が時代ゆえに、しょうがないところではあるんだろうけど・・・こういうの見ていると 「人の花は赤い」 という言葉が心に染みる。

あぁいかん、悠長に感傷に慕ってる場合じゃなかった・・・さっさと買い物を終わらせて皆の所に戻らないと・・・


「お客さんどうですか~? 古い物にも福来る。お安くお売りしますよ~?」

「ん?」


古い物。 丁度その言葉が欲しかったところだ。

言葉に耳が惹かれ、とあるお店に足が進む。

そのお店はなんというか・・・匂い的に言っても古い。

骨董店とは違う、なんというか昔からある中古品を販売する雑貨店みたいな感じのお店だ。


「いらっしゃい。何か掘り出し物があるかもですよ~」


店主はどちらかといえば青年という感じの若い男だ。

見た目の年齢的に20歳ぐらいって感じ。

大方前任の店主から頼まれて店番をしているのだろう。

店の商品を見ていくと、赤いルビーのような輝きをした宝石が付いた銀の指輪が見えた。


「お兄さん、これは?」

「ああ、着火の指輪ですね。 魔法使えない人でも火の魔法が扱えるマジックアイテムです、ただまぁ・・・出来ても薪に火をつける程度でモンスター相手に通用しないけども・・・」

「なるほどねぇ・・・幾ら?」

「そいつは~・・・誰も付けようとしなかったもんだから、100G(ゴールド)ぐらいですかね」

「わかった。 はい100Gちょうどね」

「どうもです~・・・ってえっ?! いいんですか? まったく売れてない代物ですよ!?」

「薪に火をつけれるぐらいの火の魔法を無償で出せるんだろ? 安いもんだ」

「お客さん代わりもんだねぇ~・・・ささっ! もっと掘り出し物が出るかもですし、どうぞどうぞ!」


指輪を買ってなのか、店主がニコニコで奥から商品を引っ張りだしてくる。

大方カモがやってきたと思ったのだろう。

まぁ乗せられても構わない、僕には店内の商品が良い物に見える。

実際便利なのあるし、この指輪とか


「手持ち鍋とか無い? 結構頑丈そうなのが良いんだけど・・・」

「手持ち鍋ですね? それならこちらはどうです? 取っ手も鉄製の全身鉄鍋! ただ・・・こういった調理器具とかは消耗品として見られてるせいか重くて使い勝手が悪いと言われてあんまし売れてなくて・・・」

「悪くないな、買うよ。 幾ら?」

「へ、へい! こちらは50Gです!」


こちらの金銭感覚はどうなのかまだ理解していないが豪く安く見える。

いや実際良心的価格なのだろう、まさかこの世界でこれだけ上等な鉄鍋が手に入るとは・・・

使用されてないから埃は被っているが錆が一つも見当たらない、良い鉄鍋だ

こういう上質な鉄鍋で焼く肉は格別に美味いだろうし、野菜を煮込むのだってできる。

鉄鍋はしっかり熱が伝わるから寒い地域でも重宝される。

今後寒い場所に行く可能性もある、こういうのは本当にありがたい。


「ん? おっ・・・」


僕が常に愛用している物が目に入った。


「鉛筆か」

「お客さん、鉛筆をご存じで?」


毎日頭に描いた設計図を書き写しているからね、もはやこれじゃないと書いた気にならなくて・・・


「知っている。 ここでは流行っていないのか?」


遠くから見た際に船が見えた。

船があるってことは造船の職がある筈、ならば鉛筆は必需品の筈だが・・・


「あっいえ、流行っているというかなんというか・・・まぁ・・・なんと言いますか、鉛筆よりもペンの普及で廃れてしまいまして・・・」

「ペンが?」

「インクを使うペンの方が鉛筆よりも濃く書けますし、魔術師が作ったインクを消す道具が出来てから一気に人気が出始めて今では―――」

「幾らだ?」

「それなら10G・・・」

「在庫にどれぐらいある?」

「へ?」

「在庫数」

「もう廃れたもんなんで、ウチにあるのでしたら後10箱ぐらい・・・」

「これと在庫にあるので合計110Gぐらいだな。 全部買う」

「はい!?」

「全部買うから在庫の奴を全部出してくれ」

「は、はい! ただいま!」


少し威圧的に見えてしまったかな?

