第四十ニ話 懺悔のシスター

「まさか、真の聖女が出現するとは」


「サザークも聖女には違いないのですが……」


「エルデ神の加護を受けた者だぞ? マーモア様の加護を受けた聖女が、別に現れたのだ。大地と豊穣の女神の加護だ。どれだけの恩恵がこの国にもたらされることか。

敵国たるグリスローダが信奉する、闇の神の加護を受けた者なぞ、置いておけるわけがなかろう」


「あれの深淵魔法にも充分、恩恵を受けて来たはずですが? それにたとえ敵国の神であっても、加護を受けた聖女を処刑するなど……どんな祟りがあるか分かりませんぞ?」


「ならば、要職からは外し、一介のシスターとして、末端の教会にでも送れ」




……これが、当時の国王とマーモア神教教皇のやり取りである。

それから間もなく、聖騎士団の集会が秘密裏に執り行われた。




「これから作戦の概要を説明する。今回の任務は、偽の聖女を確保することである」


何も知らずに出席した、前世のアロイスは二の句が告げなかった。


ば、馬鹿な……あの御方が偽物であるはずがない。間違いなく神の奇跡を使える人物だ。

人柄だって間違いない。それなのに……


動揺する彼に、上司である隊長がネックレスのような、紐に通した群青色の貴石を、手渡してきた。


「上からの命令によれば、聖女サザークについては、神殿より追放するだけで、命までは奪わないとのことだ。

しかし、抵抗するようなことがあれば、我々は彼女を『聖女を騙る魔女』として討たなければならなくなる。

だから……彼女に一番近しいお前が、この魔封じの枷を掛けるのだ」


「わ、私が……」


「任務が失敗すれば、私の首がねられる可能性もある」


「!」




……結局、集会のあとアロイスに残されたのは、極秘の任務と濃い青のネックレスだった。




***




聖女は毎朝、誰よりも早く神殿へと出仕し、石像に祈りを捧げる。信者がいないこの時間を狙い、アロイスは聖女に声を掛けた。いつもは挨拶しかしない彼女へ、普通に話し掛けるのは、これが初めてだった。


「聖女様、お話があります」


「何でしょう?」


「あの、素晴らしいネックレスを手に入れたので、是非とも聖女様に身に付けていただきたいと思いまして……」


断ってくれ……内心そう思いながら、魔封じの枷を彼女の目の前に差し出した。

群青色の石が綺麗に繋がるそのネックレスを、しばらく見ていた彼女は、不意に視線を上げ、私の目を見つめた。


「ありがとう。あなたが首に掛けてくださる?」


彼女の微笑みが、切なげに見えて、胸に刺さる。

アロイスが首に魔封じの枷を掛け終わった瞬間、周囲のドアが一斉に開いた。


「偽聖女、ユリエル・サザーク! 貴様を連行する!」


私と彼女を、大勢の騎士が取り囲む。彼女は表情を全く変えなかった。

まるで、そうなることを知っていたかのように。




***




作戦は成功したが、彼女がどこに送られ、どのような処遇を受けたのか、我々に知らされることはなかった。

その後、アロイスは副隊長に任命されたが辞退し、自ら、辺境の警護にあたることを選んだ。


辺境は、ならず者や魔獣が出没する危険地帯だ。彼は部隊の中でも、一番厄介な仕事をわざわざ引き受ける。

あの一件以来、夜中に何度も目を覚まし、まともに寝た試しがない。

危険に身を晒していると、自らの罪が許されるような気がしたのだ。


ある夜、酒場で、酔っ払った仲間の騎士に、ひどく絡まれた。


「お前は馬鹿なのか。なんで自分を大事にしない?」


この男とは普段は気さくに冗談を言ったりする間柄だったが、相手はしばしば深酒をするタイプだった。


「こんなつまらん場所に来てまで、魔物に引き裂かれて死にたいのか? 

辺境に来るのは、脛に傷持つ奴しかいねえが、後悔を胸にしまい込んでるなら、近所の教会にでも行って、懺悔して来い。少しは楽になる」


男はさんざんクダを巻いた挙句、潰れて寝てしまった。


「懺悔か……」


酔っ払いから解放されたアロイスは、一つ、ため息を吐いた。




ある日、彼はいよいよ良心の呵責に耐えかねて、宿舎から一番近い教会へと足を運ぶことにした。

神父に事情を話し、程なくして懺悔室に通され、待つように言われる。


しばらくして、無言で現れたのは、黒い布で目隠しをした一人のシスターだった。

黒く長い髪に、細身で長身の、少しやつれた……


ユリエル・サザークだ。


心臓に大きな穴が空いたような衝撃を覚える。

目元が見えなくても、分かった。毎日、焦がれながら、ずっと側にいたのだ。間違いない。


少し下に目をやれば、首に刻まれた、声帯除去手術の跡がとても痛々しい。

言葉を失っていると、こちらが無言なのを察した彼女が「どうぞ」というように、利き手を差し出した。

その手には親指がない。


姿を見られることがなく、聞いた話を他人にしゃべることも、文字を書いて伝えることもできない。


すりガラスなどは通さずに、あえてシスターの姿を見せ、秘密が守られるのを証明する。

それが、この教会における、懺悔のシスターだ。一生、人の罪の話を聞かされ続けるだけの存在。


彼女に何を言えばいい。彼女をそんな目に合わせた者どもの一員である自分が、彼女に、何を……




無言で席を立ち、逃げ帰ったアロイスは、そこから数日後、人気のない森に入り、首を吊った。

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