01-03「部活動と秘密組織」

 通常の授業を終え、放課後前のホームルーム。エアコンを効かせるべく窓やドアが閉め切られており、せみの合唱が遠くに聞こえている。


「えーそれでは、テストの返却は明日から順次行っていくとして。君達には、夏休みの宿題を与えたいと思います」


 担任の教師の口から無慈悲むじひな宣告が出たことで、教室内では「えー!」とブーイングが巻き起こり、一気にさわがしくなる。本来なら佐藤良祐さとう りょうすけもそれに加わるのだが、昨日の出来事が頭から離れず、頬杖ほおづえを付きながらぼんやりと前を眺めていた。


(結局、昨日のは何だったんだろ……?)


 北方町きたがたちょうには中学校が北方きたがた中学校(通称:北中きたちゅう)の一つなのに対して小学校が北方小学校(通称:北小きたしょう)、北方西きたがたにし小学校(通称:西小にししょう)、北方南きたがたみなみ小学校(通称:南小みなみしょう)の三つある。それはつまり、中学校に上がると他の三つの学校の生徒がここに集結するということ。そうなると、各二クラス分しかなかった生徒も、ここでは五クラス分になる程度には集まることになり、一つのクラス当たり四〇人前後の人数となる。

 現在、小中一貫の学園化構想が進められており、今後は北学園と南学園に分けられるのだが、自身はその頃には卒業しているため、関係ないと視線を教師から外してクラス内へ向ける。

 良祐の席は廊下側から二列目、最後尾に位置している。そのため、前に視線を向けると自然と目立つ翡翠色の髪が目に入る。

 その小学校低学年と言われても通じそうな低身長であり、座高も低く、後ろの席では黒板が見えないということで、芝原翡翠しばはら ひすいの席は必ず最前列と決まっている。これは、席替えが行われても同様で、列は変わっても先頭という点は変わらず「居眠り出来ないよ」と友人と談笑していたのを良祐は耳にしたことを覚えている。

 同じクラスになって三ヶ月程度経つが、これまで特に会話らしい会話などなく、それぞれの友人の輪の中で過ごしてきた。それゆえに昨日の会話が実質初めての彼女との会話であり、その初めてが何やら痛い子みたいな話で、正直なところ日が変わっても昨日のことは夢だったのではないかと思ってしまう。

 溜め息をきたい衝動をおさえ、下を向く。


(あの声も夢?)


 自身にだけ聞こえた、歳を取ったような太く迫力のある男性の声。耳で聞いたというよりも、頭の中で響いたようなもの。昨日寝る前に自室で謎の声に話し掛けてみたが、何の反応も返事もなく、ただ独り言をつぶやいているだけの恥ずかしい状態になってしまった。

 再び視線を前に戻すと、床に届きそうな程の長さの翡翠色の髪が目に映る。


(第一理科室って言ったよな?)


 昨日の別れぎわ、彼女に言われたことを思い浮かべる。


(確か、あの場所は化学部が部室として使用していたと思うんだけど)


 ということは、彼女は化学部だったのかと思う。


(だけど、説明をするから部室に行くってどういうことだ?)


 夏休みに向けて、多くの部活は放課後や休日を使って活発に活動している。化学部も休みではなく、本日も第一理科室で部活が行われるとのことで、空き教室ではないことはホームルームでの部活動連絡で聞いていた。


(部活の場所で話すのか? でもいいのか?)


 ちなみに良祐の所属する美術部は、顧問こもんの都合で本日休みという連絡が通達されており、問題なく化学部へお邪魔することが出来る。

 時折脱線する教師の話からホームルームの終了がずれ込み、放課後になって廊下が騒がしくなったところでようやく終わりの挨拶を行う。


「それじゃあ行こうか」

「あ、うん」


 教科書類を鞄に詰め込んで席を立とうとしたところで、良祐の目の前に翡翠が笑顔で立っていた。


「それじゃあ、またね!」

「翡翠またねー!」

「また明日-!」


 友人達に声を掛けて翡翠は教室を出、慌てて良祐もそれに続いた。

 北方中学校の配置は、北側に校舎、南側に体育館、更に南が運動場となっており、校舎の形は上辺が長い「コ」の字型をしている。道を挟んで反対にある北方小学校の校舎は、中学校と対となるような「L」字型の形をしている。