まぁいい、この世界で鉛筆が手に入るのは何よりの収穫だ。

パンドラシステムでも作ることは出来るがさっきの話を聞いてしまうと鉛筆を愛用する自分としては少しムキになってしまうな。


「なんだこの値段はぁ!? こっちとらA級冒険者様だぞ!!」


在庫を取りに店主が奥に向かって5秒ぐらいしてか、近くの売店から怒号が聞こえた。

なんだ、この世界にもクソみたいなクレーマー居るのか?

体の向きをそのままに少し後ろに下がって声がした方向を見ると、金髪ショートと茶髪ショートの男たちが50代半ばのおっさんの胸倉掴んで怒鳴っていた。

どちらも人相が悪い面をしている、誰がどう見ても 『不良』 という言葉がピッタリ合う。


「おいおいおじさんさぁ、果物5個入ってる袋一つで20Gは高すぎでしょ~? 足元見すぎじゃない?」

「い、いえ・・・そちらの果物は今日仕入れたばかりの新鮮な果物でして・・・」

「新鮮ねぇ~? 本当は数日前の古い奴なんじゃないの~?」

「違う! ちゃんと仕入れ業者から入荷してもらった物だ! 言いがかりはやめ―――」


そう店主が言いかけた瞬間、金髪の男が剣を素早く抜いて店主の頬を軽く切った。

居合の技のように見えるが、何とも大人げない・・・幾ら人や動物を殺める技とはいえ、無抵抗のしかも掴んでいる人間を脅す為にやるとは・・・


「おいおっさん、ナメてんのも大概にしろよ? 殺すぞ」

「ヒィッ!」


少し離れたところで現場を見ている人らは陰でこそこそ話をしていた。

聞き耳でちょっと聞こえたが 「冒険者の名折れ」 だの 「恥さらし」 とか言われている。

まぁそうだ、せっかく力があるのにやってることはチンピラ程度の事だからな。

ただ実力に関しては嘘はついてなさそうだ、先ほどの居合も目で追うのがやっとな程に素早かった。

A級冒険者と偉そうに高々に口で言ってるだけはあるのだろう。


「何見てんだお前ら? 城下町にも入れない吹き溜まり落ちの負け犬共が偉そうに俺たちA級冒険者に楯突くつもりかぁ?」

「いっちょ前に城の前にこんなもん作りやがって、燃やされて全員死んじまえばいいのによぉ~」


負け犬はそっちだろう。

A級になって調子が乗ってこんなことをしている時点で名前が地に落ちてる。


「死んじまえばいいのはお前らの方だと思うけどな」


思わず心の声が漏れ出てしまった。

正義感・・・というのとは少々違うが、ああいうのを見てしまうとどうしても自分中にあるムカつきが収まりがつかなくなる。

自分の顔を鏡で見れば、きっとあいつらを醜い生物として見下して目をしているのだろうな。


「あぁ? なんだお前? 今なんつったよ?」


二人共こっちの言葉に気づいたようだ、店主の胸倉を掴んでいた手を離し、こっちに睨みながら近づき始めた。


「お前らみたいな無価値な奴より、このバザールの人間の方が何万倍も価値があるからお前らが責任持って死ねって言ってんだよ」

「はんっ! 何言ってんだこいつ? なぁ?」

「まったくだな、頭おかしいんじゃねぇのか? 薄汚い恰好してる分際でよぉ?」


そう言いながら茶髪の男がフードを被る俺の顔目掛けて剣を振り上げた。

また居合の技だ、だが避けれる。


「なっ!?」

「今のを避けやがった!」


どうやらあいつらにとっては異例な事態なんだろう。

