第110話 勝利の女神が微笑んだ者

 爆炎を放出して、破裂したマジックアイテム。

 赤い炎に包まれて、ヴァイスが地面に落下した。

 魔力を貯めこむ力があるマジックアイテム……そこに事前に仕込まれた魔法によって、撃墜させられる。


「やれやれ……ようやく、墜ちてくれたか」


 最強と呼ばれた魔法使い。

 歴代の王族でも屈指の魔力を持った怪物が地に落ちる。

 その姿に、シュバルツは太陽に近づきすぎた英雄が蝋の翼を失い、墜落する場面を幻視する。


「だけど……まだ終わりじゃないよな」


 シュバルツは知っていた。

 ヴァイス・ウッドロウという男がまだ生きていることを。

 戦いが終わっていないことを知っていた。


「やれやれ……これで死んでくれたら可愛い弟だと思えたのにな。つくづく、世話をかけてくれるぜ……」


 言いながら、軽く視線を巡らせる。

 鍛錬場はヴァイスの雷魔法でクレーターだらけになっているが……戦いを見守っていた上級妃四人はすでに避難済み。

 鍛錬場の外に逃げ出た彼女達がシュバルツに向けて手を振ってくる。

 ユリウスと騎士団長も無事なようだ。残念ながら……国王と王妃も。護衛の騎士に守られて、鍛錬場の外に逃げた彼らの姿があった。


「フン……別に死んでくれても構わなかったんだけどな」


 シュバルツが皮肉そうに鼻を鳴らす。

 事前に用意しておいた弓矢を捨てて、建物の屋根から降りる。

 雷によって無茶苦茶になっている鍛錬場に行くと……そこには項垂れて悲痛な声を上げているヴァイスの姿があった。


「ああ……フィーナ、フィーナ……!」


 ヴァイスが涙を流している。ここにはいない誰かの名を呼んで。

 衣服はボロボロになっているが、身体に大きな傷はない。

 項垂れて泣き崩れている、その手には砕け散った宝玉があった。


「守りと癒しのマジックアイテム……最後の力でヴァイスを守ったようだな」


 もしもあの宝玉がなかったのであれば、ヴァイスは爆発で致命傷を負っていたに違いない。


「消えてしまう……ああ、彼女が……フィーナが、いなくなってしまう……」


 ヴァイスが砕けた宝玉を握りしめて、恋人らしき女性の名前を呼んでいる。

 あの宝玉は恋人が残したものだと話していたが……ヴァイスにとって、よほど大事なものだったのだろう。


「…………」


 シュバルツは追撃することなく、無言でヴァイスの姿を見つめていた。

 今ならば、攻撃しても無抵抗だろう。余裕で殺すことができるはず。


(だが……やって良いこととダメなことがあるだろう)


 命がけの戦いに情けは無用。

 だが……兵法に基づいた奇襲はまだしも、非道は別物。

 愛する誰かとの最後の別れ……これを踏みにじってしまえば、人としての大義すらも失われる。

 ゆえに、シュバルツは手出しすることなくヴァイスが立ち直るのを待っていた。


「シュバルツ……よくも、彼女を……!」


 やがて、ヴァイスが立ち上がった。

 双子の兄を睨みつける。これまでの敵意とは別の顔。初めてかもしれない本気の憎しみを込めて。


「真剣勝負だ。そういうこともあるだろう」


「許さない……絶対に、お前のことを許さないぞ……」


「許さないのは俺の方だ。いい加減に飽きてきたところだ……さっさと、決着を付けようか?」


 シュバルツとヴァイスの距離は一足一刀の間合いの内側。

 この距離から、先ほどのような大規模な魔法を使うことはできない。

 シュバルツは魔力を蓄積するマジックアイテムを失っている。もう魔法は使えない。

 ヴァイスは守りと癒しのマジックアイテムを失っている。次に大ダメージを負えば終わりである。

 お互い、もう後がない。次が決着になるだろう。


「覇アッ!」


「ヤアッ!」


 シュバルツが駆ける。ヴァイスにトドメの一撃を与えるべく、剣を手にして突進する。

 ヴァイスが迎え撃つ。残った全魔力を使用して肉体を強化して、限界を超えた身体能力を発揮して剣を振るう。


「ッ……!」


「ッ……!」


 二人の身体が交錯する。

 シュバルツとヴァイス……二人の身体が重なって、真っ赤な血しぶきが上がった。


「痛ッ……!」


「グ、ウ……!」


 シュバルツの剣がヴァイスの胸を貫いた。

 しかし、ヴァイスの剣もまた、シュバルツの胸に突き刺さっている。

 相討ち……どちらも完全な致命傷だった。


「…………あ」


「……じゃあな、ヴァイス」


 しかし、崩れ落ちたのはヴァイスだけだった。

 シュバルツは倒れることなく、地面に横たわった双子の弟を見下ろしている。


「俺は一人じゃないんでな? 一人プラス四人だ。勝って当然だな」


 シュバルツは小さくつぶやいた。

 ヴァイスがシュバルツよりも劣っていたとは思わない。

 むしろ……この勝利は四人の上級妃の協力があってのもの。

 クレスタとシンラ、ヤシュ、そしてアンバー……四人の勝利の女神が微笑んだから、シュバルツはこうして立っている。


 後宮征服。

 四人の上級妃を篭絡させていたことが、ここで決定的に勝敗を分かつ要因となったのだ。


 シュバルツ・ウッドロウ。

 ヴァイス・ウッドロウ。

 王位を巡る双子の戦いは『魔力無しの失格王子』と呼ばれた兄の勝利によって、膜を下ろしたのである。

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