雑な決闘
アウルはエルロを手招き、二人で砂塵の向こうに飛び込んだ。視界を埋め尽くす砂を抜けるかどうか、銀閃が走った。両手剣だ。認識すると同時に二人は得物を躰の横に立てて受け止めた。二人を刃に載せたまま、フラウが剣の軌道を地表に流した。叩きつけられる前に二人同時に刃を弾き、空中で回転、着地する。取り囲む五、六、七人の兵士。フラウの後ろにいたため土柱に巻き込まれずにすんだのだろう。
「面白いものを見せていただきましたわ!」フラウが喜色を声音に乗せていった。「ぜひ、お名前を聞かせていただけまして?」
アウルとエルロは互いを見合った。また私? とエルロが自分を指さした。本当に名乗りかねない。アウルは先に俺だと自分を指差し、次にお前とエルロを指差す。頷くエルロ。
「んん!」
咳払いを一つ入れ、アウルは言った。
「邪悪に教える名前はないぴょん!」
間があった。くくっとフラウの首が小さく傾いだ。傭兵達の槍も僅かに下がった。
エルロが、アウルの服の裾を引いた。
「……兎ってぴょんって鳴くの?」
「――いや。実はぶぅって鳴くんだけど、それだと猪みたいだろ?」
「なんの話をしていますの!?」
フラウが上品に怒号を飛ばし、エルロが顔を向けて答える。
「鳴き声の話だクマ」
「……こっ、の……ッ! わたくしは、あなたがたの名前を聞いてますのよ!?」
「ん」
エルロが小さく挙手した。
「熊獣人だクマ」
「ふっ、ざっ、けっ……!」
フラウがこめかみに青筋を浮かせ、両手剣を肩に担いだ。
「もうよろしくてよ! 貴方がたの名は道化として残します!」
言って、フラウが剣気を飛ばした。常人ならば圧に負けて硬直するに違いない。手練れの傭兵であっても怯みはする。
しかし、アウルとエルロにとっては旅の途中で戦った人語を解する魔族より弱い。
「とりあえず後ろの頼むわ。俺がフラウちゃんやるから」
「ん」
呟き、エルロが鉞を構えながらアウルと背中合わせになった。一方的な緊張。フラウと傭兵達ばかりが猛り、二人はどこまでも平静である。ジリジリと砂を踏みにじりながら近づくフラウ。エルロが脈絡なしに言った。
「三」
「二」
と、今度はアウルが合わせる。
「一!」
二人は同時に動いた。エルロが手近な兵士に接近、槍を潜り地を滑る。足首を蹴り払って転ばせつつ、鉞で背中を殴った。激しい打音ともに鎧がへこんだ。悶絶。距離の近さもあってか兵士達がエルロを敵と定めた。一方で、アウルは自らフラウの間合いに飛び込んでいく。
「フゥッ!」
と吐息を切って、フラウが両手剣を振るった。並の傭兵ならば受けるのも躱すのも至難の一撃だっただろう。けれど、アウルにとってはヌルすぎた。ジーやカークの太刀筋とは比べるまでもなく、ミレリアが咄嗟に振り回す杖にすら劣る。たとえるなら、そう――。
「盗賊やってた頃の俺くらいだなぁ」
ぼんやり呟き、アウルはしゃがんで剣をすかした。加速。
「このぉ!」
フラウが切り返した。渾身の一振りを即座に止めての斬撃。これまた常識離れの膂力だが。
「そういうんじゃダメなんだよ」
アウルはその場で跳躍、足元を過ぎようとする剣を蹴りつけ、さらに高く。フラウの頭頂に手をつき背中の側へと降り立った。あとは振り向いて、短剣を――、
「刺したらダメ、刺したらダメ……」
傷を癒やす薬に余りもあるが、無駄な出費は抑えたい。アウルは短剣を逆手に持ち替え石の柄頭でフラウの背中を手加減しながら叩きにいった。鎧越しに打撃を加え、息を詰まらせることで昏倒を狙う。無理でも痛みで動きが止まるはず。
だが、予定は真紅の鎧が防いだ。ガン! と身の毛もよだつ鈍い音を立て、フラウの躰が前に出されただけだった。へこんですらいない。傷すらない。