まぁ確かにそうだ、常人でも回避が難しい居合をどっかから来たのか分からん奴にあっさりかわされたんだ、焦る顔を見せもするか。


「こんな、くそっ!」


技が見切られたのがそんなに予想外だったのか、次から打ってくるのは素人並みの剣降りばっかだった。

速度も剣の重さもあったもんじゃない、まるでキレた子供がみっともなく木の棒を振り回しているようだ。

こんなもん―――


「怖くもなんともない」


剣を持つ手を掴み、へし折るつもりで腕を思いっきり殴打した。


「いぎっ・・・がぁぁっ!!?」


痛みに負け、思わず手を開いて剣を落とした。

その隙を見逃さず、すかさず剣を拾い構えた。

まるでマニュアル通りな動作だ、いっぺんの狂いがない。

それもそうか、何度もこういった戦いを受けて嫌でも覚え、考えて編み出した動きだ。

試行錯誤は何度もしたけどな。


「こんの野郎!」


金髪の男が剣を抜いた。

居合は使わないのか?


「殺してやる! 俺の相棒を痛めた罪は重いぞ!」

「くだらないな、そもそもお前らが威張り散らさなければこうはならずに済んだはずだろう?」

「黙れッ!!」


僕の言葉にキレたのか、剣先を突き出したまま突進してきた。

それを僕は冷静にそれでいて素早く体を捻らせて横にかわし、その際に腕に向かって一太刀切り付けた。


「な・・・にぃッ!!? 痛ぇ・・・!」


こちらも痛みに負け、両手で持っていた剣を地面に落とした。

結構深めに切ってしまったせいか、血が結構出ている・・・

そんなことは後回しにするように僕は剣を拾い上げた。


「もうやめろ。 大人しく店主に謝って立ち去れ」

「んぐっ・・・! なめてんじゃねーぞクソがぁ! ヒール!!」


男達の体から緑色の光が上りだし、みるみるうちに切り付けた傷やへし折った腕が修復されていく・・・

回復魔法か、何度も見た事あるから想定はしていたが、こんなチンピラまがいな奴らでも扱えるんだな

回復した男達はスッ・・・と立ち上がり、傷ついたところを軽くさすりながらこちらを睨みつける。


「ふぅ~・・・この野郎、よくもやってくれたな!」

「冒険者を舐めんじゃねぇぞ!!」


剣を奪ったから抵抗はできないと思っていたが懐刀といったところか、短剣を取り出した。

短剣といってもコンバットナイフぐらいの長さだ、十分相手を殺せる凶器だ。

絶対油断なんかしない、徹底的に相手の心をへし折るつもりで迎え撃つ。

両手に持つ剣を構える。

これまで幾つもの武器を持ち、振るってきたんだ。

双剣であろうと問題ない。


「でやあああーーーっ!!!」

「死にやがれえええーーーっ!!!」


こちらからかからず、あちら側からこちらに向かってくるのを迎え撃つ。

無理に攻めても相手のペースに乗せられるだけだ。

先ほどの剣よりも短剣の方が彼らの降る速度や手数も多くなっている、こちらが本命なのだろうか?

幾度も打ってくる相手の攻撃を弾き、隙を見て両者の顔面に剣を握りしめた拳をぶつける。

勢いよく殴ったおかげで二人は倒れ込む。


「わかっただろ? こんな場所で争って血を流しても意味がない無意味なんだよ。 いい加減理解してこっから立ち去りな」

「うるせぇ・・・うるせぇ!!!」


こちらの言葉にさらに腹を立てたのか、金髪の男は短剣を突き刺すように持ち、こちらの心臓目掛けて突っ込んでくる。


「その手は―――」


バキィンッ!!!

