第三十九話 呪いの鍵を求めて
私は目を閉じて、エルデさんの手に意識を集中した。徐々に彼女の手が私の手と、一つに溶け合っていくような感覚を覚える。
そのうち、視界が開けてきた。目の前にあるのは、薄暗い闇の中、ほんの少しの明かりを、白い地面が跳ね返している景色。白い闇だ。荒れ狂うような向かい風が吹いてきて、一歩一歩、足を進めるのも辛い。この場所全体から強く抵抗されているように感じる。
しばらく歩いていくと、地面に大きな穴が空いていて、穴の壁に沿って、螺旋階段のように下に降りられるようになっていた。穴の中からも風が吹き上げてきて、足元が覚束ない。壁に張り付きながら、注意深く降りる。
かなり奥まで降りると、下の方から、少しずつ誰かの声が聞こえ始めた。
勇気を出して、階段から穴の底を覗き込む。どうやらエルデさんの記憶が視覚的に残っているようだ。
そこにいたのは四人の男女。何かの会議をしているようだ。
そのうち、二人は見覚えがある。エルデさんとゾンネ様だ。ゾンネ様は今とほとんど変わらない容姿だが、エルデさんは少し若いように見えた。男装などせず、長い髪をそのまま垂らし、虹色のローブをまとっている。
だとしたら、残りの二人は、地底の魔人と地底の魔女マーモアだろうか。
だけど……二人は想像していたのとは、かなりイメージが違っていた。
一人は淡い緑色の短い髪をした中肉中背の男性で、威厳があるが、表情には穏やかな雰囲気が滲み出ている。
もう一人は深い群青色の髪を後ろで一つの三つ編みにまとめた、活発そうな美しい女性だ。
『魔人』『魔女』よりも『魔神』『女神』の呼び名の方が、明らかに相応しい。
「だから、大地の中心にある、獅子の力を手に入れた者が、神の王として、この大陸を統べるべきだと言っているのだ」
ゾンネ様の声だ。獅子の力……?
「あれはこの大陸の核だ。
外してしまっては、大陸自体がどうなるか分からない」
「そうよ。今まで通り四人で陸を支えればいいだけなのに、なぜそれが分からないの?」
地底の魔神と女神が声を揃えて反対する。エルデさんは無言だ。
「神があれを手にすれば、その力は数十倍にも数百倍にもなる。一人で大陸を支えるのだって、造作もないことだ」
「陸は、ただ下から支えればいいというものではない。そこで暮らす動物や植物、全ての生き物にバランスよく生命力が行き渡るようにしなければならん。核がなくなれば、バランスは崩れる。
お前はただ、自分に力が欲しいだけだろう」
「もういい、話し合いなど無駄だったな。戻るぞ、エルデ」
イメージは、そこで途切れた。
そろりそろりと壁際に戻り、ゆっくり階段を降りる。
普通の建物の三階分ほど下ったところで、いきなり悲痛な叫びが聞こえてきた。
「ゾンネ、あなた、何をしたの!? その手は何なの!?
あああ……大陸に亀裂が……マーモア!! グラニーツ!!」
「あれらはもう不要だ。これからは我々二人が、つがいの神として世界に君臨する」
「私はそんなことを望んでないわ!」
「私が望んだ」
「あの二人はどうなるの!?」
「文字通り。地底で大陸を物理的に支えればよい」
「下敷きにしたのね……」
……私は階段の壁に張り付いたまま、それを聞いた。イメージは見に行けなかった。
人間の知らない、八百年前の真実を聞いて、体の震えが止まらない。だけど、呪いの鍵はまだ見つからない。先に進むしかないのだ。
深呼吸をして、再び階段を降りる。
八百段ほど下りて、ようやく穴の底に辿り着いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、マーモア、グラニーツ……
だけど、私にはゾンネに逆らう力がない……」
最下層で、エルデさんは一人、泣きじゃくっている。
その全身には、長いトゲが生えたイバラの蔓が何重にも絡み付いて、少しでも動こうとすれば皮膚を突き刺しそうだ。
そして、彼女のお腹の辺りに蔓を何本もまとめるようにして掛かっている錠前を見つけた。
これが、呪いの鍵……
私は自分のお腹に向かって、尋ねた。
「ノエル、これ、外せる?」
「トゲを全て取り除いたら、外せる」
このトゲを、全部……
私は意を決して、彼女に話し掛けた。
「エルデさん……」
聞こえていないようだ。でも、続ける。
「今、呪いを解きます。お願い、動かないで……」
そして、イバラについているトゲを、素手で丁寧に折り取っていく。
彼女が身じろぎする度に、何度も指に刺し、手に引っ掻き傷を作ったが、時間をかけて、何百もあるトゲを全て取り払った。
「ノエル、これで大丈夫?」
「うん」
私はエルデさんの正面に座り込み、彼女の両手を手に取った。冷たい手……
目を閉じて、ゆっくりと、ノエルの力を送り込むと、冷え切った手に、じわじわと体温が戻っていく。
すると、彼女の全身を覆っていたイバラの蔓が、氷のように溶けて、蒸発し始めた。
全てが蒸発した瞬間、錠前がパキッと音を立てて外れ、地面に落下した。
多分……これで、呪いは解けたはず。
解けた……はず……
エルデさんは、動かなかった。
涙は止まっていたけれど、無言のままだ。
「エルデさん……?」
私が声を掛けると、再び彼女の目に大粒の涙が溢れ出した。
「あ……あ……私、私の、赤ちゃん! ここにいたのね!
そう言うと、彼女はそのまま私の腰に手を回し、お腹に抱きついた。
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