第14話 街中デート


「今日一日雨だって〜」


 テレビのニュースを見ながら宇海がそう声をかけてくる。


 俺は洗い物の手を止めないまま宇海に向けて返答する。


「昨日のうちに買い出しに行っておいてよかったな」

「そうだね〜。今日何しよっか」


 今日は土曜日。


 大学の授業もなく、逼迫しているレポートもないため、俺も宇海ものんびりしている。


「ごろごろでいいんじゃないか」

「え〜、もったいないよ〜」


 アウトドアな宇海が文句の声をあげるが、それを無視する。


「も〜。じゃあ、後で映画でも借りてこよう」

「え〜」

「文句言わない!」


 宇海のお姉さんが宇海の隣の部屋を勧めてきたので、そこを借りると、宇海が毎日俺の部屋に入り浸るようになった。まぁレポートとか手伝ってくれるしいいんだけど。


「洗い物いつ終わりそう?」

「……5時間くらい?」

「どんだけやってんのさ! もうっ、手伝うから早く終わらせよう」


 宇海が横にトトッと駆け寄ってきて、俺が洗剤で洗った食器を水で流していく。


 コイツ、ほんと背小さいよな。俺と比べて頭ひとつ分くらい違う。凛が俺と同じくらいの身長で、玲香は宇海と同じかちょっと高め。つまり、女子の中に紛れていても多分バレない。


 それにまつ毛とか長いし。ほんと整ってる顔してんなぁ。宇海と瓜二つの姉も美人だったから遺伝だろうな。


 狭い台所に2人で立って食器を洗う。倍のペースで洗い終わると、俺はクローゼットを開いて、着替えを何着か取り出す。そのままパジャマにしていた、高校時代の部活のTシャツを脱ぐと、宇海が「ひゃっ」と、何やら可愛らしい悲鳴をあげた。


「ちょ、だ、ダメだよ! なんで人前で脱いでるの!」


 顔を真っ赤にして手で目を塞ぎながら……いや、指の隙間からバッチリと見ている。見ながらそう言う宇海。


「男しかいないし別にいいだろ」

「ダメだよ慢心は!」

「なんでそんな己に厳しいんだよ……」


 ガン見されながら着替えを済ませ、2人で家を出て鍵をかける。


 トントントン、と古びて錆がたくさんついている階段を下る。


「ここの住み心地はどう?」

「家賃の割にはいいな。想像してたのより全然よかった」

「でしょ〜。ここ、安いもんね」


 前住んでたとこより安いんだよな。大学からちょっと遠いのはネックだけど。


 話しながら歩いていると、だんだんと人通りが多くなってきた。駅が近くなってきたからだろう。


 駅前にあるレンタルショップを目指して歩いていると、飲食店の立ち並ぶ店が多くなった。


 店の増加とともに、宇海の瞳の輝きも強くなっている。


「さっき食べたばっかだから入らんぞ」

「わ、分かってるよ!」


 絶対わかっていなかったような不満げな声でそう言う宇海。名残惜しそうにチラチラと店を見ている。


「…………しょうがないなぁ。軽く寄るか」

「ほんと!? いいの!?」

「まぁ休みだしなぁ。出歩くことなんて滅多にないし」

「そこは滅多になかったらダメだと思うけど……」

「どこがいい?」

「ん〜……あそこ! あのパンケーキ屋さん!」

「よし、じゃあさっさと行くぞ〜」

「お〜!」


 何も考えずに歩き出した俺だったが、すぐにそれを後悔する。目の前にあったのは、女子が好きそうな外装をしたパンケーキ屋さん。そこには、長蛇の列が並んでいる。しかもそのほとんどが女性。


「……変えないか?」

「やだ! 並ぶ!」


 頑なに譲らない宇海だが、大勢の女性陣の中に並ぶことの意味を分かっているのだろうか。


 いや、宇海はルックス完全に女性だからいいんだが、俺はダメだろ、どう見ても。


 レンタルショップに行くだけだからジーパンとシャツだけだそ。全然オシャレしていない。


 後、こういう店ってなんか作法があったりするんじゃないの? コーヒーしか頼まない奴は処刑、みたいなそんな感じのやつ。ない?


 ちらほらとカップルもいるが、男でこんなにダサいのは俺だけだ。どうしよう、マジで帰りたい。心なしか、後ろに並んだ女性から、コイツマジか、みたいな視線を感じる。


 回転率が早いのか、たまたま早くに並べたのか、すぐに名前を呼ばれた。


 席に案内されると、音速で店員さんが来る。


 ゴツい感じの人を期待していたが、来た店員さんはイマドキ感強めの若い女の子。高校生のバイトかな。


 貰ったお冷を口に流し込みながらそんなことを考える。


「ご注文はお決まりでしょうか〜?」

「このカップル限定パンケーキをお願いします!」


 水を吹き出しそうになったが、ギリギリで堪える。


「陸は?」

「あ〜、コーヒーでいいかな」

「以上で!」

「かしこまりましたカップル限定パンケーキとコーヒーですね! それでは少々お待ちください!」


 店員を見送って宇海をジト目で見る。


「お前なぁ、いくら女の子っぽいって言ってもなぁ……」

「いいじゃん。コレ、すっごい美味しいらしいんだよ」

「バレたら終わるだろ」

「大丈夫。僕、今日女の子のメイクしてきてるから」


 なんでメイクの方法知ってるんだ、とかそもそもメイク道具持ってるなんてすげぇな、とか色々思ったが、取り敢えず今日コイツがどうにかしてここに来ようとしていたのは分かった。


 ハメられたな。


 ……はぁ、まぁいいか。宇海、楽しそうだし。


 俺はウキウキしている宇海を眺めながら水を飲んだ。



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