 良祐達は二年四組であり二階。そして全五クラスの内の四組だから東側の専用教室棟まで近いが、多少は急いだ方が良いだろう。実際に、前を歩く翡翠は走らない程度には早歩きであり、良祐もそれを追いかけている。

 三階の第一理科室の前に立つと、息を整える間もなく「失礼します!」と元気良く引き戸をスライドさせて中へ突入していく。その後ろからおっかなびっくりな様子で良祐も小さな背を追って続く。


「あ、部長!」


 部長という単語に釣られて、目の前を歩く彼女の向こう側へ目をやる。頭一つ分弱ある身長差から、問題なくその姿を目にすることが出来た。

 まず目の前に飛び込んできた光景は、黒髪と白髪が入り交じった特徴的なボサボサの短髪の男子生徒が教卓に突っ伏している様子だった。そしてそのまま周囲を見渡すと、それを複数人の生徒があきれたように見ているというものであった。その中で一人だけ、変身ヒーローが変身する際に行うようなポーズを取って立っている、翡翠とはまた違った派手な見た目の女子生徒がいるが、良祐はとりあえず目を合わせないように、もう一度教卓に頭を預けている生徒を注視する。

 呼ばれたことに気付いたのか、教卓に顔を付けていたその彼は、姿勢はそのままで首だけをこちらに向ける。整った顔だが、同年代というよりももう少し年上に見えるのではと思われるが、それはどこか疲れたような表情をしているからだろうか。髪色もあって、どこか老けている印象がある。そんな彼の目が翡翠へ、そしてその後ろに立つ良祐へ向けられると、顔がゆがみ、ものすごく面倒くさそうな表情を浮かべた。


「何? 新入部員? というか誰? いや、誰とかどうでも良いや。どうせ厄介やっかいな事案になる……マジで勘弁してくれ……ただでさえも芝原がいる上に伝承にある”翡翠色ひすいいろ”と来た。おまけに今年は分家とはいえ”戸田とだ家”の長男もいるんだぞ? 何事もなく三年を過ごすと決めたオレの計画は、去年芝原お前が入学した時点でついえたようなものなのだが、その上に戸田家だぞ。もう絶対今年何かあるよ。去年おびえながら過ごしたけど、今年度はそれ以上だよきっと。というか戸田家が来た今年こそ何かあるよ絶対。これ確定。この三ヶ月は何事もなかったけど、ここに来て新入部員? こういうのって後々にまとめて押し寄せるって言うし……はぁもうどうすんだよこれ。面倒くさいなぁ」

「部長、またそれですか。いい加減に慣れて下さい。それと、私と戸田君は悪くありません」

「分かっているよ。分かっているんだが」


 一気にまくし立てるようにひたすら文句をぶつけてくる男子生徒に対し、翡翠は平然と反論するも、良祐はいくつか出て来たワードを疑問に持つ間もなく、この教室内をつつむ異様な雰囲気ふんいきに思わず後ずさりしてしまう。それとは対照的に、翡翠は気にした様子もなくずんずんと中へ入っていく。


「そんなことより、皆そろっているようですね」

「あぁ揃ったよ。揃いすぎだよ。絶対これ何か怖いこと起きる前兆だよ?」


 大きな溜め息を吐いて、目の前に立つ彼女に気怠けだるげな表情を向ける。しかし、そんな彼の様子に慣れているのか意に介すことなく話を続ける。


「大丈夫ですって。ただちょっと昨日トラブルがありましたし、解決も出来ていませんが、きっと大丈夫ですって」


 それを聞いて、部長と呼ばれた生徒がガバッと上体を起こし、これまでのやる気ないことを全力で表現していた目付きが若干じゃっかんだがするどくなって翡翠の目を見つめる。


「え? 何? 前兆どころかもう起きてんの? マジかよ。終わったよ。というか何? 解決出来ていないって。芝原で解決出来ない案件だってことはオレ無理じゃん。いや、オレだけじゃなくて他の誰にも無理だわ。いや、本家戸田の次期当主がいたわ。それと……」


