第4話 宣言

 ガヤガヤと騒がしい居酒屋の中、俺たちのテーブルは葬式でもしているかのように静まり返っていた。


 向かいに座る宇海が俺と俺の隣にピッタリと張りついて座る女を交互に見ている。


「…………暑いんだけど」

「何? それはいけない。空調を下げてきてもらおうか」

「離れてくれればそれでいいんですが…………」

「それは無理な相談だよ。なんたって、ボクは陸が心配だ。少しでも近くで見守っていないと」


 より一層近づいてくる女。もはやゼロ距離である。居酒屋のアルコールやら揚げ物の匂いがしていたのに、一気に石鹸のいい匂いがするようになった。というか半ば抱きつかれてない?


「あ、あの陸が困ってると思います! そういうの、よくないと思います!」


 何故かムッと頬を膨らませてそう抗議する宇海。なんか嫉妬しているようにしか見えないけど今はナイス。友人として助け舟を出してくれたのだろう。


「困ってる? そんなはずないだろう。なんたって陸とボクは…………恋人なのだから」


 そう誇らしげに胸を張る女。


「こっ、ここここ恋人!? ほんとなの陸!?」


 ものすごく動揺した様子でそう聞いてくる宇海。


「…………凛だよな」

「ふふっ、覚えていてくれたんだね。嬉しいよ」


 そう言いながらするりと抱きついてきて首元にキスをしてきた。


「あ〜、まぁ、高校の時の彼女。だいぶ変わったけど」


 そう、凛を引き剥がしながら宇海に紹介する。


「彼女さん!? なんで陸の彼女ってこんなに美人ばっかりなの!?」


 それは俺としても気になっていたところである。


「っつーかだいぶ変わったな。一瞬分かんなかったぞ」


 凛は高校の時、普通の女の子だった。バスケ部のエースで、ちょくちょく横顔がイケメンになっていたので男子よりも女子にモテていた感はあったが、それでも美人という印象が強かった。


 しかし、今はクッソイケメンになっている。かっこいい系女子というやつ。ウルフカットめっちゃ似合ってんじゃん。胸があるから分かるだろうが、顔だけならも

男だと思う人もいるかもしれない。


 口調も変わったし一人称も「私」から「ボク」に変わっている。こうして考えてみるとだいぶ変わったな。


「言っただろう? 迎えにきた、と。全て陸のためさ」

「陸、どういうこと?」

「すまん、俺にもよく分からん」

「思い出したくもない、高校を卒業したあの日、ボクたちは校舎裏、桜の木の下で、わ…………わか、…………わ!」

「別れたな」

「なんでそんなひどいことを言うんだい!」

「いやだってお前言いにくそうにしてたし」

「黒歴史なんだから言えなくて当然じゃないか!」


 黒歴史なのか。


「あの時、ボクは陸をフ…………フっ!」

「フったな」

「陸のいじわる! 言わないで!」


 少し昔の口調に戻ってポコスカ殴ってくる凛。本気で殴られたら相当痛いだろうが、今はセーブしてくれているのか軽くあばらが痛むだけで済んでいる。


「…………話を進めよう。その時、ボクが陸に言ったことを覚えているかい?」


 なんだっけ。


 軽く思い出してみる。


「『陸が嫌いでフるんじゃない。私は陸を守れるようにならなきゃいけない。それまで待ってて欲しいの』…………みたいな感じじゃなかった?」

「覚えていてくれて嬉しいよ。そう、それからボクは沢山努力してきたんだ。もう陸に怖い思いはさせないよ。だからもう一度ボクと付き合ってくれるかい?」


 そう、俺のビールを店員に回収させながら言う凛。あの、…………それまだ中に入ってるんですけど。


「お酒は体に悪い。陸はこっちにしなさい」


 そう言ってどこからかアソパソマソのリンゴジュースを取り出して俺に手渡ししてくる。何故かキンキンに冷えている。懐から出してたよね?


「…………まぁいいか」

「いいの!?」


 宇海が身を乗り出して叫んでくるので、俺はコクリと頷く。


 アソパソマソリンゴジュースは子供騙しのように見えて、実はかなり美味い。予想外の果汁100%だ。濃縮還元だが、普通に美味しい。惜しむらくは量が少ないことと、ストレート果汁ではないことか。ストレート果汁100%りんごジュースに勝てるものなんてこの世のどこを探しても存在しないからな。


 ストローが刺さった状態で渡してくれたので、そのままチューチューと吸っていく。


「やはりりんごジュースを摂取している時の陸は可愛いね」


 そういいながら俺の頭を撫でてくる凛。普段なら手を跳ね除けるところだが、果汁100%に免じて少しの間だけ撫でさせてやることにする。


 でも告白はなぁ。


 嬉しくないことはない。というか、クッソ嬉しい。こんないい子達が数年経った後でも俺のことを好きでいてくれているとか、そんなの夢のようだ。ただ、玲香も凛もそうだが、俺で釣り合うレベルの人間じゃない。俺じゃ彼女達に釣り合わないから、リンチなんていうことが起こったんだ。彼女たちには幸せになってもらいたい。俺じゃ幸せにはできない。


「告白だけどごめん、付き合えない」


 リンゴジュースを飲み切ってからそう答える。言ってから宇海のいる前で言わなきゃよかった、と後悔するが、前を見ると、宇海はいつの間にかテーブルから消えていた。俺の雰囲気を察して席を外してくれたか。さすがコミュカある人間だ。


「…………付き合えない?」

「うん…………ごめん」

「ボクのことが嫌いになったのかい?」

「いや、凛のことは好きなままだ。ただ、恋愛が少し怖くてな」

「ボクが一生守ろう」

「それじゃあダメなんだ」

「…………そうか。分かった。陸に無理強いをするのはボクの望むところではない」


 コクリと頷きながらそう言う凛。


「一生恋人を作らないわけではないんだろう?」

「それはわからないけど」

「ならいい。高校の時はボクからだったからね。逆も経験したい」


 そう言いがら俺の顎を持ち上げて微笑みかけてくる。いわゆる顎クイと言うやつだ。ヤダ、この子ったらいつの間にこんなイケメンな技を身につけたの?


「今度は、君から告白させてみせよう」


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