昔話
「……おい、エルロ? 何してる?」
「ん?」
エルロはきょとんと振り向き当然のように言った。
「鬼力回路を
「あそ……なぁ、俺らここにいても平気なのか?」
「ん。たぶん大丈夫。家の外には出られないと思う」
「あいよ。なんか手伝うことあったら言ってくれ」
「ん」
と小さく頷き、エルロはまたフラフラと鉞を振りながらうろつきはじめる。
役人はその様子をぼんやり眺めながら零した。
「……エルロさんは、神官かなにかなんですか?」
「いや――んぅ、似たようなもんかな。それで? その先は? なんでこうなった」
「……正確な時期は知らないんですが、あるとき、女が赤子を連れてたずねてきたそうです」
「赤ん坊と女? ……息子の嫁と子どもか」
役人が首を垂れた。
土地持ちの自給自足と違い、下っ端の兵士の収入だけではメーン市で暮らせない。
しかし、功を上げれば賃金も上がり、憧れの父に近づけるはずだ。
息子は僻地での討伐に手を挙げ、そのあいだ身重の妻と子の世話を父に頼んだ。
「嫁はよく働いたし、孫娘も少しづつ大きくなって――訃報が届いたそうです」
「あるある」
アウルは吹き出すように鼻を鳴らした。
「つまり問題はその後か」
役人は胡乱げな眼差しをアウルに向けた。
「あなたは……本当に勇者様なんですか?」
「その話は内密にって……まぁいいけど。方向性が違うんだ。――それより続きを」
「……ええと……どこまで……そうだ。フェルジェリ家の当主が引き継ぎを始めて……」
先代にとっては自身の名を上げるのに貢献してくれた騎士だが、当代のグスタフ・フューリアス・フォルジェリには違った。騎士の息子などどうでもよく、その妻と赤子は秘密の商品リストに載せられる品でしかなかった。
「グスタフは、あの男は人の心なんか持っちゃいません。でも、そういう人間の方が商売に向いてるんですよ。早いうちから私兵の増強に力を入れてて、取り立てに寄越したんだとか。騎士様について私が調べられたのはここまでで」
「なんだそりゃ」
アウルは口の端を下げた。
「それじゃ、なんでこうなったのか分からない」
「いえ。騎士はここで死んでたそうです。この家のなかで」
役人は細かく修繕された家を見上げて声を低くした。
「それからフォルジェリ家はこの土地を貸し出すようになりましてね……。住み着いた人間が次々と死んだんですよ。最初は病気。次は農作業中に獣に襲われて。自殺があったり、そりゃもう無惨に死んでいたりと、私のところが引き受けるまでに何人が食われたか」
「食われた?」
「ええ。家に食われたんだろうと。私のお仕えしている――」
「あ? 待った。なんであんたのところが権利を持ってる? 買ったのか?」
アウルが問いただすと、役人は力なく頷いた。
「そうですよ。事情は知らされませんでした。私は止めたんですが、とてつもなく安かったのもあって旦那様が……。で、同じように貸し出して、死人がでて……でも、誓って言いますが旦那様はあんな連中とは違います。ギルドに依頼までしたんです。大金を払ってね」
「でもダメだった?」
「ええ。そうです。元が古い話なので調査にも限界がありますし、理由は分からずじまいで税金ばかりかさむし……いま思えば、連中はうちの力を削ぐために格安で売り渡しに来たんでしょうね。もっと早く私が気付けていれば……」
「どこに行っても、苦労するのはお人好しだね」
ジーの胃痛に耐えるような困り顔がアウルの脳裏によぎった。商人やら貴族やらと立場を変えてもやることといえば争いばかりだ。人を守り世界を守る、その前に、金だ。
「まぁ、あんたが気づいてても事態は変わらなかっただろうさ」
役人が虚を突かれたように顔をあげた。アウルは昏い目で応じる。
「あんたもお人好しだろ? 黙って俺らに売ればよかったのに、そうしなかった」
「それは、旦那様が……」
「雇い主の言い分は関係ないだろ。でも、できない。だから俺にも利用されるんだ」
血の気を取り戻してきた役人の顔が強張り、アウルは掌を振って笑った。
「半分冗談だよ。そう聞くと買うのは無理だしな。けど借りることは借りたい。それから、もし俺らが土地の利用価値を戻せたら、返すときには差額分を俺らに払ってもらう。どうだ?」
