第六話 魔導士の館

応接室での話が終わった後、私はすぐに荷物をまとめ、アロイス様の研究所兼屋敷に連れて行かれることになった。


馬車に乗ろうと扉の前に立つと、アロイス様がいち早く傍に来て、ドアを開ける。

そして、ごく自然に私の手を取ると、優雅な動作で馬車に乗せ、進行方向に向かう側の席に座らせてくれた。

シートはクッションが効いていて、疲れ難そうだ。

アロイス様は我が家の使用人から荷物を受け取ると床に置き、私のはす向かいに腰を下ろした。


「ありがとうございます。……その、エスコートに慣れてらっしゃるんですね」


「ああ、生家で厳しく躾けられたからな」


「あ……アードラー様は公爵家の御出身でしたものね」


「しがない三男坊だ。まあ、おかげで自由にやらせてもらっているが」


答えると、アロイス様は窓の外に視線をやった。

しばらく、会話が途切れる。




……………………………ちょっと気不味い。




ふと、何気に浮かんだ疑問を、そのまま口にした。


「あの……どうして私を助けて下さったんですか?」


「私のせいで研究所送りになる一般人がいては、目覚めが悪いからな」


「アードラー様のせいでは」


「私のせいだ」


確かに夜会での妊娠騒ぎは、精霊の加護の儀式がきっかけではあった。

この人は責任を感じていたのだろう。


「でも……私、あなたに感謝してるんです。

もしもあの時、妊娠が表沙汰にならなかったら、処女懐胎だって分からなかったら……

いずれ私は、ただの身持ちの悪い娘として扱われたはずです。

母も助けて頂きましたし……だから、その、気に病まないでください」


アロイス様は流れる景色を眺めたまま、少し視線を落とし


「気に病んでなどいない。私がしたいように、しただけだ。

御令嬢が気にする必要はない」


と答えた。




***




それほどの時間、走らないうちに、馬車が停まる。

アロイス様の住まいは、意外と城下町に近い場所にあるらしい。


再び丁寧にエスコートされながら馬車を降りると、目の前には年季の入った邸宅があった。

ローデント侯爵邸よりは小ぶりで、蔦があちこちに絡みついている。

玄関前で、アロイス様が私を振り返り、一礼した。


「我が館にようこそ、御令嬢。

中央の玄関を境に、向かって右側を実験棟、左側を私邸として使っている。

左に部屋を用意したから、今から案内しよう」


屋敷に一歩踏み込むと、中は、掃除は行き届いているけれど、薄暗い印象だった。迎えに出てくる者は誰もいない。


「あの……使用人はいないのですか? 


「いない。機密保持の問題がある。

実験棟には人がいるが、あなたのいる間はこちらに来ないように言い含めておいた。


御令嬢にはメイドを同行させられなくて申し訳なかった。

食事はこちらで用意するが、しばらく着替えなどは自分でしてもらわなければならない」


「それは、かまわないのですが……」


アロイス様に付いていき、階段を上ったすぐ手前にあるドアを開くと、そこは日差しのよく入る、心地良さそうな部屋だった。家具はアンティークだがよく磨かれ、味がある。使われているファブリックも、統一されていて上品だ。


「すごく良い部屋ですね、落ち着きます」


思わず笑顔になると、彼も安堵の表情を浮かべた。


「食事の時間になったら、呼びに来る。それまでに荷物をほどいたり、休んだりするといい」


アロイス様が部屋を出ていき、私は大きく息をつく。


確かに、研究所送りは避けられた。だけど、私のお腹には子どもがいる。

もう、元の生活に戻ることはできないのだ。

彼に協力するとは言ったけれど、何をするのだろう。やはり不安の方が大きい。




***




陽が傾き、食事に呼ばれた。

普段着に着替えていた私は迷ったけれど、そのまま食堂へと向かう。

明かりが灯る邸内は、来た時とは違って温かな印象だ。


テーブルは十二人掛けの、一人暮らしにしては大きいものだった。

一番奥の上座に、アロイス様が座っている。


「こちらへ」


立ち上がった彼が、向かいの席の椅子を引き、私を座らせた。


テーブルにはポタージュ、鶏肉のフリカッセ、粉チーズのかかった野菜サラダが並んでいる。


「……! 美味しいです!」


どれもシンプルな味付けだが、味も火の通りも加減が丁度よく、素材も良くて、滋養が身体に染みるように感じられた。


「口に合ったようで、よかった。普段は一人だから、適当に作っているからな」


「え……? ご自分で支度を……!?」


「何においても、自分でやるのが一番手っ取り早いし、安全だ」


彼はこともなげに言うが、貴族出身の男性で、自ら料理をする人は滅多にいない。

昼間の件といい、何をやらせても有能な人は有能なのだと、改めて感嘆しながら、鶏をもう一切れ、口に運ぶ。




食事が終わったタイミングで、アロイス様が話しかけてきた。


「大切な話をしよう。これは王族と、高位貴族の中でも一部の人間にしか知らせていない。

この国、いや、この大陸の命運に関わる大切な話だ。


御令嬢、おそらく、あなたにとっても無関係ではないだろう。

……そして、その子にも」


真剣な表情で、彼は私の目を見つめる。

緊張で身体が強張った。

だけど、聞かないわけにはいかない。そのためにも、私はここに来たのだ。

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