第113話 決闘の終わり

 目の前で自分と同じ顔の男が倒れている。

 ヴァイス・ウッドロウ……かつて最強と呼ばれた魔法使いが、ウッドロウ王国の期待と未来を一身に背負っていた男が倒れ伏している。


「……痛え」


 勝者であるシュバルツの胸にも剣が突き刺さっていたが……今のシュバルツ・・・・・・・には、致命傷には成りえない。

 刃を抜くと、徐々に傷が治癒していく。


「やっぱり、強かったよ……お前」


 強かった。素直にそう思う。

 四人の上級妃の助力があったからこそ勝利することができたが……対等な条件で戦っていたのであれば、決して勝つことは叶わなかっただろう。


「……ぜ…………」


「あ?」


「何故、だ……どうして……ぼくは、まけた……?」


 どうやら、ヴァイスにはまだ息があったらしい。

 とはいえ……こちらは完全な致命傷である。今際の数秒に過ぎないのだろうが。


「……戦うべきじゃなかったな。守るものも野心もないくせに」


 ヴァイスがどうして、一度は捨てたはずの玉座に手を伸ばしたのか。

 それは予想するしかないが……おそらく、フィーナという名前の女のためなのだろう。


(そして……おそらくではあるが、その女はもう……)


「野心からなら良い。使命感や義務感でも良い。だが……死んだ女への未練から王なんて目指すべきじゃなかったんだよ。愚弟が」


 王が向き合うべきは『今』であり、目指すべきは『未来』だ。

 もう過ぎ去った『過去』への執着から王になろうなんて、するべきじゃなかった。


「…………」


 ヴァイスがわずかに唇を動かして……けれど、言葉を口に出すことなく動かなくなった。

 呼吸も拍動も完全に停止、絶命している。

 ヴァイス・ウッドロウは死んだ。二度と目を開けることはない。


「ああ……ヴァイス……ヴァイス……」


 少し離れた場所で、グラオス・ウッドロウが地面に膝をついて涙を流している。

 宰相を始めとした側近がグラオスに寄り添い、何事か言葉をかけていた。


「…………」


 一方で、母親であるヴァイオレット・ウッドロウは冷めた表情。

 その顔には何の感情も浮かんではいない。

 悲しみも怒りも失望もない。退屈な演劇を見終わったような……どこまでもつまらなそうな顔である。


「フン……」


 あの母親へのケジメはいずれつける。必ず。

 そんなことよりも、今はしなくてはいけないことがある。


「旦那はん!」


「我が殿!」


「ッ……!」


「シュバルツ殿下……!」


 背後から恋人達がシュバルツを呼ぶ。

 四人の上級妃。シュバルツに勝利をもたらした勝利の女神である。


「ん……?」


 やや離れた場所……王宮の建物の屋根の上に、『夜啼鳥』のクロハの姿もある。


「フフッ……」


 黒衣を身にまとったクロハはシュバルツと目が合うと、祝福をするかのように投げキッスをしてから姿を消す。

 シュバルツは肩をすくめて、四人の上級妃のもとに歩いていく。


「待たせたな、勝ったぞ」


「わあんっ、心配したやないのお!」


「ハラハラさせてくれる……まあ、貴殿が勝利するとは思っていたが」


「んっ! んんっ!」


「おめでとうございます。それでこそシュバルツ殿下です」


 四人が口々に言って、シュバルツに抱き着いてきた。

 シュバルツは彼女達の身体を受け止めて……抱擁を返し、勝利の熱をもってして抱きしめた。

 四人からの祝福を受けて、しばし和やかに会話をして……シュバルツは王と王妃の方を振り返る。


「俺の勝ちだ。これで俺が王になるわけだが……まさか、文句は言わないよな?」


「…………」


 泣き崩れていた国王……グラオスが顔を上げる。

 その顔に浮かんでいる複雑な表情。憎しみとも悲しみとも未練ともつかない、あらゆる感情が混ぜ合わされたもの。


「……好きに、するが良い。お前が次期国王だ」


「……ありがとうよ」


「だが……王冠の重みはお前が思うほど軽くはないぞ。ましてや、魔力無しであるお前がヴァイスの命を背負って王になるのだ。楽に王になれるとは思わないことだ」


「……今さらだな。俺にその程度の覚悟がないとでも思ったのかよ」


 いかに因縁があるとはいえ、半身である双子の弟を殺したのだ。

 国一つ、大勢の人間の恨みつらみを背負う覚悟がないわけがなかった。


「俺はこの国を背負う。王になる……それだけだ。文句のあるやつは誰とだって戦うし、必要だったら殺す……たとえ、それが実の親であろうともな」


 後の言葉はグラオスだけではなく、後ろのヴァイオレットに向けてのものである。

 彼女はヴァイスを国王にするため、邪魔なシュバルツのことを暗殺しようとした。

 すでにヴァイスが死んでいる以上、同じ愚考を犯すメリットはないだろうが……それでも、釘を刺しておくに越したことはなかった。


「わかった……ならば、好きにするが良い」


 グラオスが感情の抜け落ちた顔で、深い深い溜息を吐いた。


「すぐにとは言わぬが……引継ぎが済み次第、私はお前に王位を譲って隠棲する。後は好きにするが良い。お前に全てを譲ってやる……お前達もそのつもりでシュバルツに仕えるように」


「ハッ!」


「承知いたしました」


 王の言葉に頷いたのは、宰相と騎士団長である。

 騎士団長の隣にはユリウスの姿もあって、涙ぐんでガッツポーズをしていた。


(……終わった)


 あるいは……始まった。

 弟との決着がついた。父王にも認めさせた。

 もはや次期国王の座は揺るがない。

 ヴァイスを支持していた『魔力至上主義』の騎士や貴族を納得させる手間はあるが、ひとまず、目的を達成することができた。


(後宮征服も完了。これで、俺の目的は……!)


「良いわ。勝手にしたらどうかしら?」


「ッ……!?」


 女性の涼しげな声が耳朶を震わせて……次の瞬間、シュバルツの胸を灼熱が襲う。


「カハッ……!」


 耐えることのできない苦痛に膝を折り、そのまま倒れそうになる。

 四人の上級妃が慌ててシュバルツを支えた。


「シュバルツ殿下!」


「何をした……貴様アッ!」


「五月蠅いわねえ……静かにしてくれないかしら」


 スタスタとシュバルツの前まで歩いてきたのは……ヴァイオレット・ウッドロウ。シュバルツとヴァイスの母親である。

 ヴァイオレットはシュバルツを見下ろして、血のように赤い唇を開く。


「貴方の勝ちよ。おめでとう」


「きさ、ま……何を……」


 攻撃された気配はなかったはず。

 ならば……この胸の奥を焼く業火は何だというのだ。


(魔法? いや、これはどちらかというと呪いの類か……!?)


「ご褒美をあげるわ。母の愛に感謝なさい」


「ッ……!?」


「そこそこ愛してたわよ……サヨウナラ」


 次の瞬間、予想外の事態が起こった。

 ヴァイオレットの口から、鼻から、目から、耳から……あらゆる場所から血が噴き出して、まるで水風船を針でついたようにその身体が破裂したのである。

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