出たとこ勝負
アウルは煩わしいうさ耳を揉みながら呟く。
「もう面倒くさいし、フラウちゃんごと殺して死体だけ持ってくか?」
「ダメ。殺さないって決めたし、中の状況が分かれば皆殺しにしなくてもすむよ」
「あー……だから、だいたいこの辺に傭兵さんがいてだな……」
言いつつ、アウルは地面に指で図を描き始めた。門と壁の円形を書き、建物を置いて、中央に点を打っていく。しかし。
「ん。状況は分かった。でも距離が不明。ここからここまでどれくらいあるの?」
エルロの指が門から円形の傭兵まで線を引いた。
「なにそれ。そんな繊細な感じ?」
「ん。中央から同心円状に仕掛けて効果範囲を変えてある。地面が爆発するやつ」
エルロの指が中央の点から等間隔に輪を描いていく。
「いっぺんに発動すると、一番深いところでアウルが五人分くらいの穴があくと思う」
「俺が五人分――いや待って。それめちゃくちゃ深くない? 壁超えるよな?」
「たぶん。爆発自体は痛くないけど、吹き飛ばされると同じくらいの高さまで飛ぶし、落ちてきて着地できなかったら死んじゃうかも。そのとき足元は――」
「俺の背で五人分は深くなってると。ヤバ。それ巻き込まれたら俺も死ぬ奴だろ」
「アウルは大丈夫。頑丈だし。子どものときとか無駄に高いところから飛び降りてそう」
「適当なこと言うなよ。まぁ合ってるけど。けどフラウちゃんが巻き込まれたらダメじゃん」
ため息を一つ。アウルは門に手を押し当てた。引くんだったか、押すのだったか。ともかく中央に手を押し当てて圧をかける。扉の向こう側にも閂をかけてあるらしい。
「こりゃ本気じゃないとダメか」
ぐっと肩ごと押し込むようにして、足場を広げ、力を込めて、押した。門の向こうでけたたましく閂が圧し折れ、門扉が猛烈な風を巻きながら開いた。門扉を力任せに手押すという行為ですら、アウルのような選ばれし者の手にかかると破城槌の一撃に引けを取らない。
門扉は想定以上の勢いで押されたがために自重で蝶番を破壊し、大地を擦り、風に吹かれたボロ布のように回転しながら倒れて鈍い音を響かせた。当然、練兵場の中央で繰り広げられていた剣戟の音が止んだ。傭兵達が驚き振り向く。視線の数は十、十五――横にのけているのはフラウとの対戦を終えた者だろうか。
「…………どうすっかな」
アウルはぼそりと呟いた。よくよく考えてみれば、フラウが兵士達との訓練を終えた頃に襲撃を仕掛けたほうが手間が少なかったはずだ。思案するうちに、兵士達の躰がつくる壁の奥から甲高い声が飛んできた。
「ちょっと! なんですの!? いったい!」
兵士達の視線が後ろに向き、壁が割れ、真紅の鎧を纏い右肩に両手剣を担いだ大柄な少女が見えた。言い換えれば、射線が通ったのだ。
これは好機とアウルは右足のベルトから棒状の投げナイフを抜いた。左腰の革鞄から痺れ薬の小瓶を出し、投げナイフの先端を差し込むようにして塗りつける。何も言わないアウル達に苛立ったのか、フラウが眉間に細かな皺を刻んだ。
「ちょっと!? 聞いてますの!? あなたがた、どこに立ち入ったかご存知でいらして!?」
なんとも高貴なる叫びですこと、とアウルは小さく鼻を鳴らす。
「エルロ、なんか言い返してやって」
「んゃ? 私? なんて言うの?」
「なんでもいいよ。決闘だとか、さらいに来たとか、そんなんで」
「ん。分かった」
エルロはすぅっと息を吸い込み、言った。
「フラウ・フォルジェリ! お前をもらいに来たクマ!」
その声は、ずらりと居並ぶ兵士達の肩に力を入れさせ、躰を傾けさせ、フラウに横顔を向けさせて、さらには左手を耳に添えさせた。距離が遠く、声も小さく、聞こえなかったのだ。
アウルは苦笑し、薬を塗り終えた投げナイフを握り直した。
「聞こえなかったってさ。もっかい。もっと大きな声で言って。これ投げるから」
「んぇー?」
エルロは熊のマスクののぞき穴の奥で嫌そうに目を細めた。