金属同士が思いっきりぶつかる音と共に男が持つ短剣が根本から折れていた。

男が間合いに入ったところを僕が持つ剣を思いっきり下から振り上げ、その勢いで弾くと共に壊してやった。


「なっ・・・!?」

「もう見た」


もう片方の拳を振り上げ、顔面に殴りつけた。

今度は力を込めて思いっきり、勢いのあまり地面に激突するほどの威力で打った。

頭から落ちた男は倒れたままぐったりと動かなくなった。

多分死んではいない、気絶した。


「おい」

「ヒィッ!」

「こいつ連れてさっさと失せろ」

「は、はいぃぃーーーっ!!!」


茶髪の男はのびてしまっている金髪の男を引き摺る。

だが、思いのほか重いのか豪く遅い、まぁ大の大人一人だ。

そんなことより、尻もちついてる果物売ってた店主に近寄る。


「おい親父、大丈夫か?」

「あ、えっ・・・は、はい・・・」

「えっ! あれ!? お客さん!?」

「おっといかん、買い物の途中だった」


そそくさと先ほどの店に戻ると店主は鉛筆が入った箱10箱持って待っていた。


「うぉ!? お客さんどうしたんですかその剣!? なんか騒がしかったようですけど・・・」

「ん? あっ! いや、なんでもない。 あ~・・・あとついでにこの剣しまえる装備とか無い? あると助かるんだけど・・・」

「あ、はい。 それならこちらに・・・」

「幾ら?」

「古いもんですから30Gで良いですよ」

「わかった。 じゃあそれ(鉛筆)とまとめて払うよ」

「ありがとうございます」

「あの~・・・」


買い物を済ませていると、後ろから先ほどの店の店主が顔を見せていた。

手には果物の袋が二袋握っていた。


「あぁ親父、もう動いていいのか?」

「はい、切られましたけどかすった程度なので・・・それよりもこちらを」

「確か果物入ってる袋だよな? 確か20G―――」

「あっいえ! お代はいりません! これはお礼の印というもんです」

「お礼ね、わかった。 確かに頂いたよ」

「しかし大分物が増えたな、カバンとか―――」

「はいどうぞ」


若い方の店主が皮製のカバンを俺に渡してきた。

肩に紐を引っかけて持ち運ぶタイプの奴だ、大きさも申し分ない


「助かる、これは・・・」

「こちらはタダで良いですよ。 これだけ買って下さったんでウチからのサービスです」

「悪いな・・・」


この世界に来てからまともなコミュニケーションを取ったのがこれが初めてだ。

悪くない買い物だった。

まだお金にも余裕あるし、他のところにも買い物を―――


「ここで騒ぎを起こしていたのは貴様らだな! 逮捕する!!」


・・・なーんか嫌な予感、というか 「逮捕する」 なんて言葉が聞こえた時点で的中だろ

店からこっそりと顔半分を出して見てみると、そこには先ほどの冒険者二人を捕えている衛兵らしき姿が見えた。

・・・にしては豪く煌びやかな鎧着てんな。


「なんてこった、ありゃ太陽鳥騎士団じゃないか! なんでまたここに・・・」

「太陽鳥騎士団?」

「旦那知らないんですか? 太陽鳥騎士団といえば、王都に点在する騎士の中でももっとも上位に立つ国の精鋭部隊と言える騎士団ですよ!」

「国のねぇ・・・じゃあなんでそいつらがここに? 巡回・・・ってわけでもないとすると誰かの通報を聞いて来たとか?」

「それこそありえないことですよ。 ここバザールは国に入る許可を得られなかった商人たちが勝手に開いた場所、国には特に利益をもたらさない言わばお荷物みたいなもんです。 あの冒険者たちが言ってたでしょ?」


