第108話 ルール無用

 決闘を見守っている人間達にとって、その戦いは驚きの連続だったことだろう。

 魔力無しの無能者として扱われてきたシュバルツが、王家で歴代最高峰の魔力を有しているヴァイスを相手に善戦しているのだから。

 シュバルツはヴァイスが放つ強力な魔法を次々といなして、反撃を叩きこんでいく。

 まるで未来でも見えているかのような戦いぶり。

 五年前の継承戦で、あっさりと瞬殺された人間と同一人物とは思えなかった。


「『孔雀風天』!」


「ッ……!」


 そして……その一撃が炸裂した。

 津波を飛び越え、跳躍したシュバルツが剣を振り下ろす。

 剣に込められた風の魔法が容赦なくヴァイスを呑み込み、引き裂いた。

 こんな強力な魔法をシュバルツが使うなんてあり得ない。

 何故なら……彼は『魔力無しの失格王子』なのだから。


「待て! その決闘、待て!」


 風の魔法を叩きこまれたヴァイスの姿を見て……堪らずといったふうに、グラオス・ウッドロウが声を上げた。

 グラオスにとって、ヴァイスもシュバルツも血を分けた息子である。

 ヴァイスを後継者として厚遇していたのは、あくまでもそちらの方が国が安定すると判断したから。

 ゆえに、今回の決闘でも中立の立場として、どちらを優先させることもしないと決めていたのだが……これには黙っていられない。


「シュバルツは反則行為をしている! マジックアイテムを使用しているではないか!?」


 グラオスが叫び、地面に着地したシュバルツを指差した。

 よくよく見れば、シュバルツの胸元……服に隠れている部分が淡く光っている。


「マジックアイテムを隠し持っているな!? 正々堂々たる決闘で見損なったぞ!」


「あらら……あっさり気づかれてしもうたなあ」


 グラオスの叫びを耳にして、反対側にいた水晶妃クレスタ・ローゼンハイドが苦笑する。

 国王が指摘した通り……シュバルツはマジックアイテムを装着していた。

 商人であるクレスタが特別に仕入れたものであり、魔力を蓄積して必要に応じて自由に引き出すという能力があった。


「まあ、予定通りないの……なあ、旦那はん」


「フン……」


 シュバルツが肩をすくめて、シャツの前合わせに手を入れた。

 首にかけられていたのは青い水晶のついたペンダント。

 淡く輝いており、魔力の光を放っている。


「シュバルツ殿下! 剣魔決闘において、マジックアイテムの使用はルール違反ですぞ!」


 大波に流されていた騎士団長も抗議する。

 必要であれば、力ずくで決闘を止めるべく割って入ろうとした。


「確かに、俺はルール違反をしたな。認めよう」


 シュバルツは二人の指摘を認めて、肩をすくめる。


「だけど……違反行為をしたのは俺だけじゃないだろう。ルール違反はお互い様だ」


「何を……?」


 シュバルツの指摘に騎士団長が眉をひそめる。

 シュバルツの視線を追ってヴァイスに目を向けた騎士団長であったが……すぐに目を見開くことになった。


「クッ……シュバルツ、まさかここまでやるなんて……!」


「ヴァイス殿下!?」


 シュバルツの放った渾身の一撃をまともに喰らったヴァイスであったが……彼は無傷で立ち上がる。

 風の刃によって斬られた上着。その胸元部分から、銀色のチェーンが通された虹色の宝玉が覗いていた。

 シュバルツのネックレスとは異なる色で輝いている宝玉……それは明らかにただのアクセサリーではなく、魔力の光を帯びたマジックアイテムだった。


「それは治癒と防御の力が込められた道具だろう? そんな物を持ち込むのは反則行為じゃないのか?」


「ヴァイス……!」


 グラオスが目を剥いて、もう一人の息子の名を叫んだ。

 シュバルツだけではなく、ヴァイスまでもがマジックアイテムを装着して、反則行為をしていた。

 王位を巡る神聖な戦いで二人の兄弟が同時に反則をするだなんて、前代未聞のことである。


「別に……反則をするつもりじゃなかったんだ。ただ、これは大切な物だから、片時も手放したくなかっただけだよ」


「言い訳か? まあ、俺も人のことは言える立場じゃないけどな」


「タダの事実だよ。これは彼女が残してくれた物だからね」


 ヴァイスが首から垂れた宝玉を握りしめて、悲痛に表情を歪める。


「『彼女』ね……」


 ヴァイスは一度は王位を捨てて、王宮から逃げ出した。たった一人の女性の手に手を取って。

 再び、国に戻ってきたヴァイスの傍らにそれらしき女性の姿はない。

 いったい、その『彼女』はどこに行ってしまったのだろう?


「まあ……どうでも良いことか」


 シュバルツは鼻で笑って、剣を構える。


「お互い、マジックアイテムを装着しているわけだから文句はないよな? このまま続けるぞ」


「……望むところだよ」


 ヴァイスも立ち上がって、剣を握りしめる。


「勝つんだ……僕は勝って、王になる。自分が与えられた天命を果たすんだ。彼女がそうであったように……!」


「やってみろよ……させないけどな」


 ヴァイスと恋人の間に何があったのかは知らない。

 だが……やるべきことは決まっている。


(お前がどんな思いを抱えていたとしても、関係ない)


 殺す。

 もうそれ以外に道はない。

 シュバルツとヴァイス……同じ時、同じ場所に生を受けた双子の道はとうに違えているのだから。

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