相談
通例にならい冒険者ギルドを訪ねると、街の首長や議会との面会が約束されていた。面会の約束まではギルドがやってくれるが、後の交渉は冒険者当人に委ねられているのだ。
幾度となく同じ手続きを繰り返してきたが、アウルには未だ不可解だった。
勅命を帯びた勇者が、なぜ個人で交渉しなくてはならないのか――。
そして。
「――というわけで、貿易に使っている船を提供することも不可能ではありません」
屋敷の広間に会するジー達にそう告げ、首長は肩越しに臨席する貴族達を見回した。街の議会と称される集団だ。首長は口を貸しているだけだろう。その間接的な証拠に、首長の心労が年の割に白めいた髪と額の皺となって現れている。
「……つまり、貿易船を貸すには対価がいると、そういうことですか?」
ジーが言った。この手の交渉事になるといつも見せる心配げな顔をしていた。
「対価より収益だよ」
首長より早く、議員の一人が言った。
「街は大変な財政危機にある。鉱山が使えない今、限界まで船を動かすしかない。特に、外洋まで出られる船となると……」
「だから船が空くように鉱山の魔物をなんとかしろって?」
話を遮り、アウルが言った。議会と称される集団が不愉快そうに眉を寄せ合い、首長が後ろめたそうに首をすぼめた。
金がないから船を貸せない? だったら、とアウルは冷笑気味に言った。
「魔物に帳簿を見せてやったらどうだ? 火の一つも出るかもしれない」
「……いささか無礼がすぎませんか」
口ひげの男が声を鋭くした。服装と口調からして商人だろうか。ジーが牽制のつもりかアウルを見やる。カークやミレリアの視線も浴びて、もうやめるよとアウルは小さく両手を立てた。
「我々は協力を約束します。冒険者の皆さまのご活躍のおかげで、安全な領域は確実に広がっていますからね。とくに、ジー。さすがは勇者さまのご一行だ。あなたがたが辿ってきた道程に安全が約束されたからこそ、鉱山の再開が意味を持ってくれる。海に頼らずとも陸路による内陸部への輸出も可能になるのです。――すれば、現状、漁船の保護費を減じ、貿易船をお貸しできます。勇者さまの旅はつづき、勅命も果たされ、街も存続するというわけです」
長々と喋るだけ喋って、商人は満足気に赤ワインのグラスを取った。
「ん」
とエルロが小さく挙手した。街に入るときはいつもそうするように、ポンチョにつけたフードを目深にかぶっていた。
「魚とりに使ってる人をぜんぶ山にまわせばいい。ふね? も使えるようなるし、魔物? をたおせば山も使える」
広間に奇妙な沈黙が流れ、アウルは吹き出しそうになった。厳しい環境で生きるためか、カルガ族の思考は独特だ。ちまちまやってるから悪い。全員でやれ。そのあいだ船は使えないから借りても問題ないはずだ、となる。
「だから! それができねぇから俺らに頼んでんだよ、みんな!」
カークが怒鳴るような声で言った。
「――ったく、これだから嫌になるんだよ――」
カルガは。そう続きそうだったが、先にジーが口を開いた。
「分かりました。では僕らが鉱山を解放できたら、船をお貸しください」
高まった緊張が一気にほぐれようかという、そのときにアウルは訊ねた。
「なにが分かったんだ? なにも分かってないだろ?」
なぜ受け入れる。他の方法は? お人好しすぎると内心で苛立ちながら、加える。
「ギルドの傭兵が失敗してるんだろ? 俺達が行く意味は? 実力? エルロの意見じゃないけどさ、俺達だけで行くより人数かけた方がいいはずだ。それに俺達は勅命を受けてるんだ。俺達に協力するってことは、王や国に協力するってことだろ? 逆に――」
アウルは瞳を昏くし、議会を見回した。
「俺達に協力しないってのは、王や国に反抗するって意味になるんじゃないのか?」
にわかに街側が緊迫し、互いを牽制し合うように目くばせを始めた。