あいつらの言ってたことマジの事だったのかよ・・・

でも客目線から見れば、これだけの安さと掘り出し物があるのならこっちで買った方が面白いと思う。

俺みたいな得体の知れない奴も平気で受け入れてくれるしな・・・


「ま、待て! 待ってくれ! 俺たちは被害者なんだ!」


茶髪の男が何かほざいている。

もうここまでくると落ちる所まで落ちてるな。

だけど、奴の目線が覗いているこちらに遭った。


「あ、あいつだ! あのフード被った男! あいつが俺たちに向かって剣で切り付けてきたんだ!」


さすがにその言いがかりというか言い訳は正直引くレベルだ。

横に居る店主二人も引きつった顔で茶髪の男を見ていた。


「話は牢の中で聞いてやる、それからそこのフードの男! 念のために我々についてきて貰おう」

「えっ!?」

「ちょっ、ちょっと待ってください騎士団様! こちらの御仁は切られそうになった私を助けてくださった方です! そいつの言ってることはただのでっち上げだ!」

「・・・そうか、わかった。 だがこの騒ぎに関する話を聞く以上、そいつにも来てもらう!」


なんでや、うちの世界の警察ならわかりましたの一言で済むのに・・・

わかったって言ってるけどあの騎士の目は絶対信じてない目だ。

このバザールの人間の言葉は王都の人間には信用できないのだろう。

それを見越してだろうな、茶髪の男が騎士団の見えてないところでニヤついてやがる。

もう少し買い物をしたかったけど仕方ない・・・ここは、逃げるっ!


「あっ! おい、待て!!」

「ほら見てくれ騎士さん、あいつがこの騒ぎの元凶なんです! 全部アイツが悪いんですよ!」


この野郎、次会った時はその汚い舌切り落としてやるぞてめぇ。

店主の二人には悪いが、ここでお別れだ。

さっさとずらかって皆の所に戻らねば・・・

あれだけ重そうな鎧着てるんだ、追い付けは―――


「逃がさんぞ!」


あれぇ~?! 結構早い速度でこっちとの距離をいい感じに詰めてるんですけどーーーッ!?

見誤った、まさかこの世界の騎士って素早いんだな。

確か精鋭部隊がどうとか店主が言ってたけ? なら納得だ、そら日頃から厳しい訓練や戦いを繰り広げてるでしょうよ。

足の鍛え方が並みの奴らと違うのは当たり前か!


