名演技?
「街で噂を聞いたんだ。金になるかと思って来てね。ほら、名入で紹介状をもらえるって言うし、それがありゃ特例で冒険者ギルドに入れてもらえるかもしれない。ここまでなんとか潜り込めたんだけど……メシ作ってるとき思ったんだ。今、ヤバいことしてんじゃないかって」
アウルはあたかも涙をこらえきれくなったかのように膝の間に顔を隠した。
「したらさ、ブルっちまって。ここまで入り込めたくせにさ。動けなくなったんだよ」
声だけは上手く震えてくれなかった。そして顔を膝の間に入れたのは失策だった。襲撃者の表情が分からない。嘘だとバレていないか。演技としれていないか。確かめるすべがない。頼むからお人好しであってくれ、とアウルは神に祈った。
「……君、名前は?」
降ってきた穏やかな声に、アウルは祈りが神に通じたものと知った。それが善神か悪神かはわからない。安心して顔をあげると、真剣に哀れんでいるらしい青髪の少年と、その後ろで明らかに不審そうにする大男と、一筋の髪の毛ほども信用していなそうな眼鏡の少女があった。
「俺はアウルだ。あんたらは――どうでもいいか。娘はこの部屋の奥。死んでたよ。殺されてた。俺は間に合わなかった。見たかったら好きにしな。それから――」
アウルは立てた両膝の上に腕を投げ出し壁にたれる鳴子と糸を指さした。
「さっき、連中がそいつを引いた。頭領のとこに繋がってるかも。行くなら気をつけてな」
「……分かった」
青髪の少年が言った。
「じゃあ、君はここで待っててくれるかな?」
と、言い切るかどうかというとき、後ろの男が声を荒らげた。
「はぁ!? おい、ジー! こんな奴の言うこと信じるのか!?」
「そ、そうです! 絶対に変です! だってこの人――」
すぐに眼鏡の少女も続いたが、ジーと呼ばれた少年はかぶりを振った。
「たしかめるのは後でいい。それよりも今は、ボスを叩くのが先だよ」
大男が言葉を詰まらせた。
「んな――後ろから来られたらどうすんだよ!」
「それをさせるカークじゃないよね?」
ジーがそう一言くわえると、大男は唸りながら押し黙りアウルを睨んだ。ジーは困ったように笑いつつ、眼鏡の少女に言った。
「隊列を変えよう。カークが殿、僕が先導する。ミレリアは間に。いい?」
「そ、それは、いいですけど……」
ミレリアと呼ばれた眼鏡の少女もまたアウルを見た。綺麗な顔立ちだった。眉間に疑念の色濃い皺さえ刻まれていなければ――。
なんにせよ、パーティのボスはジーと見て間違いない。アウルは自然を装い息をついた。
「疑うのもわかるよ。義憤で動いたわけでもないし、ギルド員でもないし――でも、これは分かってくれ。俺は疲れた。躰が重くてたまらない。今のままじゃ足手まといだろうし、俺はどうすりゃいい? どうするのが正解だったんだ?」
最後の質問は真に迫っていた。当然だ。アウル自身、本当にそう思っていたのだから。
「ここで待ってて」
ジーは迷う素振りすらなく言い切った。
「僕らが戻ってこれたら、僕らと来て、事情を話して欲しい。でも、もし僕らが――」
「戻ってこなかったら? 娘さんの遺体を持って帰ればいいのか?」
「いや。街に戻ってギルドに状況を伝えてほしい」ジーは垂らしていた左手で拳を握ると、中指に嵌めている緑翠の指輪をアウルに見せた。「僕らは『勇者』だ。かならず代役がくる」
「マジか」
アウルは思わず口走り、下唇を噛むようにして言い直した。
「分かったよ。俺はここで、お前らの武運を祈ってる」
前を通り過ぎるジーに幸運を祈るとハンドサインで伝え、目一杯に警戒してくる大男のカークと眼鏡のミレリアに手を振り、やがて背中が暗闇に消えたところでアウルは勢いをつけて立ち上がった。尻についた砂埃をはたき、消えかけの焚き火に息を吹きかけ火を熾し直した。
「……まぁちょうどいい止め火になったか」
アウルは鍋に突っ込まれたままの木杓子を握り、底の方からかき混ぜた。
耳をそばだてれば洞窟の奥から剣戟の音が聞こえる。ようやく火勢を取り戻した火が肌に暖かく感じた。沸騰しないように混ぜつつ、温まったのを見計らい、椀に注ぐ。
――上手くいった……のか?
