第112話 敗者の目に映るのは(下)
『私が、王女……どういうことですか?』
『実はですね……』
その騎士が説明をする。
騎士達が『王女』と呼んだのは彼女のことではなく、すでに亡くなっている彼女のことだった。
どうやら、彼女の母親はその国の王女だったらしい。
政変によって国を出て、他国に亡命したとのこと。
他人の空似ということかとも思ったが……彼女が母親から受け継いだ形見の指輪には王家の紋章が刻まれており、間違いではなかったようだ。
『まさか、フィーナが王女だっただなんて……』
『じ、自分でも驚きました……まさか、お母さんがこの国のお姫様だったなんて……』
『王女殿下! どうか、私達と一緒に来てください!』
『あの僭王を打ち倒し、迷える人々を御救いください!』
驚いているヴァイスと彼女に、騎士達が涙ながらに言い募る。
その国では二十年ほど前に当時の王弟がクーデターを起こし、国王夫妻を殺害して国を乗っ取っていた。
彼女の母親はそんな国王夫妻の娘であり、叔父の手から逃れるために他国に逃げだしたのである。
その騎士達は簒奪者である僭王と影ながら戦っていたのだが……旗印となる存在がいないため、劣勢を強いられていた。
そんな折に現れた、先代国王の落胤。もはや運命としか思えなかった。
実際、王位簒奪した王弟によって人々は重税を課せられ、貧しい生活を強いられている。
それはその国に移住してきたヴァイスと彼女も良く知ることだった。
『わ、私はやります! 皆さんと一緒に戦いますっ!』
『フィーナ!? 本当に良いのかい!?』
『はい……私のお祖父様の仇、大叔父のせいで人々が苦しんでいる状況を放置はできません! この国の一員となったからには、自らに与えられた役割を全うしないと……!』
彼女は意外にも責任感が強い女性だった。
大叔父のせいで人々が苦しめられている状況に心を痛めており、それを自分がどうにかできるのなら……と騎士達の求めを了承したのだ。
恋人がそうと決めたのであれば、ヴァイスもまた手を貸さないわけにはいかない。
ヴァイスは騎士達の陣頭に立って戦い、圧倒的な魔力をもってして僭王の軍勢を打ち倒した。
暴君であったその男を打ち倒し……人々を救ったのである。
『これで人々は安寧を得ることができるのかしら?』
『ああ……もちろんだとも! 全ては君のおかげだ……フィーナ、やはり君は素晴らしい女性だったよ!』
暴君にして僭王である男が倒されて、新たなる女王に選ばれたのは当然のように彼女だった。
民衆は彼女を救世主として褒め称えて、誰もが新たなる女王の治世がやってくるのを歓迎した。
そんな中、彼女だけが浮かない顔をしていたが。
『私、時々思ってしまうのよ……本当に貴方をウッドロウ王国から連れ出したことが正しかったのかって』
『何を言い出すんだい、フィーナ? 僕と駆け落ちしたことが間違っていたとでも言いたいのかい!?』
『……自分が王女であるとわかったからこそ、思うんです。次期国王であった貴方を奪ってしまって、あの国がメチャクチャになってしまうのかもって。自分の幸せのために与えられた義務を放棄するなんて、間違っていたかもしれないわ』
ヴァイスという後継者を失って、ウッドロウ王国では少なくない混乱が起こることだろう。
王女という責任ある立場についたからこそ、それが彼女には気になっていた。
『他国の王子を連れ出してしまった私に、本当に女王になる資格があるのかしら……?』
『フィーナ……』
悩む彼女であったが……結果的に、彼女が女王になることはなかった。
彼女は殺された。戴冠式の当日に。子供に扮した刺客に刺されて。
『あ……』
『フィーナ! フィーナ!』
そのナイフには毒が塗られていた。致死性の猛毒……魔法では癒すことができない毒である。
後から知ったことだが……子供の殺し屋を放ったのは、同志であるはずの騎士だった。
彼は最初からそのつもりだったのだ。フィーナを利用するだけ利用して、最後には自分が権力を奪うつもりだったのである。
『ヴァイス……ごめんなさい、ごめんなさい……』
死にゆく中、彼女は何度も謝罪の言葉を繰り返した。
『貴方は王になるべき人だった……ごめんなさい……わたしの、せいで……ごめんなさい……』
『フィーナ! フィーナアアアアアアアアアアアアッ!』
彼女は一滴の涙をこぼして、落命した。
涙は結晶化して、虹色に輝く一つの宝玉になった。
その国の王族は命と引き換えにして、守りと癒しの力を持つ宝石を生み出すらしい。
ヴァイスはその宝玉を手にして、その国を去った。
愛する女性を殺めた者達を殺害して。その結果として生じた混乱に背を向けて。
ウッドロウ王国に……故郷へと舞い戻る。
(僕も自分に与えられた義務を果たすんだ! 彼女のように……王になって、国を守るんだ!)
それが彼女に対する弔いになる。
そう信じて、ヴァイスはウッドロウ王国へと帰還した。
双子の兄が待ち構えていることを知らぬまま、死神の両腕の中へと飛び込んでしまったのである。
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