第8話 乳児院で

 乳児院に就職して二年目、ようやく仕事にも慣れてきた。預かっている子ども達は、結構出入りがある。親の出産や病気で、一時的に預かる場合もある。

 そんな時に、乳児院を利用してもいいのだということに気がつかなかった。中には、公務員で、共稼ぎだが、次の子の出産のため、児童相談所利用している人もいると言う。ああ、それが本当の福祉の利用なんだろうと思った。

 私は、佐々木に久しぶりに電話をした。

「もしもし、私、今だいじょうぶ」

「あ~、、何かあった」

「何かあったかじゃないでしょう。あんたは、父親なのよ。本当だったら、私たち結婚しているのよ」

「まあ、そう怒るなよ。用事はな~に」

「怒るよ、本当に。赤ん坊のこと、どうするの。このままでいいの」

「う~ん。就職して、ある程度落ち着いたら、どうするか考えようとは思っていたんだけど」

「考えてはいるんだ」

「あのね。俺、○○幼稚園は辞めたよ。今は、□□商事だ」

前よりも、少し元気がないと思った。

「  も辞めて、  に移ったとか言ってなかった」

「又、転職したの」

こんな男が、父親になれるのだろうか。

 七月下旬、梅雨が明けて、○○県中央児童相談所の窓にも夏空が拡がっていた。一時保護されている子ども達も、夏休みになって、帰ることができる子どもは、自宅に戻り、別棟の一時保護所からは、自宅にかえることができない子ども達の声が聞こえていた。Sは、青い空を見ながら、今年は、何人の子どもをキャンプに連れて行くのかと考えた。去年は、確か八人を連れて行った。だが、キャンプファイヤーの時間になって、○と△がいなくなり、大騒ぎになったのだった。今年のキャンプの第一回目の打ち合わせから戻ると、机の上に電話のメモがあることに気がついた。一三:〇〇 匿名の方より、こうのとりのゆりかごに預けた子どもさんのことで電話がありました。詳しくは、の方と話しをしたいそうです。電話を御願いします。

「現在、里子に出している親御さんからかな」

メモに書かれた電話番号にかけると、十回呼び出し音が鳴って、これは留守かなと思い、電話を切ろうとすると、女性の声がする。感情を押し殺した声だ。

「もしもし、△△ですが」

「「○○県中央児童相談所の一時保護課のSと言います。電話をいただいたそうですが」

「ええ、さきほど電話を差し上げました。実は、……」

「秘密は守ります。何か、ご心配なことがありますか」

Sは、乳児の遺棄案件だなと考え、言葉を選びながら話しを続けた。

「五年前の今頃です。こうのとりのゆりかごに、子どもを預けました。その後、心配はしていましたが、自分では育てられないから、誰かに預けるのは、仕方のないことだと思いながら、今日まで来ました」

「電話をしていただいてありがとうございます。大変でしたね。すいませんが、三年前の何月何日か分かりますか。正確な日にちが分かると、こうのとりのゆりかごで受け取った子どもが誰なのかが分かるものですから」

「年 月 日です」

「少しお待ちください。書類を見ますので」

その日は、特別な日のようだった。二件の遺棄事件があった。それも夜の一二時と二時で、時間も近かった。

「何時頃だったか覚えてらっしゃいますか

「真夜中だったとは思うのですが」

「実は、その日の夜の一二時と二時に預けられているのです。時間が、正確に分からないと、どちらのお子さんか、判断が難しいのですが」

「男の子だったのですが」

「二件とも、男の子でした」

電話の主は、意外な展開に戸惑っているようだった。しばらく、無言のままであった。

「もしもし」

意を決したかのように声が聞こえる。

「真夜中としか、覚えていません。生まれてすぐに、預けたもので、混乱していましたから」

「今は、DNAで親子の判定ができますので、大丈夫です」

「そうですか」

「電話では、詳しい話しが出来ませんので、できればお出で願えれば有難いのですが」

「Aはできるだけ、丁寧な言葉を使った。ここが一番、大事なところだ。ここで対応を誤れば、折角の機会を失うことになる」

「いつ頃、お伺いすればよろしいですか」

「出来る丈、そちらのご希望には合わせたいとは思いますが」

「では、二日後のは木曜日は、いかがでしょうか」

「はい、それでは、九月一一日ですね。お待ちしています。出来れば、その時、何か運転免許証など身分を証明する書類を持参していただければ有難いのですが」

「わかりました」

そういって、電話は切れた。

Aは考えた。この案件は、どう展開するのか。一番良い解決に結びつくのか、それとも別な方向に発展するのか。考えても仕方がない。とにかく、今の話の内容をまとめて、上司に報告しなければならなかった。


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