贈り物をしてみよう

「ん」


 エルロが手を挙げた。


「脅しが足らないのかも。拐われたのは分かってても、そのとき誰も死んでいなかったから怖さがないとか」

「――そ、そうですわ!」


 フラウが勢いよく立ち上がり、アウルに縋るような目を向けた。


「わたくし、お父様と話す機会は多くありませんもの! それにアウル! あなたは――その、お優しい顔をしていらっしゃるから――」

「グスタフは顔で判断するような奴じゃないだろ」


 アウルが吐き捨てるように言うと、フラウは口を噤み顔を伏した。希望の光など幻覚でしかない。アウルは顎をあげて考えながら、かくりとエルロの側に顔を倒した。


「それじゃ、やっぱ皆殺しにするべきだったってことになるよな?」


 まさか自分に矢が飛んでくるとは思わなかったのだろう。エルロは息をつまらせ、きょろきょろと首を振り、やがて諦めたように俯いた。まさしく怒られた子供だ。

 この難題は、貴重な仲間に苛立ちをぶつけても解決しない。


「……グスタフを脅すための道具がいるな」


 できることはやるべきか、とアウルは鼻を鳴らした。エルロが勢い込んで言った。


「髪! 髪の毛を送る!」


 フラウは不意に金糸のような髪を撫で、エルロとアウルを見比べ顔を歪める。けれど、


「わ、わかりましたわ! わたくしの髪でいいのなら好きなだけお持ちくださいまし!」


 命には代えられない。そう判断したのだろう。ぐっと一房を握りしめて言った。

 その決意に、アウルは思わず笑ってしまった。

 子供じみていて。バカバカしくて。久しぶりにケタケタと声をあげて笑ってしまった。

 その様子に、二人の表情が固く凍りついていく。

 アウルは、息を整えながら尋ねた。


「フラウ。利き手はどっちだ?」

「――へっ? え、右……ですけれど」

「じゃ、左手だな」


 言って、アウルが席を立つと、フラウは左手を庇うように右手を包みかぶせた。


「な、なんですの!? 左手!? 嫌ですわよ! そんなの! なんでわたくしが――」

「脅しの道具にするんだって。髪の毛なんかより効果的だろ?」


 アウルは逆手で短剣を抜いた。ゆっくりとテーブルを回り込みつつ、手の内で短剣を回して順手に持ち変える。フラウが派手な音を立てて椅子を蹴倒し、左手を隠したまま後退った。

 アウルの濁った硝子球のような瞳は、暖炉の赤々と燃える輝きすら吸い込んでいた。


「大丈夫だよ。傷薬もあるし。ただちょっと、指が欲しいだけなんだ」

「ゆ、指……!?」

「そう。一本ずつだ。お伺いする度に渡すんだよ。それならグスタフも本気になるだろ?」


 フラウは壁際に追い詰められ、慄きのあまり床に跪いてアウルに懇願した。


「お、お願い致しますわ! どうかまず、髪……いえ、爪……で、ではなくて、えと――」

「指だって」


 アウルは淡々と言った。


「まぁ、あれだ、せっかく剣の練習してきたわけだし、人差し指にしとこう。意外となくても大丈夫なんだ。器用なだけで力も弱いし、左手ならそんなに使わないし。一番まずいのは小指と薬指でね。これは最後まで取っておこう。な?」

「え、え、え……」


 フラウは髪を振り乱し、叫ぶように言った。


「エルロ! アウルに、アウルにも教えてさしあげて下さいまし! わたくしは、わたくしは貴方がたの味方ですわ!」


 エルロは答えない。いくらか険しい顔をしているくらいだ。代わりにアウルが頷いた。


「俺もフラウの味方だよ。一緒に教えてやろうぜ、グスタフにさ。だから――」


 アウルがずいと近づいた。フラウは咄嗟に逃げようとしたが、アウルが壁を蹴り逃げ道を塞いだ。フラウは床に尻を落とした。実力差は歴然。もはや戦意はない。アウルは無造作に手を伸ばし、フラウの左手首を掴んで引き起こした。

 ダン! と叩きつけるようにして、アウルはフラウの左手首をテーブルに乗せた。


「嫌ぁぁぁぁ! 嫌ですわ! どうか! どうかお許しくださいまし! わたくし、わたくしどのようなことでもいたします! だからどうか! アウル! アウルさま!」


 硬く握りしめられたフラウの指を、アウルは淡々とこじ開けていく。人差し指だけを伸ばさせて、万力のように押さえ込み、言った。


「まだ右手は動くんだしさ、親指の付け根を噛んでおくといいよ」

「い、嫌……嫌ぁ……」


 フラウは顔をぐしゃぐしゃにして肩越しに叫んだ。


「エルロ! エルロさま! お願いします! どうか、どうかわたくしを、わたくしの手を――」

「ん」


 とエルロは小さく声をあげて右の太腿から鉞を抜いた。


「アウル。手伝うよ」


 投げられた言葉に、フラウの全身から力が抜け、膝が床を打った。

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