第114話 消えた物と手に入れた物

「なっ……!」


 母親が……ヴァイオレット・ウッドロウが破裂した。

 シュバルツが見ている前で、内側から大量の血を撒き散らして。

 これは予想外の事態である。

 この決闘で起こるあらゆる出来事について、あらかじめ想定していたというのに。


「何が起こって……ッ!?」


 次の瞬間、何かが身体の内側に流れ込んでくるのを感じた。

 本能的に感じ取ったのは……『戻ってきた』という奇妙な感覚。

 溢れ出てくる力。源泉から無尽蔵に湧き出してくる、膨大な魔力の奔流だった。


「俺の身体に魔力が……俺は魔力無しだったはずなのに……!?」


 間違えようがない。

 自分の身体に魔力が宿っている。

 ヴァイスには届かないだろうが……それでも、一般的な魔法使いよりもずっと巨大な力。

 馴染みのない感覚であるにもかかわらず、不思議と親しみが感じられる。

 まるで、幼い頃に無くしていた物を取り戻したように。


「何が起こっている……この魔力はいったい……?」


「どうやら……シュバルツ殿下は己の魔力を取り戻したようですね」


「アンバー……?」


 琥珀妃アンバー・イヴリーズがシュバルツに囁きかける。


「察するに、シュバルツ殿下は本当の意味で魔力無しであったわけではなく、魔力を奪われていたのでしょう。ヴァイオレット王妃とヴァイス殿下に」


 他者の魔力を奪う。

 それは宗教国家である神聖イヴリーズ帝国が定めている七つの禁忌の一つである。

 アンバーが言うには、ヴァイオレットとヴァイスの二人が禁忌を犯して、シュバルツから魔力を奪っていたとのことだった。


「ヴァイス殿下はウッドロウ王家の人間の倍の魔力を持っていました。そして、シュバルツ殿下は魔力無し。おそらく、ヴァイオレット王妃が何らかの呪いを行って、シュバルツ殿下の魔力をヴァイス殿下に移したのです」


「魔力を奪った……そんなことが可能なのか?」


「通常は不可能です。ただ……双子の兄弟であれば、あるいは可能性があるかもしれません」


 魔法や魔術において、双子というのは魂がつながった同じ人間とみなされる。

 シュバルツとヴァイスはどれだけ離れていても魂で繋がっており、そこから魔力を搾取されていたのだ。


「もちろん、禁忌を犯すということは軽いことではありません。ヴァイオレット王妃は己の命を賭すことにより、不可能を可能にしたのでしょう」


「…………」


 これは予想することしかできないことだが……ヴァイオレットはかつて子宮の内にいた双子に呪いをかけて、双子の一方からもう一方に魔力を移したのだ。

 そして、その呪術が解除された。

 魔力を無意識に奪っていたヴァイスが死んで。

 そして……呪いの代償により、ヴァイオレットが死んだことで。


「呪いが解けて、俺の魔力が戻ってきたということか……」


 シュバルツはもはや魔力無しではない。

 己の本来、在るべき力を取り戻したのだから。


「だけど……この女はどうして、わざわざそんなことを? 双子の片方を魔力無しにして、もう一方に過剰な力を与えるようなことをするなんて……」


 おまけに、その呪いの核として己の命まで使って。

 どんな信念や思想があったら、どんな激情に身を任せたら、そんなことができるというのだろうか?


「ヴァイオレットは……」


「ん……?」


「昔から、権力に執着していた。執拗なまでに」


 語りだしたのは、ヴァイスの死に項垂れていたグラオスである。


「ヴァイオレットは琥珀妃として後宮に入ったが、自らの障害になる者を容赦なく排除していった。王妃になろうとしている他の上級妃、下克上を志している中級妃、たまたま私の目に留まった下級妃まで。後宮から追い出された者は多く、中には命を奪われた者までいる。その中には、私が心から愛した女も含まれている」


「…………」


「どうして、何がヴァイオレットをそうさせたのかはわからない。王妃になってからも必要以上に贅沢をすることもなく、国に貢献してきた。それこそ、実の息子でさえも利用して……」


「つまり、そういう化物だったということか? この女は最初から、権力者という名の怪物だったというわけかよ」


 シュバルツが訊ねると、グラオスがゆっくりと首を振る。


「わからぬ。少なくとも、後宮に入るまでは、そこまで権威を重んじる人間だという話は聞いていない。あるいは、私が彼女を理解しきれなかったのかもしれぬ……」


「……どうでもいい話だな」


 シュバルツが無残な骸と成り果てたヴァイオレットを見下ろして、首を振った。


「死んだ奴が頭の中で何を考えていたかなんて、どうだっていい。俺はこの女に奪われた物を取り戻した。それで十分だ」


「…………」


 グラオスが再び、項垂れる。

 それ以上、何を口にすることもなくなった父親は別人のようにやつれており、ほんの数時間で何十年も年を経たように見えた。


(この男も、もう長くはないかもしれないな……)


 弟を殺して。母親が死んで。父親も枯れ果てた。

 多くの犠牲を経て手に入れたのは、約束された玉座と奪われた魔力。

 はたして、家族を皆殺しにするほどの価値があったのかはわからないが……野望は果たされた。


「旦那はん……」


「我が殿」


「……お兄さん」


「シュバルツ殿下……」


(俺の傍には女神がいる……死んだ奴のことなんて知ったことかよ)


 美しく、強く、慈悲深い四人の女神がここにいる。

 人生の全てを投げ出したとしても、野望を成就させた価値はあったに違いない。

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