「仕方ないか、パンドラシステム起動・・・!」


今回は錬金術よりも肉体強化に当てる。

このままバギーの元に向かえば面倒だ、こいつはここで・・・


「仕留める!」


持っていた銃を抜いて騎士の目掛けて発砲する。

2発は騎士の顔目掛けて飛んでいき、それを目で追えたのか騎士は素早く抜いて弾く、だが―――


「何ッ!?」


それはあくまで陽動、本命は別。

鎧やプレートといった部位ではなく、むき出しになっているズボンの所に銃弾が当たる。


「ぐぬぉ?!」


痛みで思わずよろめかせ、走っていたせいもあってか騎士はその場に勢いよく顔面から転び倒れた。

兜をかぶっていないもんだったから擦り傷だらけになっただろう、ご愁傷様だ。

しかし、この一瞬でこれだけの芸当が出来るのは単にパンドラシステムのおかげだろう。

パンドラシステムによる肉体強化は普段使わない人間の筋肉や神経などといった肉体能力を強制的に目覚めさせ、さらに強化して一時的にだが超人的な力を与えてくれる。

ただ、これをやった後は軽い筋肉痛が襲ってくるからあんましやりたくないんだよなぁ・・・

まぁ兎に角、これで追跡は振り切った、みんなの所へ帰ろう。


―――――。


場は変わり、バザール......。


「放してくれ! 俺たちは被害者なんだ!」


先ほどの茶髪の男が未だ身勝手な主張を言っていた。


「暴れるな! 今一人が奴を追っている、連れてきた次第お前らを牢にぶち込んで―――」

「そこまでだ」


若い男の声が後ろから聞こえ、振り向くとそこに居たのは


「ラッツェル騎士団長!」

「えぇ・・・!?」

「なんと・・・まさか太陽鳥騎士団の長が出てくるとは・・・!」

「こんな事今までなかったのに・・・」


まさか、そんな......と周囲の人たちは声を上げ、茶髪の男はサァ......と血の気が引いていた。


「団長、通報による騒動の男二人の身柄を確保しました!」

「あぁ、だが手荒に抑え込まないでやってほしい。 彼らは冒険者、彼らの処遇はギルドが決めることだからね」

「ち、違うだ・・・これはあいつが・・・」

「あいつ・・・?」

「はい、どうやらこの二人の他にもう一人不審な者が居まして、現在逃走していて仲間の一人が追っています」

「そうか。 では先にこの二人を牢に連れて行ってくれ、僕は追跡に向かった仲間の元へ行こう」

「だーんちょ~~~!」


出向こうとしたその時、遠くから彼の部下であるエリノアがこちらに駆けつけてきた

少し離れたところに居たというのに走る速度が人並みより速いのか1~2分も掛からずにラッツェルの元に辿り着いた。


「ふぅ~! 久々に走りましたよたいちょ~」

「エリノア。 城下町の見回りはもう良いのかい?」

「あぁ問題なし、異常なしだったので騒ぎが起きたと報告受けたこちらに来ました~んで? こののびてる奴と青ざめてるのが犯人なんですか~?」

「そうだよ。 でも・・・どうやらもう一人別の者が居たらしい」

「もう一人ですか?」

「今、そのもう一人を仲間が追っているそうだ。 僕は行くけど、エリノアは?」

「もちろん、たいちょ~のお傍にいますよ~」

「わかった。 それじゃあこれより、追跡に向かった仲間の元へと向かう!」


それから数分ぐらいしてか、王都から少し離れた丘の辺りに二人は辿り着いた。


「ここらへんですかねぇ~?」

「あぁ、足跡もここらへんまで続いていた。 ん・・・?」


ラッツェルは、ふと少し離れた辺りにある草が生い茂ったところに一つ妙なところを見つける。

一部だけ草が何か重い物がのしかかっているのか、草が沈んでいるのだ。

よく見ると何か大きな物が見える。


「―――ッ! 人だ!」


ラッツェルはいち早く気づき、そこに向かうと自分らと同じ鎧を着た者が一人小さく呻きながら横になっていた。


「君、大丈夫かい!?」

「う・・・あ・・・ら、ラッツェル騎士団長・・・」

「そうだ! 出血がひどい・・・エリノア! すぐに救護を呼んできて! 早く!」

「わかりました!」


エリノアは常人よりも素早い走りでその場から去り、残されたラッツェルは応急措置と止血に必死だった。


「大丈夫だ、もうすぐ助けがくるから!」

「た、隊長・・・あいつは・・・」

「あいつ・・・?」


そういえばと思い出す、辺りを見渡しても自分と彼以外人の姿は見当たらず、静かなものだった。


「君が追っていた奴だね、そいつならもうここには居ない」

「ラッツェル隊長・・・あいつは・・・あいつは、妙な銃を使ってきました」


銃。

その単語を聞いてピクッと小さくだが体が反応した。


「銃? 銃がどうしたんだい?」

「そいつが持っていた銃は・・・」


―――何発も撃てる銃でした。


その言葉にラッツェルの顔はみるみると不審と疑問を抱く顔になっていく


「えっ?」

「そいつは、私に向かって銃を撃って来ました・・・顔に、です・・・それは防げました、けど・・・発砲音が聞こえて、気が付いたら足に当たってました・・・」


彼の証言にラッツェルは、ますます不信に思えてきた。

幾らなんでも早すぎる。

銃は基本的に単発で、次弾装填までは最低でも15秒ぐらい掛かる。

顔に撃ってすぐに足に当てるなんてことはどうあっても無理だ、幾ら素早い装填が出来る動きが出来てもその間に彼の剣で斬られて終わる。

なのに彼が気づく前よりも早く撃った。


「ありえない・・・」


思わず声が漏れた。


「隊長、気を付けてください・・・あいつは、とても危険な・・・うぅっ!」

「もういい、それ以上喋らなくていい。 傷に触る」


......幾つかの疑問と謎、それらを残しつつ救護要請に向かったエリノアを待っていた。


「一体そいつは何者なんだ・・・」


その言葉を残しながら......。

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