「えっと……それは、残り半分の本気の話ですか?」
「そうだよ。本気の方。ただやり方にちょっと工夫がいるな」
アウルは腕組みをして家を眺めた。エルロの姿を探すと、鉞をふりふり家の周囲を回って歩いている。演技にしては念入りだ。合わせておこうとアウルも唸ってから言った。
「冒険者ギルドに権利の借用書つきで依頼を出してもらって、それを俺達が請け負う形にしてくれ。フォルジェリだかなんだか知らないけど面倒な奴が絡んでるんだろ? ギルドを間に挟んで牽制するんだよ。手を出してきたらギルドに対する攻撃とみなせる」
交渉のための方便だ。依頼という形をとることで土地内部で起きた面倒ごとの責任を元の地権者に押しつけられるようにしたかった。
「わ、分かりました! そんな条件でいいのなら喜んで! あの、私は、さっそく旦那様にご報告して――」
真意にも気づかずパッと明るくなった役人の顔に、アウルは思う。
ここでお人好しを騙すのに気が引けてくれればいいんだけどね――。
残念ながら、アウルの心中は凪いでいた。
そして。
「――では、早ければ明日か、遅くとも三日以内に準備を済ませますので!」
役人が馬車の御者台で振り向き、嬉しそうに手を振った。
アウルとエルロはそれぞれ手と鉞を振り返し、去っていく馬車を見送った。
実のところ、アウルは買うか借りるか迷っていただけだ。現地でいくら値切れるかが勝負だった。すでに宿も引き払ってあり、荷台に積まれていたのは二人の荷物のほとんど全てだったのである。ゆえに、アウルは馬車が見えなくなるのを見計らいエルロの頭を撫でた。
「おかげで安くあがったよ。ありがとう、エルロ。いい演技だった」
「ん?」
エルロは首を傾けアウルの手から逃れた。
「演技じゃないよ。ほんとにいる」
「あぁ? いや、もういいって。あのおっちゃんには聞こえないし」
「ん!」
エルロの眉がつり上がった。
「本当にいる。ずっと検索してた」
「…………え? マジで?」
アウルは肩越しに家を見やった。言われてから神経を尖らせてみると、禍々しい気配を感じなくもない。てっきり懐かしさすら覚える森にいるせいかと思っていたが違うのか。
思い返せば、ジーのパーティを自主的に追放されてから危険を感じることがなかった。エルロが強硬に主張するからには本当なのだろうし、だとすれば、単に勇者の旅に付き合ってきたせいで危険への感度が鈍くなっているだけなのかもしれない。
「……もしかして、けっこうヤバい奴だったりする?」
アウルは気まずさを覚えて舌をちらっと出した。
「ん」
エルロがはっきり頷いた。
「とっても危ない」
目に見えぬ者の力を利用するカルガ族の巫女が危険という。アウルには見えないし感じられない。役人は神官も雇ったと言っていたし、神の僕にすら認識できない何か。俗に幽霊族や魔族と呼ばれる人の手で抗しうる存在ではなく、ほとんど厄災にちかい何かということ――。
「……なぁ、その危険なの、番犬にできたりしないかな?」
「ん。できるよ。中にいた鬼は星幽同位体から漏れてきた鬼じゃない。家から出られないみたいだから、鬼力回路とつなげた迂回路から呼び出して命令を入力してあるだけ」
カルガ族の巫女があつかう魔法じみた力の原理は、何度聞いてもアウルには理解できそうになかった。ただ、分かることもある。
エルロが、一生懸命、説明している。
アウルは邪魔をしないように、かつ興を削がないように相槌を打つのみである。
「――鬼が稼働している間は
「……えーっと……つまり……番犬にはできるけど……」
エルロに先を喋らせようと、アウルは慎重に言葉を選んだ。
「ん。できるけど、そのためには
「つまり……その物理的回路とかいうのを……見つけられなかったら?」
「ん……」
エルロはぐーっと首を傾けた。
「家か鬼を壊すしかない、かも? 大変」
「だな。聞いてるだけで大変だ」アウルはつられて傾げた首を戻した。「手伝えることは?」
「ん。囮になって欲しい。動いてるときなら感知しやすい」
「あい……って、すごく危ない奴なんじゃないのか?」
「ん。とても危険。頑張って」
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