「フラウ! フューリアス! フォルジェリ! お前をもらいにきたクマー!!」
今度は届いたらしい。兵士達が訝しげな顔で互いを見合い、後ろに振り向く。その先でフラウが、はぁ? とでも問いだけに肩を下げた。
アウルはすかさず投げナイフを振りかぶり、言った。
「てかクマってなんだよ」
投擲。投げナイフはぴったり九十度だけ回転、毒の塗られた切っ先をフラウに向けて、矢よりも早く直進する。狩人時代、神への供物の結果か尋常ならざる膂力を得た頃から、アウルは弓を置きナイフを投げるようになった。その方が手早く、強いのだ。彼の膂力を最大限に発揮できる弓がなかったために。
兵士達はアウルが何かを投じたとしか認識できない。その瞬間には横を抜けている。ジーとの冒険を経てからは、獣を狙っていた頃よりも格段に威力が増した。鋼鉄の鎧を貫徹し、生半な傭兵では回避すら不可能である――が。
鋭い金属音が鳴り渡り、アウルの投げナイフが二つに分かれて飛び散った。ほとんど同時にフラウの両手剣の切っ先が大地を抉った。
「――マジかよ。俺のナイフを切り払ったぞ、フラウちゃん」
と、呆けるアウルをよそに、
「熊はクマって鳴くんだよ。狩人なのに知らないの?」
エルロが先の質問に答えた。
真紅の鎧のフラウが、ふぁさり、と自慢であるであろう金髪を後ろに払い、声を張った。
「ようこそいらしてくださいましたわ! 賊の御方! わたくしが! このフラウ・フューリアス・フォルジェリが!
片手一本ですらりと向けられる両手剣。一人前の男でもそうはできまい。
「皆さん! お仕事の時間ですわ!」
フラウの号令。傭兵達が一斉に鬨の声をあげ武器を手に駆け出す。
――貴族の娘で、美人で、そのうえ選ばれし者か。とアウルは低く唸った。
「そういうもんだよな、世の中。――三、二、一で兵士だけ頼む」
「ん」
会話はそれだけ。アウルも愛用の短剣を握り、適当に手を抜きながら走りだす。傭兵達の後ろから悠々とフラウがついて来ているため、兵士との間に距離を作る必要があった。目測で相手の速度を考え、アウルは振り向きざまに声を張った。
「三!」
頷くエルロ。鉞を抜きアウル達に向けた。二。
「
鉞に葉脈を思わせる赤い光の筋が輝く。一。アウルと傭兵達がぶつかろうとしていたまさにその足元が何の前触れもなく激しく隆起した。一瞬のできごとだ。アウルは靴底の下から巨人に蹴り上げられたと錯覚し、また、その勢いの凄まじさに膝が悲鳴をあげるのを聞いた。
気づけば上空、壁よりも高い。見下げれば太い土の柱が生えている。五本も。
「――俺も巻き込まれてんじゃねーか!」
状況に気づいてアウルは怒った。
エルロは驚いたような眼差しで、傭兵ともども天高く打ち出された相棒を見上げている。
「近づきすぎ」
ボソっと呟いた。無論アウルには聞こえない。彼が集中して耳をそばだてていなければ。
「救助」
ハッと思い出したように鉞を握る手に力を入れ、エルロが再び呟く。
「柱の十から十五へ即時命令、爆ぜよ、展開」
また鉞が光り輝き、今度は出来たばかりの柱がワッと砂のように砕けて散った。落下を始めたアウルや傭兵達の躰が砂にまかれて速度を落とす。ゼロには遠く及ばない。開いた穴を埋めるには時間が足らない。
しかし。
ズボン! と砂塵からアウルが飛びだし、手前の無事な地面に着地した。つづいて重苦しい衝突音がいくつも砂塵の中に生まれた。
「ぶぁぁぁくそ! 目にめっちゃくちゃ砂はいったぞ!?」
アウルは叫びながら振り向く。うさ耳が揺れて砂埃を散らした。兎マスクの奥は涙目だ。
「ん」
エルロが左手の親指を立てて拳を突きだした。
「やっぱりアウルなら大丈夫だった」
「大丈夫じゃないって! 手伝って!」
吠え、アウルは土煙に向き直った。
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