第2話 お持ち帰り


 ジトーっとした視線に身を竦ませる。


「実際のところ、どうなんですか? 陸くん」

「…………高校の時に1人」

「へぇ〜、そうですか。私はこんなにもあなたを好きでい続けたのに陸くんは他に彼女を作っていたんですか」


 だ、だって高校の時に告白されてその時付き合っている人もいなかったし別にいいかな、と思ったんです……と言いたいところだったが、言ったところでもっと頬が膨れるだけなので言わないでおく。ま、お約束通り高校でもリンチされたんだけどね!


 居た堪れなくなった俺が視線を彷徨わせていると、それまでぷくーっと頬を膨らませていた玲香がクスッと笑った。


「冗談です。別れていたのですから、私にとやかくいう筋合いはありませんよ」

「ま、まぁそうか」

「はい。これから私だけを愛してくれるのであればこれまでのことは一切問わないと誓います」


 そう、にっこり微笑みながら言う玲香。


「その…………なんだ…………玲香は今でも俺のことを好きでいてくれているのか?」

「もちろん。あなた以外の男性に靡いたことなど一瞬もありません。ずっとあなただけを見…………思っていましたから」


 一瞬言い淀んだ気がしたが気のせいか。


「好きでいてくれていることは嬉しいし、玲香と付き合っているときは楽しかった。俺も、玲香のことが好きなんだと思う」


 そう言うと、玲香の顔がパッと明るくなる。


「でも…………ごめん。俺、幼稚園と高校の時にも同じような思いしてて正直、今は恋愛に恐怖心がある」

「…………そうですか」

「本当にごめん。何年も好きでいてくれたのに」


 玲香に向かってそう頭を下げると、上から優しい声が降ってきた。


「いえ陸くんが私を嫌いになっていなかったことが知れただけでも大収穫です。キチンと答えてくれてありがとうございます」

「それならいいんだけど…………」

「はい、何も問題ありません」


 そう言う玲香の言葉には強い自信が漲っているように感じる。


「陸くん」

「どうした?」

「私、決めました」

「何を?」


 玲香の方を見ると、玲香は微笑んだまま自分の人差し指を俺の唇に当ててきた。


 そして、とびっきり可愛いウインクをして…………


「陸くんを私無しでは生きられないようにして差し上げます」



 玲香に衝撃的な宣言をされてから1時間後。


 俺は、自分の住むアパートに戻ってきていた。…………玲香と一緒に。


 いや、違うんだって! 手を出したとかそういうのじゃないから!


 あの後、玲香が景気付けということで飲んだ酒に酔って泥酔したんだって!


 まさかここまで酒に弱いとは思わなかった。ビール一杯飲んだだけでこうなったからな。


 このままじゃ飢えた獣にお持ち帰りされると判断した俺は、タクシーを呼んで、彼女の家まで送り届けようとした。


 玲香もギリギリ理性が残っていたのか、ドライバーに住所が映っているであろうスマホの画面を見せた。そこまでは良かったのだ。見送ろうとタクシーの横に立っていた俺を車内に引き摺り込まず、到着した先が俺のアパートじゃなければ最高だった。


 俺の腕を抱き枕に熟睡する玲香を起こす気にもなれず、そのまま彼女をお姫様抱っこの要領で家まで運び込み、ベッドに寝かしつける。


 布団を肩まで引き上げると、玲香がゴロンと寝返りを打った。


「…………りくくんのにおい」

「恥ずいから寝言で言うな」


 なぜ俺の住所を知っているのかという尋問と今度から人前で酒を飲まないように注意をしようと思ったが、こんなにぐっすり眠っているのに起こすのは申し訳ない。


 幸せそうに眠る玲香を見てため息を吐き、俺はシャワーを浴びるために浴室に向かった。



 窓から差してくる光によって目を覚ました私は、ゆっくりと起き上がって大きく伸びをする。よく分からないが、今日はぐっすりと眠れた気がする。


 う〜ん、と身体を伸ばしてそこで気がつく。この部屋、私の部屋じゃなくないですか?


 ギギっと錆びついた機械のように首を動かして辺りを見渡すと、ソファに横になりながら寝ている陸くんがいた。え、陸くん!? やだ、寝起きの顔は見られたくないです!


 慌ててリビングから逃げ出し、洗面所に逃げ込む。


 洗面台を借りて冷水で顔を洗って頭を冷やしていく。


 昨日の記憶がない。


 陸くんが参加するとの情報を得た私は合コンに行って、陸くんの横に座って、…………それからどうしたっけ? お酒飲んだのかな。陸くんのバスタオルを借りて顔を拭き、ハスハスしながら考えるが思考が纏まらない。洗面所には洗濯された下着やらシャツがかかっている上に、カゴの中にはまだ洗っていないと思われる洗濯物が溜まっている。誘惑が多すぎて頭が回らない。


 というか、ここ陸くんの家ですよね? 間取り的にも同じですし。もしかして、一線越えたのでは!?