 そこで言葉を切って、白黒髪の男子生徒はチラリと相変わらず変なポーズを取り続けている派手な格好の女子生徒に目を向けるもすぐに視線を下に向ける。


「アイツは論外だな。うん。だけど安心出来ねぇなコレ。で、次はどこに来る? オレか? オレに災いが降りかかってくるってことか? もう駄目だ。ちくしょう」


 表情こそ変わったものの、口から出る言葉は相変わらずネガティブなもので、その身にまとう空気もあまり変わっていないようだ。それをなだめながら、彼女は説明を続ける。


「まぁまぁ、何とかなりますって」

「よくそんなポジティブ思考出来るな?」

「部長がネガティブ過ぎるだけでは?」

「いやいや、オレ一般人だからね? 多少”冥加ちから”はあるけど、お前らに比べたら全然一般人だからね? ちょっと事情知ってる一般人だからな?」

「部長、諦めて下さい。”結界けっかい”が壊れた今、どう対処するのが一番か早急さっきゅうに話し合うべきです」

「はぁ? 結界って、【時の大結界】か? 壊れたってどういうことだよ」

「あ、厳密には壊れたというよりもほころび? ゆるみ? とにかく隙間すきまのようなものが出来たと思われます。多分ですけど」

「んな報告受けてねぇぞ? つーか、多分って何だよ」

「昨日の夕方の出来事ですから」

「いや、メール飛ばせよ?」

「すみません忘れていました。それに、わっちらでは正確には把握はあく出来ないので、ここは清水しみずの家の観測結果を待つしかありません。あくまで綻びとか隙間って表現も、部長が言うかなりポジティブに表現したもので、実際のところは何にも分かりません」


 ひたすらネガティブに沈む男子生徒に対し、とにかく明るく接する翡翠。そしてそれを一人変なポーズを維持する女子生徒を除いて、何とも言えない表情で眺める生徒達。

 言葉の中には良祐の聞き慣れないワードがいくつも含まれており、意味も分からないので、今は聞き流しておく。

 しかし今のこの空気。元々部外者であり何の説明も受けていない状態で、中に入るタイミングを完全に失っていた彼は戸惑とまどいを隠せない。


(は、反応に困る……)


 このまま入って良いのか。それとも見なかったことにして帰るべきか。教室の入り口で立ち往生していたところ、一人の身長は低めでややふくよかな男子生徒が良祐のもとへ来た。


「今、芝原さんが言っていましたが、新入部員でよろしいですか?」

「え? あ、いや、多分違います。えぇと……」


 見知らぬ人から話し掛けられたことでどもってしまい、相手に合わせて咄嗟とっさに敬語で返してしまう。

 小柄だが翡翠よりは身長がある彼から目をらし、足下の上履きへ視線を落とす。


(年下か)


 学年によって上履きのラインの色が違い、それで相手が一年生であることが分かった。


(何て言えばいいんだ? というか説明のしようがないよな。昨日化け物に襲われて、その説明をするから第一理科室ここに来てと言われて付いてきたけど、これ話していいもんなのか?)


 言葉に詰まった良祐を見て、話し掛けてきた男子はニコリと笑って「大丈夫ですよ。ここの人達は全員訳あり・・・ですから」と答えたことで、グルグルと巡っていた良祐の思考がピタリと止まった。


「え?」

「僕の名前は戸田光久とだ みつひさです。一年三組。さっき部長も言っていましたが、戸田家の分家の長男です。よろしくお願いします」

「え? あ、はい。佐藤良祐、二年四組。よろしく……その、分家って何ですか?」


 年下と分かったが、場の雰囲気のせいか敬語を続けてしまう。それを相手は「普通の言葉遣いで良いですよ」と言い、続けて説明をしようと口を開く。


「えぇと、分家というのはですね……」

「よし! 部長の説得は成功したよ! ということで、新メンバーを連れて来たので、とりあえず皆、改めて自己紹介するんやよ!」


 直久が話そうとした所に、翡翠が言葉を被せてきた。それを起点に初対面である良祐に向けて、自己紹介を行うこととなった。

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