第8話 修羅場 ①

「陸くん! ようやく会えました!」


 玄関を開けると、玲香がひしっとしがみついてきた。あまりの勢いに俺は玄関で倒れる。


「ぐぇっ」

「はぁ、陸くんの匂い! 1週間ぶりです!」

「玄関先でそんなことを大声で言うんじゃありません!」

「陸くん、変なことはされてませんか!? 私が来たからにはもう安心してください!」


 安心できる要素が1つもないんだよなぁ。


 ぎゅ〜っと抱きしめられながらそんなことを考える。


「大丈夫…………大丈夫だから取り敢えずどいて…………」

「…………そうですね。久しぶりに会えて興奮してしまいました」


 玄関先に座って、玲香と向き合う。


「玲香はなんでここが分かったの?」

「愛の力です!」

「真面目に」

「うぅ…………防犯カメラの映像を…………少し拝借しまして」

「何普通にヤバいことしちゃってんの!?」

「陸くんが悪いんですよ!」

「俺?」

「せっかく偶然、たまたま陸くんの隣の部屋に引っ越したのに陸くんが解約したから!」

「絶対偶然じゃねぇだろ!」

「何回も部屋の前でピンポンを押してたのに『そこ空家ですよ』って変な顔されながら言われた私のことを考えてください!」

「うん…………ドンマイ」

「それでも、こうして会えてよかったです!」


 俺に抱きついてスリスリしながらそう言う玲香。


 取り敢えず不審者じゃなくて…………いや、不審者なんだが、悪い奴じゃなくてよかった。


 俺がホッと胸を撫で下ろしていると、後ろからいきなり声がかかった。


「陸…………大丈夫かい?」


 玲香のスリスリがピタリと止む。


「変な奴じゃなかったから問題ない」


 俺が振り返りながらそう言うと、包丁を持った凛が肩を震わせていた。


「ちょ、絵面ヤバいって! 下せ、包丁下せ!」

「あぁ、陸。ソイツだね。産業廃棄物は」

「産業廃棄物!?」

「フフッ、陸くん、この野蛮な部族を紹介して頂いても? 私、戦闘民族は詳しくないもので」


 玲香もすっごい綺麗な笑顔で何言ってんの!?


「…………ええと、こっちの包丁持ってる方が高校の時に付き合っていた凛です。んで、こっちのカッター持ってるほ…………いつの間にカッター取り出した!? カッター持ってる方が中学の時付き合っていた玲香になります。…………取り敢えず2人とも、武器下ろそうぜ?」


 間に入りながらそう言うと、お互い見たこともないような笑顔を浮かべながら、ゆっくりと互いに近づいていく。右のカッター、左の包丁。真ん中にいる俺が一番怖い。


「ふふふ、ようやく会うことができました。あなたですか、陸くんをたぶらかした羽虫は」

「羽虫!?」

「おや、産業廃棄物。目の下の隈と肌荒れがひどいぞ? いい睡眠が取れていないんじゃないか?」

「えぇ、どこかの羽虫が陸くんを連れ去ってしまったので。陸くん成分が足りていないんですよ。そういうあなたこそ女の子らしさが欠如していますよ? 探しに行ってきては? 私は陸くんと待ってますので」

「あ゛?」

「ふふっ」


 初対面でこんな仲悪いことってあるだろうか。どこからどう見ても俺のせいなんだよなぁ。


 2人から刃物を奪い取りながらごめんね、と心で謝る。


 手を出し始めたら止めようと思いながら見ていると、凛がフッと鼻で笑った。


「…………何か?」

「いや、無知な産業廃棄物を見ていると笑いが込み上げてきてね。女の子らしさが欠如している? 寝言は寝て言ったらどうだい?」

「……寝ているのはあなたの頭だけでは?」

「クククッ、何を言うかと思えば」


 心底愉快そうに笑う凛。


 端から見ると完全に悪役だがいいのだろうか? 後で急に恥ずかしくなったりしない?


「いいか? よく聞け。ポクは…………非処女だ!」


 そう、胸を張りながら大声で言い放つ凛。


 俺は反射で凛の頭をスパァンと叩こうとして、手に包丁とカッターを持っていたことを思い出す。あっぶな。


 俺はいそいそとリビングの方に行って台所の上に2つを置くと、戻ってスパァンと軽く凛の頭を叩いた。


「いたっ! 何するんだい、陸!」

「もうちょっと抑えろよ。朝っぱらから声デカすぎ」

「うぅ………………分かったから今のもう一回やってくれないか?」

「謎の耐性見せんな」


 若干顔を赤らめた凛に軽く引きつつ、玲香を見ると、玲香は雷にでも打たれたかのようにショックを全身で表していた。


「ま、まま……ままさか」


 そう言いながらギギっと錆びついた機械のような動きで俺を見てくる玲香。


 居た堪れない気持ちになり、ふいっと玲香から顔を逸らす。


「そんなばかなあああああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ私の陸くんがぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」

「フハハハハハ! あ〜愉快愉快! はて、女の子らしさが欠如しているのはどっちかな? 産業廃棄物くん…………いや、バージンガールと言ったほうがいいか!」


 ここぞとばかりに煽りまくる凛。妙に肌がツヤツヤしていくのは気のせいだろうか。


「ふ、ふふふ、わ、私は……産業廃棄物」

「その……なんだ。元気出せ。な?」


 ヘナヘナと倒れ込む玲香に声をかけても、グスグスと啜り泣くばかり。


「うぅ…………私みたいな産業廃棄物は北海道の田舎で『なまら美味いべ〜、なまら美味いべ〜』って言いながらやき弁を啜っていればいいんです……」

「偏見強ない?」


 そういえば玲香って北海道出身だったっけ。


 あんまりそんなイメージないんだけどな。


「陸くん…………ここ、30階ですよね?」

「だな」

「心中にはちょうどいい高さです……」

「俺はやらないしやらせねぇよ!?」

「うぅ……じゃあ、代わりにさっきそこの羽虫にやっていたSMプレイを」

「やらねぇよ!?」



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