第7話 朝ご飯

 凛に監禁というより軟禁されてから1週間がたった。


 朝起きて、いつの間にか横ですぅすぅと可愛らしい寝息をたてながら、俺にしがみついている凛を起こさないように剥がし、ペッドを降りる。


 凛に監禁された日はベッドが一つしかなくて、しかもそれがデカいキングサイズのベッドだったから一緒に寝るのは仕方なかったが、新しいベッドを購入したのになんで毎日忍び込んでくるのか。 部屋を出て、リビングのカーテンを開けて朝日を浴びながら伸びをする。


 そしてそのままキッチンに向かい、冷蔵庫から缶のりんごジュースを取り出す。


 プシュッとプルタブを開けて、一気に喉に流し込む。これがあるから人生頑張れるんだよなぁ。


 最初の3日間はどうにか抜け出そうと必死に脱獄を試みた。しかし、さずがは高校時代にバスケで全国最優秀選手賞を取った凛。俺の脱走を悉く阻止してきた。


 そして、4日目の朝、りんごジュースを飲みながらこう思ったのだ。


 なんで脱走しようと思っていたの? と。


 朝起きて自分の食べたいご飯を食べ、好きな時に授業を受ける。一日中クーラーの効いた部屋でゴロゴロしてふかふかの布団で眠る。


 何も悪いことなくね? と。むしろ最高じゃね? と。


 そういうわけで俺は今…………脱走を諦めた。


 5分ほど時間をかけてりんごジュースを飲んでから、朝ごはんの準備を始める。


 監禁2日目に、凛が「料理は全てボクに任せてくれ」と言っていたので1日任せてみたが、3食カップ麺だったので、自動的にキッチンは俺が取り仕切ることになった。確かにカップ麺作るようになったのはすごいが、もうちょっとレパートリーを増やして欲しいところだ。冷凍チャーハンとか、レトルトカレーとか。


 っつーかその食生活であの美貌とスタイルを維持しているのはおかしいと思う。


 ちなみに俺はこれでも一人暮らしを続けているから、結構料理はできる方だ。玲香とは天と地ほどの差があるが。


 テレビを小音量でつけながら、戸棚から取り出した乾燥昆布でダシを取る。我が家じゃないこの家のキッチンを使いこなしていることから目を背けつつ今日の天気やらニュースを確認していると、寝室から凛が起きてきた。


「んぅ…………おは…………よう、りく」


 起きてない。半分寝ている。


「はよ。顔洗ってこい」

「…………ん」


 フラフラ〜っと彷徨いながら玄関の方に向かう凛。


「洗面所はそっちじゃないぞ〜」

「…………あ、そっか」


 凛を見送ってから2つ目の電子コンロに火をつけ、沸騰を待ってから乾麺を箸でグルグルかき混ぜていると、凛がリビングに戻って


「おはよう、陸」


 あ、完全に目が覚めたな。


「はよー。布団に潜りこんでくんな、って何回も言ってるだろ」

「おかしいね。ボクは普通に寝ていただけなのに」

「だとしたら寝相悪すぎんぞ」


 カウンターからこちらに身を乗り出してくる凛。


「今日の朝ごはんはなんだい?」

「うどん」

「うどんか! いいね! …………たまねぎは抜いてくれよ?」

「そしたら野菜なくなるだろうが」

「たまねぎだけは…………たまねぎだけは駄目なんだっ!」

「にんじんとピーマンもダメだろ」


 くっ、 と歯を食い縛る凍にため息をつく。


 コイツ、意外と子供っぽいんだよなぁ。この様子をファンクラブの人たちに見せてみたい。


 より一層人気が出るか。


「あーんして食べさせてやるから」

「それなら…………いやしかし、たまねぎは本当にだめなんだ!」


 葛藤しながらウロウロする凛を見て軽く驚く。これで駄目なことあるのか。たまねぎがよっぽど苦手なんだろうな。


 しょうがねぇなぁ。


 仕方ないのでたまねぎを抜いてやる。


 ハンバーグとかに混ぜ込めば食べるだろうか? 今度やってみよう。


「できたぞ」

「いい匂いだ!」


 声音を弾ませながら席につく凛。


 そっとどんぶりの中を覗き込み、たまねぎが入ってないことが分かるとパァッと明るい表情を浮かべる。本当に子供だな。こういうギャップが可愛いんだけどな。


 2人でいただきますをして、同時にすすり始める。


「美味しいよ! うちのお抱えシェフより美味しい!」

「味覚バグってんぞ。病院行ってこい」


 涼しい室内で温かい食べ物を啜る贅沢を味わっていると、突如インターホンが鳴った。


 2人して食べる手を止める。


「陸、誰か通したかい?」

「いんや」


 うちの…………いや、うちじゃないが、この家のインターホンの仕組みはよくあるオートロックのマンションと同じだ。玄関で番号を押すと、インターホンが鳴る。家の中の人がロックを解除したら、マンション内に入ることができる。そして、ここまで上がってきてもう一度インターホンが鳴る。


 つまり、モニターにこの階の廊下が映っているならば、インターホンは2度鳴っ

いけない。


 今、モニターに映っているのはこの階の廊下。人の姿はない。


 それなのに、インターホンが鳴ったのは1度。誰かが開けたのに合わせて入って

う。


「無視だな」

「そうだね」


 なんにしろ、凛に連絡なしで来ている時点で怪しい。


 宅配便も全部管理人さんが受け取ってくれるシステムだしな。


 だから居留守を決め込もうと思ったのだが…………


 ドンドン…………ドンドンドン…………ドン!


 思いっきりドアを叩いてくる。


 いるのがバしてんのか?


 凛がピクリと身体を震わせる。


 そのまましばらくじっとしていたが、一向に音が止む気配がない。


「…………行ってくる」

「あっ、危ないぞ! ボクが行く」

「大丈夫だって。トータルで100人以上にボコボコにされても生き残ってきてるんだぞ」

「それとこれとは話が」

「問題ない。凛は包丁持って隠れてろ」


 迷うように視線を彷徨わせたが、涙目のままコクッと頷く凛。


 凛が隠れるのを見届けてからそっと玄関に向かう。動きやすいようにスリッパを脱いで裸足になる。


 相手が悪者で刃物を持っていた時のシュミレーションを頭の中で済ませ、意を決してドアを開けると…………


「陸くん! 助けにきました! 大丈夫ですか!?」


 ドアの向こうからそう、玲香が飛びついてきた。


 色々言いたいことはあるんだが…………紛らわしいんだよ!



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