 バスタオルを干し直してから、陸くんを起こさないよう足音を殺してベッドに戻る。


 う〜ん、越えてないのかな。私、初めてですから血とか出るでしょうし。


 ちょっと残念ですが、陸くんの紳士具合に胸がキューンとなっていると、視界の端に洗っていない食器が溜まっているのが見えた。


「もうっ、陸くんは私がいないとダメなんですからっ」


 台所に移動して食器洗いを始める。


 ついでに朝ごはんも作っておきましょうか。



 炊飯器の音で目を覚ます。


 ソファから起き上がると、無理な体勢で長時間寝ていたせいか、全身が痛みを訴えてきた。


「起こしてしまいましたか。すみません」


 声がした台所に目をやると、そこにはフライパンを持った玲香がいた。起きてたのか。二日酔いはなさそうでよかった。


「もう少しで朝ごはんができますから待っていてくださいね」

「…………ありがとう」

「ふふっ。陸くんの朝が弱いのはまだ治っていないんですね」


 慣れた手つきでフライパンを操る玲香をボーッと眺める。


 中学の時よりも綺麗になったよなぁ。あの頃も恐ろしいほど綺麗だったが、色っぽさが増したんだろうなぁ。


「できました!」

「…………なんか手伝えることある?」

「ではお皿を出してください」


 そう言われたのでノロノロとした動きで棚からお皿を2人分取り出す。


 ご飯をよそったりなんだりして、朝食の準備を完成させてテーブルに座ると、玲香が隣に座ってきた。


「…………あの」

「なんですか?」

「このテーブル、2人用だから横に座られると狭いんだけど」

「もっとくっつけばいいと思います!」

「う…………まぁいいか」

「やった! …………やはり、寝起きに攻めるのは効果的ですね」

「なんか言った?」

「いえ。何も」


 肌と肌が触れ合う距離まで詰めてきた玲香と一緒に、いただきますとご飯を食べる。


「うま」

「それはよかったです」


 玲香の料理を食べるのは初めてのことではないが、前に食べた時よりもずっと美味しく感じる。前、ピクニックに行った時もお昼ご飯を作ってきてくれたのだが、それも仰天するほど美味しかった。それなのにさらに美味しくなっているとは。


「めっちゃ美味い」


 ここまで皮がパリッとした焼き鮭は初めて食べた。それなのに中はホクホク。美味しい。


「陸くんは魚の皮がお好きでしたもんね」

「よく覚えてるな」

「陸くんのことならなんでも知っています!」

「なんでもはさすがに…………あ」

「どうしました?」


 朝ごはんを食べて頭が冴えてきたせいか、思い出した。


「玲香、なんで俺の家知ってんの?」


 玲香の方に向き直ってそう聞くと、玲香は鮭を箸で掴んだまま固まった。


「なんのことですか?」


 惚ける気か。


「昨日、すげぇ酔ってたからタクシー呼んで返そうと思ったんだけどさ、俺をタクシーの中に引き摺り込むしドライバーに教えた住所は俺の家だしで結構好き放題やってたと思うんだけど」


 ダラダラと汗を流しながら絶対の俺と目を合わせないようにする玲香。


「陸くんが酔っていて記憶が誤っているのでは?」

「俺昨日酒飲んでねぇからなぁ」

「うぅ…………」


 冷や汗を垂らしながら視線をあちこちに彷徨わせる玲香。やがて観念したのか、ドラマによくいる犯人のようにガックリと項垂れてポツポツ話し始めた。


「たまたま偶然陸くんの後をついていったらここに入って行ったので…………それで」

「ストーカーじゃねぇか!」

「違います! 私は陸くんの彼女なんですから愛のある行動であって決してストーカーではありません!」

「付き合ってないじゃん!」

「そうでした! それをうっかり忘れてました…………」

「一番重要な部分なんだけどなぁ」

「うぅ…………すみません」


 しょんぼりと肩を落とす玲香を見て、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。


「まぁ、いいよ。玲香がしたいなら」

「ほんとですか!?」

「うん。私物持って帰るのはやめてほしいけど」

「大丈夫です! 私は節度あるストーカーなので!」


 胸を張ってそう言う玲香だが、彼女のバッグから俺が昨日履いたパンツが入れられたジップロックと思わしきものがはみ出ているのは気のせいだろうか。……はぁ、後で回収しておこう。




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