第四十八話 処女ですが聖母になりました【完結】

獅子座流星群をかき消すほどの天体ショーから、半月ほどが経つ。


あれから私はアロイス様と共にグリスローダ城へと足を運んだ。

死んだと思われていた私の姿を目の当たりにして、腰を抜かした者もいたから、ちょっと申し訳ない気分だ。


国王陛下が体調を崩されているということで、私達は代理の第一王子、ジェール殿下に謁見し、これまでのことを報告した。


お腹の子は、実は神の子が一時的に宿っていただけだったこと。

私が、神の加護を受けて復活し、現世に戻ってきたこと。

『かつて水没した大陸の西側が、数十年の時間をかけて、少しずつ浮上する』という、神からの預言があったこと。


加えて、私達が婚約すると伝えると、殿下は快く祝福し、書類上でも侯爵令嬢として正式に復帰させて下さった。




今夜、私の実家ローデント侯爵邸にて、私とアロイス様との婚約披露パーティーが執り行われる。


控えの間で、私は白地に藍色の差し色が入った、フリルが控えめの、品の良いドレスに身を包んでいる。髪はハーフアップにして、黒く細いリボンと藍色の髪飾りでまとめた。

年上のアロイス様に合わせて、大人っぽく決めてみたつもりだ。


「この間まで子どもだと思っていたのに、こんなドレスを着こなすようになったのね……」


感慨深げに、そしてちょっと寂しげに呟くお母様。


「でも、いいわ。いろいろ大変なことばかりが続いたのだから、今度こそ、ちゃんと幸せになるのよ?

二人の子供が生まれたら、毎日でも遊びに連れてらっしゃいね?」


そう言って笑顔を作ったお母様を、メイドが呼びに来た。


「奥様、アードラー公爵様がおいでになりました」


「分かったわ、すぐに戻るわね」


そう言いながら控えの間を出ていくお母様と入れ替わりに、別のメイドがやって来た。


「ちょっと、ちょっと……」


と、手招きをしながら、部屋の中にいた二人のメイドに手招きをする。

二人は何事かと顔を見合わせながら、私に向かって


「何か、用事があるみたいなので、少し席を外しますね」


と許可を取り、部屋を出て行った。




一人、控え室に取り残された私。


「皆、支度で忙しいのね」


私とアロイス様のために動いてくれているのだもの、感謝しなくては。

壁に掛けられた大きな鏡の前で、カーテシーのポーズを取ってみる。




バタン!




不意に、背後のドアが開いた。

鏡には、今日呼んでいないはずの人が映っている。


「ユリエル、あんな男と婚約なんかさせないよ」


蝶の舞ったあの日、問答無用で婚約破棄をした前の婚約者、シェラン様だった。


「どうして……!?」


「愛してるからに決まっているだろう? 

それに国王陛下ちちうえだって、神の加護を受けた令嬢の方が良いと言っている」


陛下もグルなのかと思うと、眩暈がする。


「誰か……! 誰か来て!」


「父上から魔道具を借りてきてね、ほら」


リリン、リン……


それは沈黙のベルと呼ばれる魔道具だった。王家の家宝の一つで、鳴らすとしばらく周囲の音が消えてしまう。


「本当は眠りの琴でも持ち出せれば、よかったんだけどね……さあ、こっちに来るんだ」


控えの間には煌々と灯りがついていて、闇が見つからず、逃げ場がない。その間にも、第二王子はジリジリと近寄ってくる。




【助けて! アロイス様!】




声にならない声で、そう心の底から叫んだ瞬間、旋風が巻き起こり、シェラン様の身体が天井に叩きつけられ、そのまま床に落下した。

私はすぐにアロイス様の元に駆け寄る。彼はすぐに消音を無効化した。


「無事か?」


「ええ」


「第二王子、立ち去られよ。このことはジェール殿下に報告する」


私の肩を強く抱きしめたアロイス様が、殿下に告げる。

ゆらりと立ち上がったシェラン様は脳震盪でも起こしているのか、ふらついていたが、玄関に向かって走った。

驚く周囲の人々を無視して、彼は出口のドアの前でこちらを振り返ると、虚勢を張った。


「アードラー! 貴様、よくも王族をコケにしてくれたな!! 魔導士団の団長など、解任してやる!」




……彼がそう言い終わるか、終わらないかという瞬間。

遠くから白い光の玉がすごい勢いで飛んできて、開いていたドアから入ってきた。


「ママ達を、いじめるなーーーーーー!!」


赤ちゃんの声が辺りに響く。

その叫びと共に、シェラン殿下に白く、細かい稲妻が降り注いだ。


「わああああ!?」


頭を庇うようにしゃがみ込む殿下。

皆、唖然として身動きせずに、その場を見守っている。


……だが、何も起こった気配がない。

しかも、ノエルはそのまま、空へと帰ってしまった。


「な、何かと思えば、ただのコケおどしか……」


シェラン様は気を取り直したように、立ち上がった。

が、その瞬間、彼の服はハラハラと細かい布切れとなって、全てが舞い落ちたのだ。下着まで。




……結局、シェラン様には、お父様の服を貸し、王家の馬車で、即効、お帰りいただいた。

後からしっかり王家に苦情を入れたのは言うまでもない。

話を聞いた婚約者からは婚約を破棄され、彼はショックで、自室に閉じこもっているらしい。

今回の件で、シェラン様を焚きつけた国王陛下は蟄居し、来月にはジェール殿下が新たに王位を継承するのが決まった。




さて、それはそれとして。

アロイス様のたっての願いで、結婚式は一か月後と、最初の予定よりも、かなり早められた。

結婚後は学園には通わず、試験を受けて単位を取り、卒業資格を得る予定だ。


神の加護を受けた私は、教会からは『聖女』として洗礼を受ける予定だったけれど……

衆人の目前で、小さな神様から「ママ」と呼ばれた私は、その場に居合わせた正教会の司教様から、『聖母』として認定されることになってしまった。




「はあ……まだ、何にもしてないのに、皆に『ママ』認定されちゃうなんて……」


左手にはめた婚約指輪を眺めながら、ちょっと愚痴ってみる。


「でも、本当の『ママ』になる日も、そう遠くはないかもしれないよ?」


私を抱きしめて膝に乗せている、一番大好きな彼が、耳元でそう囁いた。








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これでこの物語は完結です。

最後まで読んで頂いた皆様、本当にありがとうございました。

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