第5話 誘惑
どうも、みんなのアイドル、陸です。
突然ですが、僕は昔、果汁100%以外を下に見て、生こいてる時代がありました。
ですが、ふと気がつきます。
それがリンゴジュースである限り、貴賤はないのではと。
はい、現実逃避終わり。
そろそろ現実を直視しますね。
タワーマンションの最上階全てを使った3LDKの家。俺のワンルームトイレユニットバス付きの家とはえらい違いだ。
そんな東京の街並みが一望できるような巨大な窓ガラスが貼られた家のリビングで俺は今…………監禁されています。
「…………寝るか」
♢
宇海がトイレから戻ってきてから、3人で飲んだり食べたりしていたが、宇海が終電が近いとすぐに先に帰ってしまった。あいつ、家クッソ遠いところにあるらしいからなぁ。通学にかかる時間を聞いたが、俺が帰省に費やす時間とほぼ同じだった。大変な生活してるよなぁ。そんなに時間を使ってまでうちの大学に来たかったんだろうか。そこまでいい大学ではない気がするが。まぁ人それぞれだわな。
「さっき、お酒を飲んでいただろう? 帰りは送っていくよ」
そんなこんなで凛と2人で飲んでいたら、そう言われてしまった。
「いや、飲んでねぇよ。一杯も飲んでないから大丈夫」
「少しでも長く一緒にいたいだけじゃないか…………」
そう、目を伏せながら言ってくる凛。
なんなのコイツらは? 一体どこからこういう男をキュンとさせる仕草を身につけるの?
「ったく、わかった。俺が送っていくよ」
「…………嬉しい」
「そういうのやめろ。揺らぐ」
「ふふっ。じゃあこれからはもっとやっていこう」
ご機嫌な凛と一緒に店を出て、歩いていく。
大学に入った後の話や、高校の時の思い出話、将来の話などをしながら2人で
と、俺たちはいつの間にかタワーマンションが立ち並ぶいかにも高級そうな場所を歩いていた。
そういや忘れていたが、凛って社長令嬢なんだよな。しかも誰でも知っている有名企業の。
「一人暮らししてんの?」
「あぁ、今日からは二人暮らしになるかな」
「? あぁ、お手伝いさん来んのか。まぁ、凛って料理アレだもんな」
「む…………ボクだって特訓したんだよカップ麺くらいなら美味しく作れる!」
「マジか!? 成長したんだな…………」
「あぁ、あの特訓の日々は辛かったけどもね」
凛が台所で何か料理を完成させられる日が来るなんてなぁ。高校の時からは考えられないような進歩だ。きっと、血の滲む特訓をしたんだろう。
俺がホロリと感動の涙をこぼしていると凛が辺りのタワーマンションの中でも一際高いマンションの前で立ち止まった。
「…………ここに住んでんのか?」
「あぁ。折角だ。少し寄っていかないか?」
「いや、悪いしいいよ。んじゃあな、また」
そう言って帰ろうとしたが、袖をギュッと掴まれる。
「お礼だ。少し上がって水くらい飲んでいけ。酔いが覚めるぞ」
「ん〜…………じゃあお言葉に甘えて」
凛がカードでオートロックの自動ドアを開け、一緒にエレベーターホールまで歩いていく。というかここ廊下なのになんでエアコン効いてんだよ。
エレベーターに乗って凛が最上階のボタンを迷わず押すと、エレベーターは滑るように動き出した。
「すげぇなここ。家賃いくらなの?」
「ないね。買ったから」
「ほえ〜…………」
さすがは社長令嬢。
金の使い方がセレブすぎる。
「普段はあまりこういうことをしないんだけど、事情を説明するとパパが買ってくれたんだ」
「凛って父親のことパパって言うんだな」
「忘れてくれ」
咄嗟に出た言葉だったのだろう、顔を真っ赤にさせてそう言う凛。
「いいじゃん。可愛いぞ」
「陸のいじわる…………」
プイッと横を向いて拗ねる凛を見て笑っていると、エレベーターが止まってドアが開いた。
エレベーターの目の前にドアがある。
「ここだ」
「ひっろ…………他の部屋ってないの?」
「あぁ、ワンフロア丸々ボクたちの家だ」
ボクたち?
