第4話 出産

 私は、アパートの一室で一人で産むことに決めた。念のため、スマホで調べると出産の仕方というサイトがあり、そこに実際の出産シーンがあった。動画で見ると、破水して、あそこから、頭が見える。もし、足が出たら逆子だからアウトだ。赤ん坊を取り上げるなんてことが自分一人で出来るのだろうかと心配になる。へその緒の処置だけを間違えなければ、大丈夫なようだ。

 何回も考える。本当に一人で産めるのか。手助けはいらないのか。もし、難産だったらどうしよう。難産だと自分で判断できるのかな。不安になる。考えれば考えるほど、不安になる。今からでも遅くはない。母親に電話しようか。それとも児童相談所に電話しようか。病院でもいいのかな。考えが堂々巡りをして、まとまらない。

 とにかく、赤ちゃんを産もう。問題が起きたら、その時考えよう。何もなかったら、赤ちゃんポストに預けよう。そうすれば、またいつもの生活に戻ることができる。

 予定日が過ぎたが、何も起こらない。初産のときは、遅れると聞いていたので、慌てはしなかった。前もって産着と紙おむつと粉ミルクを買っておいた。

 夏のある日、陣痛が襲ってきた。いよいよお産の始まりだ。陣痛って、こういう痛みなんだ。これが数え切れないくらい続くのかと思うと、気が滅入った。女は、こういう苦労をするんだ。もしお産がうまくいかなかったら、母子ともに死ぬなんてことになるのだろうかとものすごく心配になった。いっそ、母親が、私のお腹が大きくなったのに気がついて、大騒ぎをしてもいいから、最後には手助けをしてくれることになっていたらと思ったが、後の祭りだった。

 ある程度は、出血するらしいから、布団の上にビニールシートを敷いておいた。産声を聞いたときは、気を失いかけたが、そうはしていられない。とにかく、へその緒の処置だけをして出産は終えた。それにしても、一人での出産は辛かった。こんな思いは二度とごめんだ。 

顔を見ると「めちゃ、かわいい」。おっぱいをあげ、一緒に風呂に入った。 

 出産直後から、ものすごく乳が張ってきた。母乳がこぼれそうになっている。試しに赤ん坊に乳首をふくませるとすごく吸い付いてくる。こんな赤ん坊は可愛いと思う。でも、とても育てられない。

 赤ん坊は、ペットとは全然違う。仔犬は、小さいけど、一人でミルクを飲むし食事をして一人で眠る。ところが赤ん坊ときたら、自分でミルクも飲めないし、何から何まで世話しなければならない。とても手が掛かる代物だ。おまけに、取扱説明書がついてこない。簡単取扱ガイドのような冊子もついていない。これでどうやって育てればいいんだ。

  翌日から、赤ちゃんを部屋に1人残して実習に通った。「とにかく死なせちゃいけない」。エアコンをつけて部屋を出て、昼には授乳のため帰った。ベッドから落ちていたり、脱水症状で弱っていたりすることもあった。情がわき始めた。

 いや考えたら、乳児の扱いは、授業で勉強した。人形だったけれど、授乳や沐浴を練習したから、全く経験がないわけではなかった。実習先でも赤ん坊には触れている。頑張れ、頑張れ。

 生まれた子どもが可愛いと思えた。けど、この赤ん坊の世話で何も出来ない。外出も出来ない。赤ん坊の泣き声を聞いたアパートの住人は、どう思うだろう。そして赤ん坊の泣き声が、ある日を境にふっつりとしなくなったら、逆に変に思うだろう。

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