第10話 メイドさん

 軽自動車を走らせ十数分。


 ビルが立ち並ぶ高級住宅街に到着した私は、車から降りて一度伸びをする。対して運転していないけれど、気持ちをリセットするためと、これからやるぞ、と気合を入れるため。


 こんな高級そうなマンションに住んでるのだから、ハウスキーバーさんとか雇ったらいいと思ったんだけどな。メイドさんが好きならその条件で雇えばいいのに。まぁ色々あるか。


 エントランスでインターホンを鳴らすと、数秒空いてから「どうぞ」という声が聞こえた。


 女性の声だ。ややハスキーでかっこいい。頼んだ人は女の人なんだろうか。


 エレベーターに乗り、一番上の階へ。重力を感じさせないほど滑らかな動きで上昇していくエレベーターに思わず感嘆の息が漏れる。私が住んでいるアパートにもエレベーターはついているのだが、いかんせん古いせいか、ガタガタ揺れながら動く。普通の時なら問題ないが、風邪を引いている時とかは辛いのでここのエレベーターが羨ましい。


 最上階に到着すると、数歩歩いた先にドアがあった。インターホンをもう一度鳴らす。


 すると、ドアの向こうでバタバタと音がした。子供だろうか?



 そのままバタバタとした足音が近づいてきて、ドアがバンっと急に開けられた。


「ちょ、陸! ボクが出るっ! おわっ!?」

「よく来てくれまし……うぉ、すげぇ。マジでメイドさんだ!」


 するとそこには、何かに躓いて転んだのか、蹲る凛さんと、なぜか目を輝かせている陸がいた。


 …………うん、夢かな?


「ん……君は…………」


 夢じゃない!?


 転んでいた凛さんが起き上がりながら私の方を見てくる。男装している時とは化粧の雰囲気を変えているけど、女の子相手ならバレちゃうかもしれないので、バッと顔を背ける。陸にバレたらどうしよう。陸はどう思うかな。やっぱり、ずっと隠していたことに怒っちゃうかな。……頑張って隠し通さなきゃ!


♢


「ほら、陸。君のせいだぞ」

「ちげぇよ。凛が転んだからだろ」


 家事代行とし来てくれたメイドさんは、何故か俺たちの顔を見るとフラフラっとよろめいてしまった。


 それで、今はソファに横にさせて休ませているのだが俺か凛のどちらかが何かストレスをかけたのだろう、ということでお互い言い合いになっている。


 しかしメイドさんっていうのはすげぇな。

 こんなに可愛い子が掃除をしてくれるのか。


 メイドさんは横になっているが、寝てはいないし、話しかければ返事をしてくれはする。しかし、どこか様子がおかしいのだ。具体的に言えば、ちっとも俺と目を合わせようとしない。


 そんなに俺の顔が醜いんだろうか。恥ずかしがってるのかもしれない。……頼む、後者であってくれ。


「お2人は恋人同士なんですか?」


 俺が神に祈っていると、いつの間にかメイドさんがソファの背もたれから顔の上半分だけを出して俺と凛を見ながらそう言った。


「うん、その通りだ」「いえ、付き合ってませんけど」


 同時に全く異なる回答をする凛と俺。


「何しれっと嘘ついてるんだよ」

「…………チッ」


 舌打ちする凛と俺を交互に見ながら不思議そうに首を傾げるメイドさん。


「それでは何故同居されているのですか? あ、シェアハウス的なアレでしょうか?」

「いやまぁ色々理由はあるんですけど…………俺、今家がないんですよね」

「ないの!? あ、いえ、ないんですか!?」


 すっごい宇海みたいな反応したな。声とかもそっくりだった。いやまぁ性別が違うんだけど。


「まぁ色々ありまして」

「ふむ……ヘルパーさん……そんなに色々質問して何か気になることでもあるのかい?」


 何故か凛がニヤニヤしながらメイドさんを見ているが、おかしなところでもあったのだろうか。


「す、すみません。少し緊張していたようで……それではお掃除の方を始めさせて……ってあれ? 綺麗ですね」


 何かを誤魔化すようにソファから立ち上がり意気込みながら言った彼女だったが、リビングを見渡し、首を傾げながらそう言うメイドさん。


 リビングにはそんなに物が散らかっていない。さっき玲香が来たから、凛が慌てて部屋に物を押し込んだんだよな。つまり、部屋が大惨事。


 そういうわけで、家事代行のサービスを頼んだのだ。


「ボクは大丈夫なんだが……陸がね。彼は片付けが苦手だから」

「人のせいにすんなよ。どっこいどっこいじゃねぇか」



 俺と凛は割と相性がいい。凛は料理ができないが俺はできるし、俺は運動神経が悪いが、凛は運動神経がめちゃめちゃいい。お互いがお互いを支え合えるのだ。


 しかし、こと掃除だけは、俺も凛もできない方なのだ。まず片づけるまでがめんどくさい。


 だから部屋が汚れていく。隣でそっぽを向いている凛をジト目で見ながら、俺はメイドさんに頭を下げる。


「すみません……お願いします」

「ひ…………ひどい」


 容赦なく感想を口にするメイドさん。


「うん…………うん、よし。分かりました。それではリビングの方でお待ちください! よし、やるぞ〜!」


 少しテンションが上がってきたのか、鼻唄混じりで掃除を始めるメイドさん。なんかもう宇海にしか見えねぇな。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る