曰く付き

「ん。アウル。次はどこ?」


 ギルドを出るなりエルロが言った。


「次っていうか、これからしばらくは土地探しだな」

「ん? 土地探し? どうやって探すの?」

「これを使ってあちこち回るんだよ」


 言って、アウルはギルドで出してもらった街の地図を見せた。土地の貸出を行っている役人がいる場所に印がつけてあった。


「こいつで……俺らの手持ちだけで買えそうな土地を探すの。んでもって買えたら――」

「ん!」


エルロが小さく手を挙げた。


「ゆっくり暮らす!」

「そういうこと。んじゃま、もうひと頑張りしようか」


 ――冒険にも疲れたからしばらくゆっくり過ごそう。

 その究極系としてアウルが思いついたのが、自給自足を基本とした、古臭くも落ち着いた生活だった。ジーはどういうつもりか、持ち逃げ状態になっているパーティの金を回収しようとしてこない。だったら、取り返しに来る前に使ってしまおうという腹積もりである。それも不動産であれば、回収に来られたとしても上手くすれば返済できる。


 もちろん、エルロをカルガ族の集落に返すという選択肢や、アウルの故郷であるガンツィに戻るという考えもないわけではなかった。


 けれど、エルロは集落に戻るつもりはないと言うし、アウルもまた以前に暮らしていた集落がすでに存在しないことは心得ている。


 それよりは、ジーの活躍により陸路を回復した内陸部のうち、よそ者を受け入れ、可能であればカルガ族への迫害が薄い土地がいい。メーン市は農業を中心とした都市国家として成立し、後から王国領下に編入されたため、アウルらにとって絶好の条件だったのだ。

 

――とはいえ、土地探しは難航した。

 

 おいそれと勇者の印章指輪を見せるわけにいかず、土地はあまりに高額だった。

 エルロと二人して足を棒にして歩き回るも、滞在から三日は観光同然、四日目には都市内部の農奴の現実を目の当たりにして疲れはじめていた。


 その日、宿を出るときもそうだった。


「……アウル。ダルい。私ここで待っててもいい?」


 二人部屋のベッドの上で、エルロはいつになく瞳の光を鈍らせていた。もっとも、アウルのそれとは質の異なる、退屈を象徴する目の色であったが。

 アウルは身支度を整え、地図を開く。


「いいよと言えりゃどんだけ楽か。待ってても退屈なだけだぞ?」

「……ん。分かった」


 エルロは街で購入した櫛で、寝癖で跳ね回る髪の毛を梳きはじめた。ボロを着ていくと役人達が露骨にナメた態度をとるため仕方なく買った。当然、慣れていないので時間がかかる。アウルが代わる。俺はいったい何をしてるんだろうか、と思いつつ。

 その日も、二件の空振りから始まった。


「どうでしょう。こちらの土地なら小さいですが――」


 そう前置きされて紹介されても自給自足には遠い猫の額のような土地だった。借りられる土地なら拾い物もあるが、それは役人が仕えている貴族の雇い人となることを意味した。


「検討してみます。ありがとうございました」


 言って、外に出て、地図にバツを入れる。ため息交じりに横を見下ろすとエルロが、もうやめない? とばかりに見上げてきた。


「……それな」


 もういいか。諦めて別の都市に行くか。そう頭の片隅に思いつつ、言った。


「もう一件だけ聞きに行って、ダメそうなら別のとこだな」

「ん。ダメだったら、アウルの故郷に行こう?」

「……それはまた別の話な?」


 アウル達は地図を頼りに歩いた。

 役人が働くにしてはこじんまりとした建物だった。中流より少し下に位置するであろう集合住宅の三階部分をぶち抜き事務所としている。内装も一般市民の暮らしに毛を生やした程度の悲しい代物で、人も雇っておらず、若い役人が一人で切り盛りしていた。

 まだ若そうに見えるのに白髪が混じった役人は、アウルの話を聞いて狂喜した。


「土地を買いたい!? それで私のところに!? 本当ですか!?」

「……ああ、うん。まぁそうなんだけど……」

「どうぞこちらに! いま何か飲み物をお持ちしますね!?」


 必死だった。来客用と思しき椅子をいそいそと机の前に並べる様子に、アウルは哀愁を抱いてエルロを見下ろす。彼女はどうせダメだろうなという顔で、ポン、と椅子に飛び乗った。


