第四十七話 星空の奇跡
満天の星空の下、私とアロイス様は、一緒に星空を見守っている。
これから、獅子座流星群が空を流れるという。
外は肌寒く、私はお気に入りの、肌触りのいいショールを肩に掛け、空を仰いでいた。
「ユリエル。ゾンネを追放する件、次の獅子座流星群の夜に決行するわ」
エルデさんからそんなお告げがあったのは、10日ほど前だった。
「獅子座の星が流れると、ゾンネが持つ獅子の力が薄れるの。これを逃せば、チャンスは遠のくわ。
それで、たってのお願いがあるの。
この日の夜に『神の奇跡が起きると予言があった』と、大陸の他の国にも周知してもらいたいのよ。
そして、なるべく多くの人に空を見守ってもらいたいの。
より多くの人間が空を見ていれば、私たちの力が強まるの。だから、お願い……」
アロイス様に相談すると、彼はすぐに王宮に相談し、各国に使いを出してもらった。
今夜、それぞれの国で、それぞれの民が、皆で空を見上げることになる。
「三柱の神がゾンネを追放する時、空中に作った時空の歪みに押し込んで、閉じ込めるだろう。おそらく、派手にやりあうことになるだろう。
……我々は、それを奇跡として利用させてもらう。
ユリエル、君は、神の奇跡で生き返ったことにするんだ。
そして、生き返った君は預言をする。
『今後、時間をかけて、少しずつ大陸の西半分が浮上する』
……とね。
君は神の加護を受けた者として、社会に戻ると言う筋書きだ。
エルデ神にも了承を取ってある」
「そうなの……」
今一つ実感が湧かない。
それに、自分が社会に戻ること以上に心配なことがある。
そんな戦いに巻き込まれて、ノエルは大丈夫なんだろうか……?
まだ生まれてすらいない、赤ちゃんなのに……
私は胸の前で両手を組んで、ノエル、そして神たちの無事を祈った。
***
最初の星が流れてしばらくすると、空に、流星群以上の異変が起こり始めた。
素早く動く赤い光、地上から放たれたようなオレンジ色の光、空全体を包むカーテンのような緑色の光。
全ての星を覆ってしまうような暗闇が空を覆ったかと思えば、チラチラと白い光が瞬く。
花火とは違う、空全体が色彩で染め上げられるような光景に、私も、アロイス様も固唾を飲む。
おそらく、大陸中の人間が、同じように空を見つめているだろう。
ところが、ある瞬間、異変が起きた。
白い光が、空全体を強く照らした直後、落下し始めたのだ。
白い輝き……あれは……ノエルのはず!
私はすぐさま立ち上がった。コテージの前から駆け出して、森の中の暗闇に飛び込む。
ノエルのところへ……!!
私が暗闇から吐き出されたのは、夜の空だ。
雲が浮かぶほどの高さがある場所で、気が付けば、すでに落っこちている最中だった。
「ええええええ!?」
パニックに陥ったが、すぐ側で、赤ちゃんの声が微かに聞こえた。
ノエル!?
う、生まれてる!?
薄くぼんやりした白い光に包まれた、へその緒のついた赤ちゃんが、すぐ横にいた。
急に生まれてしまって混乱しているのか、重力のままに、落下している。
思わず、手を伸ばし、抱っこした。
少し上では、自棄になったゾンネ様が全方向に向かって攻撃をしていて、エルデさんも他の神様も来られないようだ。
急いで闇を探そうとするが、地上の人々は、ほとんどが灯りを持って外に出てきている。
咄嗟に潜り込める闇が、意外に見つからないのだ。
このままだと、二人とも地上に叩きつけられる。
「た……助けてーーーー!!」
声の限り、叫んだ。
「やれやれ……」
よく知っている声がした。
身体がふわりと軽くなって、落ちるスピードがグッと遅くなる。
気付けば、ノエルを抱っこする私は、アロイス様に抱っこされていた。
私達の周囲を、シャボン玉のように結界が包んでいる。
「本当に、自ら危険に飛び込むのは、自重してもらえないかな」
「だって……」
気不味くなって、口ごもっていると、彼はそっと微笑んだ。
「大丈夫、何があっても、守るから」
返事をする前に、突然、稲妻が落ちたような音が響いて、私達は空に視線を上げた。
赤い光の勢いが弱まったと同時に、空一面に赤い、獅子の横顔のような光が拡がっている。
その直後、空が真一文字に黒く切り裂かれた。
そして、赤い光が消え、空は静寂に包まれる。全てが終わったのだろう。
「エルデ!」
私の耳元に、妻の名を呼ぶ、ゾンネ様の最期の声が届いた気がした。
世界の狭間に追放された彼は、もう二度と彼女に会うことはないだろう。
そもそも、『呪いの星』の呪いだって解けていない。
会ったとしても、姿も見えず、声も聞こえず、触れることも叶わない。
だけど、それも自業自得だと思う。
さよなら、身勝手な神様……
***
無事、地上に降り立った私達。夜風が体温を奪うのを感じ、私は掛けていたショールを外し、ノエルを包んだ。
さっき、あんな窮地に陥っていたのに、ノエルはきゃっきゃと笑っている。
人間だったら、相当な早産だけど、この子は大丈夫なようだ。
「……こんにちは、ノエル。生まれておめでとう。
きっと、もうじきママが迎えに来ると思うわ。だから安心してね」
「ママ……、ユリエルママも、大好き」
「……ありがと。ママも、ノエルが大好きよ」
目の前のノエルがユラユラ揺らいで見える。
腕の中にいる、乳白色の髪に、天使よりも可愛い顔をした、小さな赤ちゃん。
事情を知らなかったとはいえ、ずっと、自分の子だと思っていたのだ。
たとえ、自分とは血の繋がらない子だと知っても、情が消えたわけじゃない。
ずっと心配してたし、この子の幸せを願っていた。
「いつでも、気が向いたら、遊びに来ていいからね」
森の木の影が伸び、そこから出てすぐ、息急き切って走ってくるエルデさんを見ながら、私はノエルにそう話し掛けた。
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