第四十五話 二柱の復活

アロイス様は、しばらく私を抱きしめたままだった。

自分の鼓動が耳につく。彼にも聴こえているのだろうか。

だけど、ここはまだ、彼の心の中だ。


「あの……」


「分かっている。先に戻ってくれ。すぐ追い掛ける」


言われて、一瞬気が遠くなった私は、気が付くと死火山の頂上にいた。

目の前には、アロイス様を包んでいる水晶が立っている。その透き通った石の頂点で、ピキッと硬い物が割れる音が小さく鳴った。そのままガラガラと崩れ去る水晶の中から、彼の全身が空気に晒される。閉じた目が開き、大きく息を吸った。


大丈夫! 生きてる!

真っ先に、それを思った。


「アロイス様! よかった! 大丈夫ですか!?」


「…………大丈夫じゃ、ない」


「えっ」


彼の、実体を伴った両腕に、絡め取られる。


「ユリエル、ユリエル、ああ、本物だ。……愛してる」


今までにないほど、力強く抱き締められる。

再び、口付けを落とされる。

さっきよりも、ずっと時間が長く感じられる。

自分の鼓動も、彼の鼓動も早まっているのが分かる。


「もう、絶対に離さない」


たくさんの水晶の破片が輝く中で、私は長時間、抱き締められていた……

が、はたと気が付く。


「そうだ、ここに送ってくれたのは、エルデさんなの……多分、待ってるから、行かなきゃ」


「そうか、仕方がないな……」


彼は渋々といった感じで抱き締めるのをやめ、横に立つと肩を抱き、転移魔法を唱え始めた。




***




私達は、エルデさんのアパートメントに戻った。


「お帰りなさい! お二人とも、無事でよかった!」


パールが私に飛びついてくる。


「いや、これはいったい……」


アロイス様は、女神の姿に戻り、しかもお腹が膨らんだエルデさんを見て、唖然としていた。

私のお腹が平らになっているのにも、ようやく気付いたようだ。


私達はアロイス様に、水晶に閉じ込められていた間の、あらましを話した。


ノエルが本当はエルデさんとゾンネ様の子どもだったこと。

そして、ノエルはエルデさんのお腹に戻ったこと。

ゾンネ様の所業で、この大陸の西半分が沈み、地底の魔神と女神がその下敷きになったこと。


「なるほど、そんなことが……」


アロイス様は得心がいったという顔で、軽く握った手を顎の下に当てた。


「女神様は、これからどうなさるおつもりですか?」


「エルデでいいわ。私は、地底にいるグラニーツとマーモアを助けて、謝罪するつもりよ。まあ、許されないでしょうけどね……

ただ、私はあなた達二人に、人間の証人として、一緒に来て欲しいの」


「証人、ですか?」


「人間に、神の真実を知ってもらいたいの。

神は、もともと力を持った存在だけれど、人間の信仰心を得れば、その力を増幅できる。

だけど今、グラニーツとマーモアは魔人と魔女として不当に貶められているの。

ゾンネが人間の信仰心をほとんど独り占めしている状態だわ。

それでは彼らの復権はなかなか望めない。

だから、二人を助けた後は、あなた達が人間の世界で、事実を広めて欲しいのよ。

彼らは本来、穏やかな神だから、一緒に来ても、あなた達に危害を加えることはないと思うわ」


「分かりました。幸い、ゾンネ神はあまり人間を顧みない神ですから、時間を掛ければ周知ができると思います」


「ありがとう。では、今から行っても、大丈夫かしら? 一刻も早く、あの二人を助けたいの」


「私は大丈夫ですが……ユリエル、大丈夫か?」


「は、はい!」


そういえば、彼はもう、普通に私の名前を呼んでいる。

それに気が付いて、嬉しいというか、くすぐったいというか……何ともいえない気持ちで胸が満たされた。


アロイス様がパールを転移魔法でコテージに送り届ける。

彼が戻ると、エルデさんがアパートメントの窓のカーテンを引いた。


「では……行くわよ」


薄暗い部屋の闇が濃くなった。私たちの周りに、厚い結界が作られる。

結界ごと私達は、どこかへと誘われていく。


繋がった世界の先は、光が一切届かないような、暗闇だった。


「灯りを点けてもいいですか?」


許しを得たアロイス様が、ほんのり輝く明かりを灯す。

周囲を、見たことのない、不気味な魚達が、パッと散るように逃げていった。


ここは深海だ。


結界の中から、エルデさんが、闇に向かって話しかけた。


「グラニーツ……意識はある?」


三分、いや五分程経って、返事があった。


「エルデか……何故、来た。ゾンネに何か言われたのか? とどめを刺せとでも?」


「違うわ。あなたとマーモアを助けに来たの」


「今さら、何を言っている? もう八百年も経つのだぞ?」


「ゾンネを四柱の神から外したい。新しい神が生まれるの。大陸を元の形に戻して、新たな四柱の神で治めたい」


「まさか……我々にはもう何万年も、子どもなど生まれていないのに?」


「嘘じゃない。おそらく相応しくない者がいるから、代わりに生まれてくるのだと思う」


「そなたの腹にいるのが……そうか?」


「私一人では、ここまで来れなかった。私とこの子が、一緒に支える。

お願い、グラニーツ。大陸の下から抜け出して……」


「分かった……マーモアも、すぐに出してやってくれ」


海底が、大きく持ち上がり、隙間に海流がうねるように流れ込む。

その流れに乗って、グラニーツと呼ばれた神が、陸の下からスルリと抜け出した。

エルデさんが彼に向かって、手をかざし、力を送る。


「ああ、ようやく動けるようになった……」


グラニーツは、首や肩を回し、やれやれといった表情だった。体のどこにも傷などが見つからない。

長い年月、こんな場所で押し潰されていたのに、やはり神様だ。

私がそう感心していると、彼はこちらを向き直った。


「エルデ。私はお前を許すが、マーモアはどうか分からんぞ……? あれは心底、ゾンネとそなたに怒りを抱いている。あれと対峙するだけの心積もりはあるのか?」


「覚悟はしているわ」


「ならば、死火山の底に行け」




……私が結界の中で震えると、アロイス様が肩を抱いた。

これから、何が起こるのか。だけど、逃げ場所はない。

私達は二人で、神の真実を見届けなければならないのだ。

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