第9話 ヒロインズ

陸くんがコンビニに買い物に行った後、私は羽虫と2人でリビングにいた。


「…………これは?」

「フッ………それは陸が今朝、ボクのために作ってくれたうどんだね」

「なるほど………………Japanese Noodleですか」

「なんでうどんって言わないんだ?」

「気にしないでください。『あ~、うどんって言っても分からないかもなぁ。寿司とかにしとけばよかったなぁ。アタイのバカバカ!』と、海外の読者様に配慮した結果です」


 不思議そうに首をかしげる羽虫のと、私の目の前にそれぞれ置かれているうどん。つまり、私の目の前に置かれている方が陸くんの食べかけ。………フヘッ。


 それを迷いなくチュルチュルと啜ると、羽虫が「あっ」と悔しそうな声を上げた。ふっふっふ。陸君との間接キスは私が頂いたぜ。


 舌にのせただけで千切れてしまうほどのびた麵を啜りながら、私は頬杖をついて座っている羽虫をにらみつける。


 悔しいことに……本当に悔しいことに、この羽虫………………めちゃめちゃかっこかわいい!


 頬杖ついてる姿とかカッコよすぎですよ! それなのにふとした瞬間に可愛いところを見せるとか反則ですよ! こんなの、誰でも惚れちゃうじゃないですか!


 おかしいですって!


 うぅ…………陸くんのバカぁ……。この人相手とか勝ち目ほぼないじゃないですかぁ。


 しかもさっき洗面台見たとき、化粧品にもそこまで拘っていなかったようですし。………………私、あの倍は使っているんですが。


 これはきっとアレですね。


 1日3食カップ麺を食べていても難なくスタイルを維持しているタイプですね。いや、そこまで終わっている食生活はしていないでしょうけど。


 陸くんはこういう子がタイプなんでしょうか。

 

 うぅ、自信を無くしてしまいます。



 目の前でちゅるちゅるとうどんを啜っている産業廃棄物。


 長いまつげ、よく手入れされた艶やかな髪、それにふわっと香ってくる優しいにおい。


 ………………くっ、なんて可愛い女の子なんだ!


 ボクが男なら、付き合いたいランキング第二位、清楚系同級生! ちなみに一位は陸。バラの花を咲かせてやるつもりだ。


 ボクが子供のころ憧れていたようなお姫様タイプの女の子。その理想をはるかに上回ったものが目の前に存在している。

 

 なんでこんなに可愛い女の子が陸の元カノなんだっ!


 こんなの、ボクが見劣りするに決まっているじゃないか!


 はぁ………………ボクみたいにガサツな女はなぁ………………どう頑張っても可愛い女の子には勝てないからなぁ。


 所作の一つ一つが気品に満ち溢れている。………………ボク、これでもいいとこの社長令嬢だからそこそこは社交界のマナーだったりなんだったりを身につけているはずなのだが、彼女の足元にも及ばない。ちょっとやそっとじゃ埋められない差がある。


「ふぅ………………ご馳走様でした。陸くんは料理も上手なんですね」

「そうだろう。ボクの陸はすごいからね」

「いえ、陸くんは私のです」


 ムムムっとお互いに顔を寄せてにらみ合い、同時に目をそらす。


 なんてキレイな顔なんだっ!


「まぁそれはこの際置いておいて………………話し合っておかなければならないことがあります」

「話し合っておかなければならないこと?」

「えぇ………………私のライバルはどうやら、あなただけではないみたいなので」

「あぁ、そのことか。幼稚園の時に告白された女の子だろう?」

「えぇ、警戒しておく必要があります」

「そうか? 告白されたとはいっても、付き合いはしなかったのだろう? 陸も言っていたぞ。『その子の名前も思い出せない』って」

「そうやって油断して痛い目を見てもいいなら、私は何も言いませんが………………少し引っかかるんですよね」

「引っかかる?」

「まだ確証を得ていないので発言はしませんが………………もう少し調べてからまたご報告しようかと」


 そう言って産業廃棄物は立ち上がり、ボクに視線を合わせてきた。


「ボクに教える必要はなくないか?」

「いえ。正々堂々陸くんを頂きます。ぐぅの音も出ないほど、完勝しますから………………負けた時の言葉でも考えておいてくださいね?」


 そうやって、妖艶に笑った。



「笹木ちゃん! 次のお仕事お願いしていい?」

「はいっ! ちょうど今終わったので大丈夫ですよ!」


 テーブルの上のお皿やグラスを片付けながらはそう厨房に声をかける。


 ここはメイド喫茶。


 最近は時代の流れに合わせてデリバリーやら家事代行やら様々な事業を開拓していて大忙しだ。その分時給も上がったからは特に不満を感じていないが。


「ありがとう! いや~、次の仕事なんだけどね? 家事代行をやってほしくてさ~。柊さんって人。住所は送るから見てね」

「了解です!」


 柊か。


 が幼稚園の頃好きだった人と同じ苗字だな。


 そう思いながら住所を見て思わず苦笑する。


 陸がこんな高級住宅街に住んでたら面白いよね。絶対似合わないでしょ。


 荷物を一式まとめて、スタッフ用の入り口に向かう。


 靴を履いてくるりと店の方に振りかえる。行く前はこうして挨拶していくのがうちのルール。


「それでは、笹木宇海、お仕事行ってきます!」




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