「マジかよ。固っ」
硬度と吸収力はカークの鎧以上に思えた。
ザリッとフラウの足が大地を掴んだ。地面を抉るように足先を捻り、回転を腰へと伝え、上体へ。生まれた力を腕へと通し、右手に握る剣へと移す。そして空いた左手の篭手を、剣の鍔先、リカッソに押し当てるようにして、溜めに溜めた力を放った。
「フューリアスオクス!」
自らの名を冠した必殺の一撃。フラウの顔に打撃を受けた動揺はない。あるのは勝利を確信する高貴なる獣の笑み。銀光が風を太刀割りながらアウルに迫った。
彼の瞳は昏かった。
短剣の峰を腕に沿わせて立て、空いた手を本を持つように開き、刃を待って、衝突。二つの金属塊が火花が散らした。まさにそのときアウルは両手剣を左手でつまんだ。受け止めきれずに靴底が滑る。足を浮かせた。振り抜かれる勢いに身を任せて飛び退る。
フラウの斬撃は余計な角度に力をかけられ波を打った。剣の重量と自らの放った斬撃の強さが災いし、体勢を崩していた。
アウルが地を滑りながら足元に目をやると、切断された金属棒――最初の接触で切り払われた投げナイフの刃先があった。拾い、フラウが体勢を立て直すより早く投じた。毒を塗られたナイフの刃先はフラウの首を掠めて砂埃の中へと消えた。打音。振り向けばエルロが四人目の兵士の膝を砕いたところだった。鉞を構えて一言。
「命令実行。聳えよ柱の六」
何の前触れもなく、残る三人の兵士の足元に土の柱が出現した。
「即時命令、爆ぜよ、展開」
ボッ! と新たな砂塵が生まれた。
「どちらを見ていらっしゃるのかしらぁぁぁぁぁ!?」
先よりいくぶん怯えの透ける、フラウの声。両手剣を上段に駆けてきた――が。
「――ぁぁぁぁぁぁ、ぁ、ぁ、あ?」
その足が緩まり、止まり、剣を前に投げ出すようにして振り下ろした。剣先が地面を叩くのと、上空から降り落ちてきた兵士が砂に巻かれて穴底に落ちたのは、ほとんど同時だった。
剣が、フラウの手を離れた。
「あ、あ、あー?」
喉を確かめるように発声しながら両手を見つめる。震えている。
「あ、あー……?」
と、羽の破れた風車のように顔が持ち上がった。開いた口を閉じられないのか、唇から涎が垂れた。目の焦点が固定し、瞳孔が固まる。薬が回ったのだろう。
アウルは短く息をつき立ち上がった。
ててて、とエルロが駆け寄ってきて、熊の毛皮の手袋に覆われた左手をあげた。
「ん。やったね」
「ああ。そっちもな」
ぱふん! と毛皮の手袋を打ち合わせ、アウルは首を回した。
「やっぱりちゃんと計画しないとダメだな。膝が痛い」
「ん。でも終わりよければすべてよしってカルガは言うよ」
「まだ終わってないの。フラウちゃんを拐ってかないと」
「ん。そっか」
頷き、エルロはフラウに近寄ると、脇腹を掴むようにしてひょいっと持ち上げた。
「意外と重いね。動かないからかな?」
「それもあるけど背が高いしな。あと鎧。めちゃくちゃ硬かったわ。その剣も持ってこう。なんか良いやつかも」
「これ、どうなってるの?」
「動かなくなるだけだよ。息も苦しくなるし、胸がすっごい痛む。けど死なない」
ふぅん、と気のない様子で鼻を鳴らし、エルロは丸太のようにフラウを担いだ。筋肉がこわばり剣を振り下ろした体勢のまま固まっている。ゆえに、そうやって運ぶとあとで筋肉が――まぁいいか。アウルは心中で呟き、フラウの瞼だけ閉ざした。目の乾燥は失明につながる。生かしておくなら痛めつける必要もなかった。
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