「アウル……! あなたという人は……!」
鋭い声を見やると、ミレリアが顔を険しくしていた。
ジーがやれやれと言わんばかりにため息をついた。
「落ち着いてください。みなさん」
議会をなだめ、アウルに向き直った。
「そうだよ、アウル。アウルの言う通り、僕らは勅命を賜ってる。僕らの意志は国王陛下と国家の意志――ギルドが国家の枠を超えているのなら、世界の意志といっていい」
勇者ジーは、議会に向き直った。
「世界は皆で力を合わせ難局を打開しようと戦っています。僕らはそれを体現するためにいます。世界が民を守ろうとするように、民もまた世界を守ろうとしている。僕らは世界の代表者として、僕らを助けてくださる皆さんの世界も守ってみせます」
広間に安堵と感嘆の息がこだました。パーティの意思決定はなされたのだ。アウルが反論を重ねたところで議会との軋轢を生むばかりで好転しないだろう。
しかし、アウルは――湿った泥土のような瞳に思う。
お前の言う世界を構成する民のなかに、俺を含めてくれるなよ、と。
重い息をこらえ、ジーやカークらに続いて、アウルは勢いをつけ席を立った。
首長と議会が用意したという宿に荷物を下ろしたジー達は、さっそく彼の部屋に集まり作戦会議を始めた。旅のはじめ、男と女で分かれた部屋割りは、アウルの参入で少し歪になり、エルロが加わったことでリーダーのジーを別枠とするようになっていた。
「じゃあまず……情報収集だね」
ジーが苦笑しながら口火を切った。丸テーブルを囲む四席にカークの姿はない。ジーのために用意された、アウルとカークが使う部屋とはまるで質の異なるベッドに横たわっていた。
「それなら私はいつもどおり――」
「うん。ミレリアは祈りの場をお願い。それと余裕がありそうなら病院か……」
「ジーはギルドだろ?」
アウルが言った。
「だったらミレリアは教会を回ってジーと合流すればいい。討伐に参加した冒険者の名簿がいるだろうし、怪我人やらの名簿と突き合わせてさ」
「……そうだね。それがいいかもしれない。ミレリアはそれでいいかな?」
問われ、ミレリアは「はい! よろしくお願いします!」と嬉しそうに応じた。
「んじゃ俺は――」
酒場で一杯やってくる、つもりだったのだが。
「今回は俺が酒場な?」
ベッドの上で、カークがニヤリと片笑みを浮かべた。
「前の街じゃしんどかったんだ。カルガ族のお守りなんて二度とごめんだ」
ジーが、一度、固く目を瞑った。ミレリアが下唇を噛むようにして、ジーからエルロへと視線を移した。その意図を、発言を求められたと受け取ったのか、
「ん」
と、エルロが小さく手をあげた。
「私は、もっと近くで海が見たい」
子どもかよ。子どもか。とアウルが顎を上げ、ジーも困ったような笑みを浮かべた。
「エルロ? いつも言ってるけど、遊びじゃないんだよ? 僕らは情報収集をしたいんだ」
「そうだぞー? お前がフラフラ出歩くと、着いてく奴がしんどいんだ」
カークがそう続け、ジーの笑みが痛みを帯びたように見えた。
誰も、何も言おうとしない。
神官のミレリアは祈りの場を訪ねる。天におわす六柱の神を奉る場だ。当然カルガ族の巫女を連れて行けない。カークは態度で付き添いを拒否している。残るはジーとアウルだが――、
「それじゃ、エルロは俺と港の偵察だな」
「ん」と、エルロが小さく頷いた。「はぐれないように気をつけて」
「あい、了解。ポンチョの裾をつまんで着いてくよ」
くふふ、とエルロが含み笑いをし、ジーがほっと息をついた。
「ごめんね、アウル。いつも助かるよ」
「…………まぁ、それくらいしか役に立たないからな」
アウルは口の端を吊りながらジーの肩を小突いた。お前が謝るのは違うぞと思いつつ。
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