第13話 隣の部屋


「……よく寝た」


 ベッドから起き上がり、ポツリと声を漏らす。


 ここ1週間くらい、誰にも邪魔されずに睡眠を取ることができている。


 上半身だけを起こしてカーテンを引き、眩しい朝日に目を細める。


 よろよろとベッドから降りて、いつものように冷蔵庫からりんごジュースを取り出し、飲んでいると、ピンポーンとインターホンが鳴った。


 りんごジュースの缶を片手に、ノロノロと玄関に向かい、ドアを開ける。


「もーっ、夜更かししたんでしょ! 朝は早くに起きないとダメだよ?」


 そこには、お鍋を抱えた宇海がいた。


♢


「同棲解消…………だと!?」

「えぇ、そうです。私だって陸くんと同棲したいのに、羽虫だけというのはずるっこです!」

「ずるくないもん!」


 反論する凛だが、ズル以外の何でもないと思う。というかお前ら、微妙に幼児退行しているのは気のせい?


「すみません、そもそもなんでこんな状況になっているんですか?」


 遠慮がちにメイドさんが聞いてくる。


「凛が金にモノを言わせて俺のアパートを解約させた」

「うわぁ……」

「こうして聞いてみると恐ろしいほど下劣ですね……」

「ち、違う! ボクはただ、陸の両親にお寿司をお裾分けしただけだ!」

「…………聞こうかすごい迷ってたんだけど、アレ1貫いくら?」


 恐る恐る聞いてみると、凛は軽く首を捻る。


「さぁ? 数万じゃないか?」


 万いくのかよ。


 数千円だと思ってたわ。いやそれでもめちゃくちゃ高いんだけど。


 凛以外の全員が引いていると、その空気を察したのか、凛が咳払いをした。


「だが、陸の住んでいたアパートは解約済みだぞ?あまり詳しくないが、解約した直後に再契約、というのはできないんじゃないか?」


 解約させた本人がいうセリフではないような気もするが、言われてみればそんな気もする。


「私の部屋に住んでいただいても構いませんよ?」

「それだとこの生活をやめる意味がないじゃん」

「うぅ……」


 あわよくばを狙っていたであろう玲香がしょんぼりと俯くのを横目に、俺は貧弱な頭を働かせて考え込む。


 全く新しい部屋を借りると言ってもなぁ…………親が渋りそうな気がする。「あんた、凛ちゃんと一緒に暮らしてたんじゃないの?」って。そろそろ何かバイトを始めるべきだろうか……この年になるとバイトしてない方が少数派なんだよなぁ。


「わ、私、弟がいるんですけど……」


 スッと右手を上げ、俺から若干目を逸らしながら話し始めるメイドさん。


「やっぱりですか。宇海って名前だったりしません?」

「そ、そうです。陸さんってやっぱり弟のご友人ですよね。よく弟から名前を聞きます」


 何故かダラダラと冷や汗を垂らしながら、肯定するメイドさん。


「そうです。唯一気のおける親友ですね」

「しんゆう……えへへ」


 メイドさんの態度に少し疑問を覚えるが、宇海の姉だったことが発覚して納得する。アイツ、姉がいるなら言えばいいのに。そん話を聞いたことがないから一人っ子なのかと思っていた。


「弟がつい最近一人暮らしを始めまして…………昔っから手のかかる弟だったので、ちゃんとできているか心配と言いますか。それでもしよかったら陸さんに傍にいていただきたいな、って。経験者がそばにいると安心ですし」

「あぁ、なるほど。それならウチの親も納得するかもですね。アイツは計画性とかあまりないタイプですからね。……全く、俺がいないとダメなやつだからな!」


 俺がそう言うと、メイドさんのこめかみにピシッと線が入った。


「いつもレポート手伝ってあげてるのは誰だと思ってるんだろ……」

「何かおっしゃいました?」

「いえ、何も」


 そうか、気のせいか。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 話がまとまりかけていると、玲香がストップをかけてきた。


「それはやはりずるっこではないでしょうか?」

「なんで? 宇海だぞ? 見た目は女子だけど男じゃん」

「その……なんと言いますか……」


 言いにくそうに濁す玲香。


「うむ、よくないと思うな。その宇海という奴のそばに引っ越すのは」

「お前もかよ」


 なんだろう。嫌らしいが、理由が見えてこない。


「言いにくい理由でもあんの?」


 コクコクと頷く2人。


 う〜ん、でもなぁ。


 俺は結構ワクワクしてんだよなぁ。


 字海の近くに引っ越せばいつでも宅飲みできるし。


「陸くんがどう思っているかで決めていいんじゃないかな?」


 宇海のお姉さんであるメイドさんがそう言う。


「あ〜……じゃあ、宇海の近くに引っ越します」


 2人はがっくりと項垂れた。


♢


「ガス台借りるね〜」


 お鍋をガス台の上に置き、宇海は手を洗いに洗面所に向かった。


 ガス台に置かれたお鍋を俺は火にかけ、温め直す。


 中何入ってるんだろ。


 蓋を開けたら、豚汁のいい匂いが香ってきた。


「豚汁か」

「そうだよ〜。陸はほっといたら野菜食べないで過ごすからね。僕がちゃんと見てないと」


 洗面所から顔だけを出し、宇海がそう答える。


 隣に住み始めて思ったことだが、コイツ俺を子供かなんかかと勘違いしてないか?


「陸はご飯とかよそって〜」

「あいよ」


 海の言う通りに行動し、食卓にご飯を並べて2人でいただきますをする。


 豚汁を一口飲んで、コイツの隣に引っ越してきてよかったと、心から思った。



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