第2話 短期大学 保育学科
○○大学は、以前は短期大学だったが、大学の大衆化という言葉につられたのか、今は四年制と短期の両方を持つようになっている。ここの大学は、昔はそれなりの卒業生を世に送り出し、ある程度は知られていたらしいが、今は少子化のあおりで、入学者数は定員を満たさず、Fランクより低いと噂されている。
私は、保育士になるために、この大学の夜間部に入学した。この大学は、建物の外見や見えるところには、結構お金をかけているので、一見お嬢様大学のように見えるが、それ以外のところは、あきれるほどしみったれている。講師も、人件費を抑えているせいか非常勤が殆どで毎年コロコロと変わる。
私は、学費と生活費を稼ぐために、日中はアルバイトに忙しい。夜間部の講義は、夕方の六時からだが、夕食を食べている時間がなく、パンとコーヒーを買って教室に滑り込む。早めに来た連中は、もうパンを食べている。私も食べようとしていると講師が来た。それが二~三回続いたら、講師は時間通りに来たが、講義の用意をしていると言って、夕食の時間を作ってくれた。
十五分遅れで、児童福祉論の講義が始まった。講師は、どこかの施設の園長らしいが、よく分からない。保育士の資格を取るためには、この単位は必修だが、大体福祉というのが、よく分からない。赤ん坊から就学前の子どもまで預かって世話をするんだから、その方法を、どうすれば要領よくできるかを教えてくれればいい。それ以外は、必要ない。
今日の講義は、日本でただ一ヵ所、熊本県にある「赤ちゃんポスト」についてだ。この「赤ちゃんポスト」の話しは、以前誰かに聞いたことがある。それにしても、このことと深く関わろうとは、思いもしなかった。
この講義で困ったことは、講師が児童福祉に情熱を持っていることだ。特に赤ちゃんポストについては、持論があるらしく延々と話しが続く。私は、この時間が一番眠い。昼間働いて、夕食を取れば、眠くなるのは、当たり前だ。
私は、今日も後の席で、分からないように眠っていたら、講師が、講義の中ほどで、赤ちゃんポストについて賛成か反対かと聞き始めた。私は、慌てた。殆ど講義は聞いていなかったからだ。
指すなよ、指すなよと思っていると、案の定、自分が指名された。
「赤ちゃんポストには賛成です。それがなかったら、子どもは他に捨てられて、そのまま死んだかも知れない。赤ちゃんポストを利用する女性は、誰にも相談できずに、仕方なくそうするのだから、妊娠がわかった時に、もっと気軽に相談できる機関や病院があったら、赤ちゃんポストまでいかなかったかもしれない。社会が、もう少し手をさしのべてくれたら良かったのではないでしょうか」
と後から冷静に考えれば話せたはずだが、思ったことの半分も言葉にはなっていない。必要悪だよ。
他の学生の意見も殆ど同じだ。講師は、反対意見が出ないので少し困っているようだ。子どもの出自を知る権利を奪うという批判や捨て子を助長するのではという心配もあるらしい。捨てられた子どもからすれば、実の親は一体誰なのか知りたいという気持ちは、分かるが、赤ちゃんポストって、つまりは捨て子の受け入れ場所だろう。捨てたということが、その児の権利とかを奪っているのだから、いまさらという気がする。それに赤ちゃんポストがあるからといって、安易に子どもを作り、捨てるということは、考えられなくはないが、捨て子を助長するとまでは思えない。
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