アウルは困惑していた。泳がされているのでは? あまりに望み通りに進みすぎているのではないか。逃げたほうがいいんじゃないか? いや顔を見られてるしな。短な思考を散らしながら、アウルは椀に注いだ馬肉のシチューを啜った。
「……っぁぁぁあああ……」
思わずため息が漏れた。材料の質が違う。普段なら飲むより売るだろうワインを使い、普段なら潰すことさえ躊躇われる馬のモモ肉を煮込んでいるのだ。美味と贅に手が動く。
壁際で鳴子の糸が揺れた。頭領の部屋につながる糸だ。耳を澄ませば詠唱の声が幽かに聞こえる。魔力――神官なれば奇跡の力か。肌を撫でるような感覚が空気の震えで伝わってくる。
「……いやぁ……悪いね、親分。俺だけ先にもらっちまってさ」
鼻を鳴らし、アウルは馬肉を食んだ。長々と煮込んだ甲斐があった。肉は簡単に解け、森で採取した野生のハーブとキノコがいいアクセントになっている。断末魔とは違うのだろうが怒号とも悲鳴ともつかない声を肴に椀を突いた。
「あいつ、そんな強かったっけ?」
アウルは盗賊団の頭領に思いを馳せた。顔すら満足に思い出せなかった。声なぞもっと難しい。しかし、柔らかくなった野菜を口に運ぶうちにどうでもよくなり、革鎧に飛んだ返り血の臭いも気にならなくなった。相手を人に限った話ではないが、殺しの後は腹が減るものだ。
ズン、と洞窟全体が震えた。
「……おっとろしいなぁ……勇者ってやーばいわ」
アウルは頬を引きつるようにして笑い、椀にシチューをおかわりした。
勇者というのは、冒険者ギルドに所属する者に与えられる、三種の区分の一つである。智・武・勇を職能と定めるギルドでは、仕事も三種に大別されるのだ。
都市間、国家間を移動し、土地の見聞を報告したり物品の輸送を行う旅人。
主に都市に定住し、民間人や貴族の個人的な依頼を請け負う傭兵。
そして、国家あるいは国王の勅命を受け、超法規的な活動を許された、勇者――。
ジー達が指にしていた緑翠の印章が入った銀環は、勇者の証だ。
たかだか貴族の娘を拐った程度の盗賊団は、国の勅命をこなす勇者に狙われたのだ。
「……いやまぁ、考えようによっちゃあ名誉なことか……? なあ、親分」
アウルが洞窟の奥に顔を向けると、ほとんど同時に、気配が消えた。赤黒いシチューを口に運んだその匙を咥えたまま、苦笑いで付け足す。
「ご愁傷さま」
それにしてもとアウルは思う。お高いワインを使うなら、潰した馬より荷にあった牛肉を使うべきだったのではないか。野生のキノコは我ながら正解の選択だったと思うが、ハーブについては野性味が強すぎた。というか、どうせ食べるのなら、こんな泥臭く血腥い洞穴ではなく大きな家の暖炉の前でのんびりといただきたかった。
――あいつら、仲間に入れてくれないかな。
アウルは空になった椀を見つめながら考えた。
逃げる方便にいいかと思っただけだが、さっきの反応からするに、アリかもしれない。説得するならリーダーらしき青髪の少年、ジーだ。お人好しのようだし同情を誘う方向で。そういう意味では親分を殺してくれたらしいのはアウルにとって運がよかった。
彼はアウルの顔と名前を知っている。意地も汚いから、最悪、道連れにしようとするかもしれない。余計なことを言ってくれてなければいいんだが――。
「え――?」
か細い声があった。匙を咥えたまま振り向くと、眼鏡のミレリアが顔を歪めていた。つづいて大男のカークが口元を拭った。顔の半分が返り血で赤く濡れていた。
「……お前、メシ食ってんのか……?」
あえて確認するまでもない侮蔑の眼差し。
――食ってちゃ悪いか? ……悪いのか。
アウルは内心で呟いた。思索にふけるあまり帰ってくる足音への注力が薄れていた。彼は胸の内で言い訳を考え、青髪のジーに狙いを定め椀を差し向ける。
「あんたも食うか? これ俺が作ったんだ。新入りはまずメシ番ってことらしくてさ」
呆然自失に見えてくれているだろうか。眼の前で女房を殺された男などが似たような行動を取ることもあったが、真実味はいかほど演出できているだろうか。
果たしてジーは、下唇を巻くようにして噛み、しばし間を置いて言った。
「……アウルもやったのかって、彼は言ってた」
面倒くさい断末魔だよ、とアウルは焦りを隠し鍋に木杓子を突っ込んだ。新たに注ぐ。無性に腹が減っているのも本当だった。
ジーが近づいてくるたび、鎧が金擦れの音を立てた。
「君、アウルって言ったよね?」
右手に垂らした剣に、ほのかな殺気――いや、もっと澄んだ、無色の何かが乗っていた。
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