01-02「出会いからの謎」
反射的に声のした方へ顔を向けると、ドラッグストアの屋根の上で何やら細長い棒のような物を持って立つ、少女の影があった。
(何で屋根?)
ようやく人に会えた喜びと、助かったという思いから気持ちが
「危ない!」
そう叫んだところで意味はない。すでに
その攻撃を、当たる瞬間に空中で身を
「って
土を
金属部の先端が勢い良く蜘蛛の身体へと突き刺さり、異形の存在はその場でのたうち回った。声を発することが出来ていたら、痛みで
異形の身体を蹴って、少女は長い
「大丈夫?」
「え? あ、うん、ありがとう」
≪気を抜くでない。まだ終わっとらんぞ≫
「え?」
「どうしたの?」
「いや、うん、そういえば、君って同じクラスの?」
一見小学生にも見える目の前の少女だが、その実、良祐と同じ中学校、クラスに通う同級生である。それを証拠に今彼女が着ている服は、
「話は後にしよっか。こっちも聞きたいことあるし。それに、まだあいつはやる気みたいやね」
「え?」
言われて目を向けると、ダメージから復帰したのか立ち上がろうとしている巨大蜘蛛の姿があった。自分達に向けられている何かを感じた良祐は、
「おわぁ!?」
「大丈夫。終わらせる!」
一方、そんな何かに対して
異形の虫は、少女の動きに
両者共に激しく動き回って暴れていることもあって、周囲にある自転車や空き缶などのゴミは戦いによる衝撃や風によって吹き飛ばされる。それが自身に向かわないように両腕を顔の前に出してガードするようにする。
小物が飛ばされている一方で周りの地面や建物などが破損する様子が見られないことに、良祐は気付いてはいなかった。ただ目の前で繰り広げられている戦いを、少し離れた所で相変わらず腰が抜けた状態で眺めていた。
「す、すごい……」
≪しっかりせんかい≫
「うわっまた」
≪
「え?」
言われて気付いた。先程まで優勢に立ち回っていたはずの少女の動きが
「くっ思ったよりも
「だ、大丈夫っ?」
「分からないけど、わっちがやらなきゃ!」
少女は手に
しかし、相手もすぐさま反撃を繰り出し、少女の軽い身体は吹き飛ばされ、ドラッグストアの外壁へと叩き付けられてしまった。
「うっ」
「そんな!」
「大丈夫! 多分!」
吹き飛ばされても手放さなかった鍬を握り、離れた位置にいる蜘蛛を
「あ、待て! くっ……」
「
「えぇと……伊……伊、藤君?」
「佐藤。
「ごめんごめん。佐藤君ね」
「アレは一体何だったの? それに君も……」
そう口にして、相手の手にある鍬へと目を落とす。金属部は普通の三つ叉の形をしているのだが、
「それと、何で鍬……?」
「あー、まぁ、その前に
「え?」
疑問に思う間もなく、彼女に手を引かれて建物の影へ移動。そして何かをボソボソと
「え?」
今の今まで人一人、車もなかったはずなのに、気付けばいつもの夕方の光景が広がっていた。
仕事帰りの車の列。先ほどと違い、ちゃんとドライバーがいて運転している。他にも夕食のためにドラッグストアで買い物をする主婦、学校帰りか町内の高校の制服を着て自転車に乗る学生、塾帰りか私服の子供の姿もあり、普段はうっとうしいと思っていた
「どうして……」
「とりあえず、こっち行こうか」
「え? あ、うん」
案内されたのは、店の裏にある公園。普段は多くの子供達で
「色々聞きたいことがあるだろうけど、まずはこっちから聞かせて? 何であそこにいたの?」
座った
「あれは一体何?」
「ごめんね。今は答えられないかな。先にこっちの質問に答えてくれたら、答えられるかもしれない」
「え? どういうこと?」
「もう一度聞くよ? 何であそこにいたの?」
良祐の言葉を無視して、翡翠は同じ質問をぶつけてきた。ここでまた別のことを聞いたところで、結局ループするのだろうと予想出来た彼は、一つ一つ思い出すようにゆっくりと言葉を
「じいちゃんの家からの帰るところだった。俺の家、
「栄町ね。
説明している最中に唐突に割り込んできたために
「う、うん、そう」
「あなたのお
「
「なるほど。こっちの
「え?」
「何でもなぁい。そんで、今日みたいな経験は過去にもある?」
「な、ない……うん、ないはず。覚えている限りは……」
「ご両親かその親類、血縁にこういった経験をした人は?」
「え? 多分、いない……と思う。聞いたことないし」
「うーん、そっか。ありがとうね」
そう礼だけを言って彼女は黙り込んでしまった。良祐は、どうすれば良いのか、帰っても良いのかなど、口から出そうになるのをグッと
「多分……うん、多分だけど、あなたは無関係……だと思う……かな。たまたま何らかの
自信なさげに出た言葉に、良祐の疑問は尽きない。
(一体どういうこと? 無関係とか綻びって何? 何に巻き込まれたの?)