あぁ、お手伝いさんと住んでるんだっけか。
「すげぇな」
「陸も住んでみたいかい?」
「一度は憧れるよな〜。無縁の世界だけど」
「そうか」
よくわからん機械にカードをスライドさせて鍵を開ける凛。
後に続いて家に入る。
「陸はそのスリッパを使ってくれ」
「あーい」
何故かジャストフィットするスリッパを履いてリビングに向かう。
「ひっろ」
そこは、俺のワンルームとは比べ物にならないほど広い部屋だった。だが、リビングにはソファしかなく、家具も何もない。生活感が感じられないアンバランスな雰囲気。
「ミニマリストなの?」
「いや、今日引っ越したばかりなんだ」
「なんで飲み屋来てるんだよ。荷解きとかしろよ」
「返す言葉もない。そこのソファに座っててくれるかい」
「あーい」
別の部屋に入っていく凛を見送りながらソファに座る。
ふっかふかやんけ。
経験したことのない感触に何度も立って座ってを繰り返していると、部屋から凛が出てきた。
それ自体は別に普通のことだ。
ただ、スケスケのネグリジェを着ているとなれば話は変わってくる。
すごい薄いせいで色々と透けてるネグリジェに身を包んで照れた様子でこっちを見てくる凛。
「…………え…………は?」
そんな言葉しか出てこないでいると、凛がこっちに近づいてきた。
後ずさろうと思うも、ソファに座っているせいで後ろに行けない。
「り、凛?」
呼びかけても無言のまま凛はソファに倒れ込んでくる。
そしてそのまま、自分が下になるように俺との位置を入れ替えてこれじゃあ俺が襲ってるみたいな体勢になってるんだけど。
困惑した様子の俺を置いて、そのまま手を使って自分の顔に俺の頭を近づけると
「つ〜かまえた♡」
俺は嵌められた。
「ねぇ、聞いてもらいたいことがあるんだけど、いいかい」
俺に顔を見られないようにするためか、ギュッと抱きついて離さないままそう言ってくる凛。
「いや、その前にこれ離し」
「やだ」
より一層強く抱きついてくる凛。
「高校の時もあったよね」
「あ、あったな」
あの時は俺の家だったか。
高校の時から1人暮らしをしていた俺の家で、俺が何かに躓いてこの体勢になったんだよな。大雨の日で、凛が「今日は泊まっていきたい」みたいなことを言って。それでお互い緊張しながら過ごしていたんだけど偶然こういう体勢になって。あの時は手を出していいのか本当に悩んだよな、あの数秒で。凛が目を瞑ってキスをねだってくれなかったらもっと悩んでいただろう。
それで、俺たちは一線を越えた。
「こう言っちゃなんだけど、あの時、ボクは初めて女の子だ、って心の底から思えたんだ」
前も言っていたな。
女子から告白されるから、自分がちゃんと女の子なのか分からないのが怖い、って。
「陸に触られる度に、自分の知らない自分が勝手に出てきて本当に安心した。ポクはちゃんと女の子だった」
しみじみとそう言う凛。
「だからさ、もう一度ボクをメチャクチャにしてくれないか?」
薄着の女の子に全身で抱きつかれながらそんなことを言われたら、男ならみんな理性を失うだろう。かくいう俺もそうだ。しかも、相手は自分の好きな女の子。
「ごめん」
でも、俺は断った。
次おんなじ状況に遭遇してもちゃんと断れるかはわからない。多分断れない気がする。それでも、俺は断った。凛の体が震えているのが分かる。
「昔さ、中学の時に付き合っていた子がいた、って話したろ?」
「そうだね」
「その子に昨日あったんだよ。それで、その子も凛と同じようにまだ俺のことを好きでいてくれていてさ」
「…………陸はその子の方が好きなのか?」
「俺はその子も、凛も、同じくらい好きでさ。そんなどっちつかずのまま凛の求めに応じたら、どっちにも失礼になると思うんだ」
「そうか…………すまない、陸のことを考えていなかった」
「俺の方こそごめん」
「ずっと不安だったんだ…………陸が私のことを嫌いになっていないか。だから、陸に襲ってもらって、嫌われてないって思い込もうとした」
「嫌いになんてなるわけないだろ」
「…………よかった」
俺に抱きついたまま啜り泣く凛。
この体勢続けるの、結構辛いんだけど。
「凛」
「何?」
「さっきああ言った手前アレなんだけどさ」
「? あぁ」
「それ以上抱きつかれてたら、マジで襲いかねないのでどけてもらえないですか?」
とてもみっともないことを申し上げると、凛の啜り泣きがピタリと止まった。
「ぷっ…………ふふっ……男ってしょうもないね…………ふふっ」
「切実なんじゃ! …………あの、早めに抱きつくのやめてもらいたいんですが」
「ふふっ…………やだ」
「本当によくないってぇえええええええええええええええ!」
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