第七話 夜空を駆ける凶星

「御令嬢は、流れる星に願いを懸けたことはあるか?」



アロイス様の唐突な問いかけに、目を瞬かせる。

願いを懸けたことは、今までにあった気がするが、星に、ではない。


「いえ……流れ星、ですか?」


「そう。流れ星は普通、上から下に流れていく。

……しかし、五日前、下から上に向かって流れる星が観測された」


「え……? そんな事が、あり得るのですか?」


「もちろん、普通ならあり得ない。だが、我が国では数百年に一度ほど観測されているらしい。

そして、これは、悍ましい凶兆だと伝えられている」


「凶兆……」


「あくまで言い伝えでしかないが、前回は、この大陸の大きさが半分になった、と」


そんなにも大規模な災害が?

自然に身体が震える。



「それともう一つ。

西の隣国エストリールで、怪し気な集団が、封印された邪なる存在の復活を画策し、何かの儀式を行ったとの噂もある。

これらが何か関係しているのではないかと、我々は踏んでいるのだ」


邪なる存在……


「……まさか、この子が邪悪な存在だと、疑われているのですか……!?」


もしもそうなら、普段は温厚な国王陛下の豹変ぶりも納得がいく。

処女懐胎など、自然には絶対にあり得ないことだから。


だけど私には、お腹の中の子が邪悪な者だとは思えない。

命の危険に晒された時の、この子の「生きたい」と訴えかけてきた意思に、他意はなかった。

悪意など欠片も持たず、ただ純粋に、この世界で生きることを願っていた。


なのに、その存在を悪と疑われたら、実験には使われなくとも、生まれてすぐに殺されてしまうかも……

そんなの、見過ごせない!


「この子は……そんなんじゃありません!」


思わず声を荒げてしまった。




「……私も、そう思う」


わずかに時間を置き、アロイス様が話し出す。


「この命からは、普通の赤ん坊の波動以外のものは感じられない。

大陸を揺るがすほどの邪悪なら、どんなに抑え、隠したとしても、私なら感じ取る。


しかし、調査したところ、あなたがご自分の母君に襲われた時、信じられない動きで走ったり、母君の腹を蹴ったりしたとの証言を、複数のメイドから得ている。それは、火事場の馬鹿力で片付けられる範疇のものなのか、何かの力を得てのことなのか……自分では、どう考える?」




言葉に詰まった。


確かに、いつもの自分なら、決してあんなことはしない。できない。

考えるより先に身体が動いたのだ。私の意思ではなく……だけど……


下唇を噛み締めながら俯いていると、アロイス様の口調が少し優しくなる。


「無理に答えなくてもいい」


そして正面の席を立つと、こちらに来て、私の隣の椅子に腰掛けた。

不意に、彼がこちらに手を伸ばし、小鳥を指にとまらせるときのような形にした人差し指で、涙を拭う。

私は、自分が泣いていたのにも気付かなかった。


「私から言えるのは、その子も普通ではないということだ。疑いを向けられても仕方がない。

だから、その子の出自を突き止め、この世に災厄をもたらす者ではないと証明しなければならない。

協力してくれるか?」


穏やかな表情での言葉に、私は、無言で頷いた。




***




翌日から検査が始まった。


検査といっても、アンケートのようなものだ。

生年月日から、血統、身長、体重、食習慣、日課、趣味、その他もろもろ……

たくさんの質問が書かれた用紙の束に、逐一回答しなければならない。

答えることがあまりにも多くて、疲れてしまう。


「なぜ、あなたが選ばれたのか。それが重要だ。そこに謎を解く鍵があるはず」


アロイス様の言葉だ。

私が答えを記入している間、彼は研究棟に赴いて、所員に指示を出しているらしい。

彼の研究所は王宮の管轄外にあり、その内容は不出のものとされる。秘密は守られるというわけだ。


書き進めていくうちに、一つの項目に目が止まった。


『魔属性』=自分がどんな属性の魔力を宿しているか。


答えるべきか迷い、いったん後回しにする。




この世界では、魔力を持って生まれるのは、ほぼ貴族だけだ。とはいえ、貴族でも魔法が使える者は、半数もいない。魔力を保持していても、魔法を発動させられるほどの量ではないのだ。せいぜい自分と同じ属性の魔法に耐性がある程度の効果しかない。


私も属性はあるけれど、魔法は使えない。それに……あまり聞こえのいい属性ではなかった。


闇魔法。それが私の属性だ。


火・風・地・水・光・闇。


その六つの属性のうち、闇だけは魔力があっても魔法が使えないのだ。

歴史を紐解いても、闇魔法の使い手の記録はなく、具体的にどんな魔法を使えるのかすら判明していない。

もともと、他の属性に比べ、闇属性を持つ人間は極端に数が少ない。そのため世間では、魔力を持たない者と同じ扱いだ。自分でも属性のことは、普段忘れている。


だから両親は、私には魔力が無いものとして育ててきた。敢えて魔力訓練などは行わず、得意な語学にずっと触れさせてくれた。そのことにはとても感謝している。


でも闇は、言葉のマイナスイメージから、忌避されるのも、ままあることだ。


アロイス様は、どう思うだろうか……?


迷うが、彼に嘘はつけない気がして、正直に『闇』と書き込んだ。

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