「強力な【
グイッと距離を詰めて良祐のことをジッと見つめる翡翠。女子とこの距離で話をする機会のない彼は、思わずドキドキしてしまう。身長差から来る座高の差によって見上げる形になっているためにあまり迫力はないが、一切
「可能性は否定出来ないけど、過去にそのような出来事があったなんて聞いたことも、
良祐の高鳴る心臓のことなど知るはずもない翡翠色の瞳は、何度か
それからも何やら独り言を
(芝原さんって、こんな感じの人だっけ?)
何もなければ、ただの痛い子。
「ね、ねぇ? アレは一体何だったの? 確か“うつろ”とかって」
「え? あ、うーん……どうしよう……答えても良いのかな? こんな経験わっちも初めてだし……ただ、これだけは言える。アレは良くないモノ……あー、うん、ごめん。これ以上は、今はやっぱり言えない。知らない方が安全な場合もあるし」
「安全ってどういうこと?」
「え? いや、ほんとごめん。わっちも分からなくて、あなたとは多分小学校から一緒だったと思うんだけど、こういったことに巻き込まれるような人ではなかったはずだし」
「えぇと、うん、それは、俺もそう思う」
「んー……分かった。明日。明日話せるかどうか、帰ったら確認してみる」
「誰に?」
「秘密。許可が下りなかったら話せないけどね。これでも一応当主だから
「当主? もしかして芝原さんって
北方町北部に位置する芝原地区。北方町を横断する国道三〇三号線よりも北にある。芝原地区は土地が広いため、区分分けすべく縦に三分割されており、それぞれ西から
実際は農業で発展した一族だと聞いている。それを証拠に、北方町北部一帯の農地は全てこの芝原家が所有する土地だと祖父から教えられたことがある。
「え? あ、あぁ……ごめん。それも今は無理。まぁ歴史ある家だということは認めるけど」
隣で頭を
疑問は尽きないとはいえ、果たしてどこまで聞いて良いのか分からず、だからといって疑問を抱えたままでは気分が悪いのでとりあえず気になったことを口にするが、そのいずれもが「今は答えられない」「分からない」とはぐらかされる。
「分かった。明日。明日にちゃんと話すから……話せる部分だけだけど、放課後、時間もらえる?」
「え? あ、うん、大丈夫。部活も休みだから
「ありがとう。それじゃあ、終わったら第一理科室に来てね。というか同じクラスだし一緒に行こう」
「何で第一理科室?」
「それは行ってからのお楽しみ! それじゃあね!」
そう言って、逃げるようにベンチから飛び出した彼女は、手に持つ鍬を右肩に
よく見ようと目を凝らした時にはその子供の姿はなく、翡翠の小さな背中も夕闇に溶け込むようにして北に消えていった。
今のも含めて、今日あったことは夢か幻だったのではと改めて思いたくなったが、それが少なくとも夢でなかったことは、帰宅して帰りの時間が遅かったことに母親から雷が落ちたことで理解出来たのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます