第四十六話 和解、そして……

「では、灯りを消します」


アロイス様が灯りを消すと、周囲は深海そのままの闇へと戻った。

闇を介して、エルデさんが私達がいる結界を死火山の底へと繋げる。




死火山の底には洞窟があり、小さなマグマの池が沸いていた。ここは名前通りの死火山ではなかったようだ。


「出るわよ、覚悟して」


エルデさんの言葉と共に、私達を包む結界が現れたのは、誰かの影。

マグマの池の縁に佇み、溶岩と呪いを練り合わせるマーモアの後ろ姿から伸びる、長い影の中だった。


「……驚いた。よく顔を出せたものだ」


恨みのこもる声が、洞窟に低く響く。

群青色の長い髪を一つの三つ編みにまとめた、エルデさんの記憶の中で見た、女神マーモアだ。

こちらを見ようともしない、その背中からは怒りが沸々と感じられる。


間髪入れず、呪いの混ざった溶岩のつぶてがいくつもこちらに飛んできた。

アロイス様が咄嗟に水晶のような障壁を張り、防ぐ。


「ああ、お前も来ているのだね。闇に与する邪悪な魔導士が。

おかげでゾンネの影を逃してしまったよ。

せっかく、一所に留まっていたというのに」


「マーモア……ごめんなさい。許してくれとは言わないけれど、話を聞いて欲しい」


「あはは、聞く耳など、ないねえ」


さっきよりも大きな溶岩の塊が、さっきよりも数多く中に浮かび上がる。

それがこちらに放たれそうになった瞬間。


カッ、と白い光が洞窟を照らし出した。

塊は、そのまま力を失い、池の中にドブン、ドブンと落下する。


「誰だい!? ゾンネ……!? いや、違う……」


初めてマーモアがこちらを振り返った。怒りの中に、戸惑いが見え隠れする。


「この子よ、新しく命を授かった、神の子。ノエルというの」


「何を言っているの、神が五人になったら、世界のバランスが崩れるわ」


「ええ、だから、大陸の平穏を破壊する神を一人、追放したいの」


「あれの妻の言うことなど、信じられるものか」


「ええ、私は彼を止められなかった。それは私の罪だわ。

神として誰かを攻撃する力を持たない私は、ずっと彼に見下されてきた。

何もできない、非力だ、無力だ……ずっと言い聞かされてきた。そう思い込まされてきた。


だけど……私は母になる。この子を守るためなら、なんでもできる。

もう何を言われても、動じない。


大陸を沈めた彼に、罪を償ってほしい。

そしてこの子を、大陸を治めるに相応しい神に育てたい。


あなた達に許してくれなど言える立場ではないのは分かってる。

だけど、本当に申し訳なかったと思ってる。

お願いだから、何とか力を貸してほしい」


ほんの一瞬、洞窟が白い光で照らされた。

それは、友愛の気持ちで満ちた、暖かい光……


マーモアが無言でエルデさんのお腹に手を差し伸べ、触れる。


「……抵抗しないのか? 私はこのまま、腹を殴りつけるかもしれないのだぞ?」


「この子が、あなたを信用して抵抗しないから、私もしない」


しばらく無言でお腹を撫でていたマーモアの顔から、頑なさが消えていく。


「……こんな、まっさらな神など、初めて見た……生まれたら、抱かせてくれるか?」


「もちろん。それじゃ、こんなところからは出ましょう。大地と豊穣の神には、地上が相応しいわ。

グラニーツも、もう自由になってる。夜だけなら、私はどこにでも連れて行ける。

さあ、行きましょう」




***




私とアロイス様は闇を通し、再び、森のコテージへと送り届けられた。


エルデさんはあの後、マーモア様をグラニーツ様のところに送り届け、三人で……いや、三柱でゾンデ様を追放する策を練ると話していた。神様が交代したら、この大陸は変わるのだろうか……

多分、今よりもっといい場所になるだろうと思う。


だけど、戻ってきた私達には、神の真実をこの世界に伝えるのとは別に、一つ大きな問題があった。

私はこの国で、すでに死んだものとされていることだ。


しかも、偽装した葬式を終えた後、埋葬直前に、死体の振りをした私はゾンネ様に攫われている。

これでは、誰も私が生きているとは思っていないだろう。

両親は一応事情を知っているけれど、ずっと会っていない。


神の子どもだったノエルが私のお腹にいた頃は、誰かに利用されないように人の目から隠す必要があった。

だけど、もうそんな必要はどこにもない。


森に閉じこもったまま一生を終えるか、それとも外国に移住するか……

そんなふうに迷うこともあった。


最近はアロイス様もこのコテージで一緒に暮らしている。

もちろん、寝室は別だけれど……




地底から戻って、一週間ほどたったある日。


仕事から帰ってきたアロイス様が、着替えもそこそこに私を抱き寄せて、言い出した。


「やはりこのままではダメだ」


「え?」


「ユリエルの、人としての権利を取り戻したい。

あなたが以前のように、両親や友達と会ったり、図書館やカフェに行ったり、買い物をしたり……

生まれ育った場所で、自由に過ごせるようにしたい。生き生きと暮らす姿を見たい。


あれからいろいろ考えたが……

なんとかして、あなたが生き返ったことにしようと思う」


生き返ったことにするって、そんなことができるの?

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