「――あー、飲み物は結構。それより、これ、難しい話みたいなんですけどね」


 アウルも諦め半分、資金を示した。そしてまた、借りるのではなく買いたいのだと。

 話を聞くうちに、役人の口の端が下がっていった。


「えーと……アウルさん、と、エルロさん、でしたっけ……冷やかしですか?」

「いえ。とんでもない。本気です。本気なんですが……こんな高いとは……」

「自給自足をできそうな農地があって、家つきで、買いたくて、それしかもってないと……?」

「やっぱり難しいですかね……?」

「難しいというか無理ですね」


 役人はきっぱり言い切った。


「せめて、あなたがたの身分が証明できるものがあればともかく……そんな金だけでは……」

「そう仰っしゃらずに、なんとか探したりしてもらえませんか?」

「探すとかじゃないんですよ。私は土地にまつわる権利書を扱ってるだけでしてね。私が土地を持ってるわけじゃないんです。だいたいそんな資金で買えるとしたら――」


 役人は何かを思い出すように虚空を睨み、ぶるっと震えた。

 心当たりがない、わけでもない、のだろうか。


「ん」


 エルロがすぱっと手を挙げた。


「ちょっと遠かったり危なかったりしてもいいけど」

「おいエルロ……」

「ん。分かってる。でも全然みつからないし」

「まあ、それはそうだけど」


 アウルはちらりと役人の顔を覗いた。


「どう――すかね?」

「どうと言われましても……まぁ、まったくないかと言うと……」


 役人は値踏みするような目つきでアウルとエルロを見ると、一瞬、机に広げられた地図に視線を落とし、苦虫を噛み潰したような顔になった。あるにはあるということか。

 アウルはエルロと顔を見合わせ、慎重に尋ねた。


「そこは……遠い? 危険?」


 役人は口を開きかけたが、しかし、低く唸りながら俯いた。よほど紹介したくないらしい。


「ん」


 とエルロがアウルを呼び、首の鎖をつまんだ。印章指輪を見せたほうが話が早いと言いたいのだろう。それくらいは分かっている。見せたくない理由がある――が、エルロにしてもそれくらいは織り込み済みで提案したはずだ。

 アウルは鼻で息をつき、エルロに頷いてみせた。


「おじさん」


 エルロが首の鎖を引っ張り指輪を出した。


「ちょっと危なくてもだいじょうぶ」


 役人は固まった。自分が何を見ているのか分からない。そんな様子だった。首を突き出すようにして目を凝らし、エルロの指先から垂れて微かに揺れる指輪を眼に映して、眉間に深い皺を刻み、顎を落として、ノロノロと挙げた手で頭を掻いて。


「――信じられない……あなた、たちは――」

「ん」


 エルロはみなまでいうなとばかりに手を伸ばした。


「内密? に願おう」


 妙な言い回しは、ここしばらく読んでいた言語学習用の小説のせいだろう。各国ギルド間の情報伝達を簡便にするため、彼ら自身が発行、販売、貸出している読み物である。


「内密に……と、仰っしゃりますのは……?」


 役人が急に背筋を伸ばした。机上の金属製品を一瞥、襟を整え澄まし顔に。印章指輪の威力と言い訳の面倒くささにアウルが閉口していると、エルロが言った。


「ん。内緒話。なのだ?」


 エルロは宙空に言葉を探すように上目を使いながら言った。


「……えっと……よって、危険は大丈夫、なのだ?」


 微笑ましい。などとのんびりしているわけにもいかず、アウルが付け加えた。


「ようは、あれです。腕にはかなり自信があるんで、盗賊やら魔物なら平気ですよ、と」

「それは――しかし……」

「まだ渋るのかよ」


 アウルは遠慮を投げ捨てた。


「そんなに信用できないか?」

「そんな! 違いますよ!」


 役人は慌てて否定した。


「冒険者ギルドの、それも翠色の印章指輪を偽造するなんて、そんな恐れ知らずはいないでしょう。そうではなくて、その、勇者様ともあろう御方に見せていい土地かと言われると……」

「ん。もっと具体的? に頼もう。なのだ。」


 エルロがたどたどしくも詰めると、役人は観念したとみえポツポツと話しだした。


「距離はかなりあります。市の馬車を使うなら往復で一日かかりますからね。自給自足という意味においても元の持ち主がそうでしたし足りるでしょう。危険は――森に暮らすエルフ側の境界領域に接しているので、盗賊や魔物については却って安全と言ってもいいかもしれない」

「それ遠いだけで優良物件って言わないか?」

「いえ、それが――出るんですよ……」


 役人は顔を青くし、目を泳がせた。


「……出る? 出るってなにが? 死霊か? だったら神官に依頼して――」

「試したんです。もう。……もし、どうしてもと仰るのでしたら、お連れいたしますが……」

「ん」


 エルロが即答した。


「どうしても!」


 役人が息をついた。まるで自分の葬式で吐くような重い息吹だった。


「……分かりました。お連れします。ただ、できれば出発は明日の朝、早いうちにお願いできますか? ここを一旦閉めなくてはいけませんし、馬車の手配も――それに……」

「……それに?」


 アウルが問うと、役人は下唇を巻き込むように噛んだ。


「……どこで誰が聞き耳を立てているか分かりませんから……」

「ああ……なる……そういう感じか」


 狭いところに金持ちが集まると大変だ。特に戦乱の歴史を挟んで、もっと大きな国の統治下に潜り込んだようなところだと。


 ――翌朝、まだ日も昇りきらないうちから、アウル達は馬車の人となった。


 二頭立てだが御者はなく役人が手綱を握っている。引き回す荷車も二人掛けに小さなトランクが一つ。最悪の事態を想定して簡単な野営道具を持参したが、それで目一杯だ。

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