第十九話 答えが欲しい

私達が使っている合言葉、『白き闇』『赤き獅子』。

元々はアロイス様が昔使っていたものだと言いている。偶然の一致……? それだけとは思えないのだが……


「その男の人は、何て言う名前なんですか?」


エルデさんに、そう聞いたところで、丁度、アローことアロイス様が戻って来た。斜めがけにした鞄と手提げ籠には何やら沢山詰め込んでいる。


「ユーリ、彼女の具合はどうだ?」


アローは鞄や籠から、果物やパン、オートミールなどの食べ物を出して、どんどんテーブルに載せていく。最後に塗り薬と二本のポーションを置くと、ベッドに向かって声を掛けた。


「悪いが、俺達は先を急いでるんだ。でも、ここに薬と食べ物を置いていくから、好きに使ってくれ」


そして、私の腕を引っ張って、部屋を出ようとする。


「お、お兄ちゃん、具合の悪い人を置いていくの?」


「いいのよ、ありがとう」


横でエルデさんが、目を伏せて言う。


「そんな……」


結局、私はアパートメントの前まで、そのまま連れて行かれてしまった。建物の玄関前で、アロイス様に抗議の眼差しを向ける。


「どうして、あんな……」


「我々は、黄色い外套の連中に見張られている。一緒にいたら、彼女を巻き込む危険性がある。おそらく今日の件もそうだと思う」


背中を緊張感が走り抜けた。


「い、今も……?」


「今は目眩しを掛けてきたから追って来てないが、ずっとは無理だ。向こうも素人ではないからな。彼女にはハイポーションを渡してきたから、いずれ良くなるだろう。それより、子どもの父親を探し出すのが先決だ」


これだけ認識阻害の魔法を使って、変装もして、それでも怪しまれて監視を受けるのか……


私は無言になる。彼女のことは心配だけど、私達が関わることで却って危険に晒すくらいなら、そっとしておくべきなのか……ノエルからも何も伝わってはこない。


「今日は一度宿に戻って、今度のことを考えよう」


そのまま、私達は宿へと歩いて行った。今回も彼はシングルの部屋を二つ押さえており、私が泊まる方の部屋で、しばらく話をすることになった。備え付けられていた紅茶を淹れようとした私を見て、彼はすぐさま制止する。


「この都市の宿で、備え付けのものは使わないようにしてくれ」


アロイス様は席を立ち、自分で用意してきた水を携帯用のコップに汲んで、こちらに差し出した。


……私は甘かった。危険な場所に足を踏み入れるのは、どういうことなのかを、ちゃんと認識していなかった。エルデさんにも迷惑を掛けてしまった。無事に国に帰るまで、なるべく彼の指示に従うべきなのだろう。


俯く私に、彼は話を切り出した。


「困ったことになった。もう一人の血縁だが……どうやら、城にいるらしい」


「城? でも、この国の王制は……」


「そう、去年廃止され、形ばかりの共和制になって、この国で数年前から布教が始まった教団が、城を乗っ取り、政治を牛耳っている。経済活動を除いて、政治的には周辺国とも国交が断たれている状態だ」


「それでは、この子の父親はやはり……」


「絶対にそうという訳ではないが、関係者である可能性は高いだろう」


……辛い。覚悟はしていたけれど、足りなかった。お腹に子供がいると分かって……最初は戸惑った。でも、この子の、ノエルの心に触れて、母親になる決意を固めた。きっと守る、大切にする、そう決めた。


ただ、もしもこの子の父親が善人だったのなら、この子を会わせたいと思っていた。私自身は顔も知らぬ相手と結ばれる気はないけれど、父親として、子どもと接してもらえたら。そんな希望的観測を、どこかに持っていた……


本当に、私はただの甘ちゃんだった。


もう期待はすべきじゃない。なぜ、私が選ばれたのか。どんな方法で、身籠らせたのか。それを知るだけでいい。そして、無事に国に帰るのだ。アロイス様と、この子と一緒に。




黙りこくっている私に、アロイス様が付け加える。


「もう一つ、相談したいことがある。

……こうなった以上、なるべく一緒に行動するようにしたい。次から、同じ部屋を取ってもいいだろうか」


「えっ……?」


「もちろん、疚しい気持ちはないし、なるべくプライバシーを守れるように配慮する。ダメならこれまで通りにいく」


確かに、この国で一人きりになる時間を作るのは危険だ。ただ、未婚の自分としては、勇気が要った。これまで誰かと同衾したのは、お母様か乳母くらいしかいない。いや、同じ部屋だからといって、同衾する必要はないのか……

急な提案に、少し混乱しているようだ。


「同じ部屋になるのは構いません」


しばらく考えて、そう答えた。今、大切なのは安全だ。同室になれば、今までのような合言葉も不要になるだろう。


『白き闇』、『赤き獅子』……


ふと、エルデさんの言葉が脳裏を過る。そうだ、彼に、これを聞かなくてはならなかった。


「あの、エルデさんが『もしも赤い髪の大柄な男の人に出会ったら、私がここにいると伝えて欲しい』と言っていました。

右手のひらに、獅子の横顔のような赤い痣がある人です。


……エルデさんが黒い瞳だったのを覚えていますか?

白い髪に黒い眼。これって、偶然ですか?

白き闇、赤き獅子って、どういう意味だったんですか?」


私は今日初めて、彼の視線を一切外さずに、正面から問いを投げかけた。

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