第109話 決着の手前

 戦いは佳境を迎え、さらに激しさを増していった。


「『サンダーボルト』!」


「破ッ!」


 ヴァイスの手から強烈な雷撃が放たれる。

 シュバルツが振り下ろした剣……そこに込められた魔力によって、向かってくる雷が左右に引き裂かれた。

 そのままの勢いでシュバルツはヴァイスの懐に入り込み、剣を振るう。


「クッ……!」


 ヴァイスが手に持った剣で防御するが、シュバルツはその腕を掴む。

 やわらの要領で身体を捻り、ヴァイスの身体を投げ飛ばす。


「この……!」


「『孔雀風天』!」


 地面を転がっていくヴァイスめがけて風の斬撃を放った。

 鋭い斬撃がヴァイスの首を裂こうとするが……胸元の宝玉が輝いて、光の防壁によって防がれる。


「『アイスニードル』!」


 鋭く尖った氷柱が数十本、ヴァイスの周囲に出現した。

 シュバルツに向けて一斉に放たれて、その身を貫こうとする。


「喰らえ!」


「喰らうかよ」


 シュバルツは弧を描いて走り、降りそそぐ氷柱を避けていく。

 そのまま接近しようとするが……ヴァイスが地を蹴り、宙を飛ぶ。


「『フライ』」


「ム……!」


 飛行魔法によってヴァイスが空を飛ぶ。

 シュバルツの剣の届かない高さまで飛び上がり、鍛錬場を見下ろす。


「この戦いに場外負けはなかったよな?」


「ないね……だが、随分となりふり構わなくなったじゃねえか」


 手段を選ばずに勝ちにきた弟の姿に、シュバルツは苦笑する。

 確かに……この決闘のルール上、場外に出たから負けということはない。

 だが、あえて王宮の鍛錬場で向かい合って戦っているのだ。

 暗黙の了解として、魔法で飛行することをするのは如何なものだろうか。


「ムウ……」


 審判役の騎士団長も渋面になっている。

 指摘したいのだが、すでに二人ともマジックアイテムを装着しており、もはやルール無用に近い。

 戦いはすでに審判役が口出しできないような領域にまで至っている。


「『サンダーストーム』」


 空を飛ぶヴァイスが魔法を発動させる。

 シュバルツの剣の届かない領域から、いくつもの雷の矢が降りそそぐ。


「ッ……!」


 十、二十、三十……。

 百を超える稲妻が鍛錬場の地面に突き刺さり、轟音と共に地面を破壊する。


「グッ……!」


「これは……!」


「ヴァイス殿下……!」


 決闘を見守っていた者達が耳を抑えて、地面にしゃがみ込む。

 絶え間ない雷の雨嵐。広い鍛錬場だから良かったものの、射線をわずかにずらしていれば、王宮が破壊されてしまったことだろう。


「ヒャアッ!」


「下がれ、みんな!」


 四人の上級妃も慌てて、退避する。

 シンラが他の三人を庇って避難させる。


「ハア、ハア、ハア……」


 やがて、雷が止んだ。

 平坦な鍛錬場の地面が容赦なく抉られ、あちこちにクレーターが生じている。

 舞い上がった砂塵がカーテンとなり、視界を覆っていた。


「ハア、ハア……シュバルツは……?」


 空から無残に成り果てた地面を見下ろして……ヴァイスが荒い息を吐く。

 大量の雷の雨。それは膨大な魔力を有しているはずのヴァイスであっても、疲労を免れないものだったらしい。

 戦いの場を見下ろしているヴァイスであったが……そこにシュバルツの姿はない。

 地面に埋もれてしまったのだろうか。それとも、雷に撃たれて、肉体が跡形もなく砕け散ってしまったか。


「いない……いったい、どこに…………ッ!?」


 シュバルツを探すヴァイスであったが……ブシュリと鈍い音が耳朶を震わせる。

 赤い鮮血。ヴァイスは自分の身体の中心を一本の矢が射貫いていることに気がついた。


「これ、は……」


「命中したな」


 聞こえてくるシュバルツの声。

 ヴァイスは気がついた。フィールドから姿を消したシュバルツが、王宮の建物の屋根の上にいることに。

 シュバルツの手には大きな弓が握られている。

 そして……ヴァイスの胸に突き刺さった一本の矢。


「どうして、弓が……!」


「決闘で弓矢を使っちゃいけないってルールはなかったよな?」


 シュバルツが皮肉そうに言う。

『剣魔』決闘である以上、剣と魔法で戦うのは暗黙の了解なのだが……まさか、最初から弓矢を用意していたのだろうか?


「グ、ウ……この程度で……!」


 射貫かれたヴァイスであったが……まだまだ倒れはしない。

 胸に輝く宝玉。愛する恋人が残してくれたマジックアイテムによって、胸を撃たれた傷口すらも癒されていく。


「どの程度だ。言ってみろよ」


 しかし、シュバルツの攻撃はまだ終わっていなかった。

 ヴァイスの胸を射抜いた矢。その矢じり部分に青い水晶が付けられていた。

 それはつい先ほどまで、シュバルツの胸にあったペンダント。

 魔力を貯めこみ、必要に応じて引き出すことができるマジックアイテムである。


「爆ぜろ」


「あ……」


 青い水晶のペンダントが赤い光に染まり、明滅した。

 明らかな危険信号である。異変を感じ取ったヴァイスが瞳を見開いた。

 慌てて矢を引き抜こうとするが……それよりも早く、水晶が真っ赤な炎を噴き出して破裂する。


「アアッ……!」


 真っ赤な花火が夜空に上がり、ヴァイスの身体を包み込んだのであった。

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