失格王子の後宮征服記 魔力無しの王子は後宮の妃を味方にして玉座を奪う

第107話 最強と魔力無しの激闘

「『サンダーストーム』！」

　ヴァイスが魔法を発動させた。

　巨大な魔力が頭上に放たれて、雷の散弾となって地上に降りそそぐ。

　決闘の舞台全体に次々と落ちてくる雷の雨。範囲攻撃によってシュバルツのことを押し潰すつもりのようだ。

（ヴァイスの奴……ようやく、本気を出してきやがったか）

　ヴァイス・ウッドロウは類まれな魔力の持ち主である。

　しかし、あらゆる属性の魔法にまんべんなく精通しているというわけではなく、もちろん、得意不得意は存在する。

　基本的に使用する魔法は多くの場合、風属性のものが多い。次いで、水、土、火の順番。光と闇の属性は苦手らしく、ほとんど使うことはない。

　本人がどこまで意識しているのかは知らないが……ヴァイスは手加減して戦っている場合には『風』の魔法を使用していて、本気で戦っている場合には風から派生した属性である『雷』の魔法を使用する。

（絶え間なく降りそそいでくる雷の雨。有象無象であれば、逃げまどって蹴散らされるのを待つしかないのだろうが……）

「だからどうしたんだよ！」

　だからこそ、徹底的に責める。

　シュバルツは地面を蹴って、雷の雨をかいくぐりながらヴァイスに接近する。

「…………！」

　少しも臆することもなく飛び込んでくる兄の姿に、ヴァイスが驚いた様子で後方に跳んだ。

　シュバルツも追いすがる。逃がすものか。

「…………！」

　そして、同時に背筋に悪寒。

　シュバルツの頭上から雷が落ちてこようとしている。長年の直感が迫りくる『死』の気配を告げてくる。

「フンッ！」

　シュバルツは咄嗟に羽織っていた上着を頭上に向けて投げる。

　シュバルツを貫くはずだった雷撃が投げ捨てた上着を撃ち抜いた。

　ただの布に雷を防御することができるわけがない。しかし、その上着は鋼糸を編み込んだ特製のものである。

　たった一発の雷を防ぐだけの効果はあったらしい。

「覇アッ！」

「クッ……！」

　ヴァイスに接近して、そのまま斬撃を繰り出した。

　ヴァイスが慌てて防壁を張ろうとするが……遅い。雷の魔法に意識を持っていかれたせいで、他の魔法の発動が遅れてしまう。

「このっ……こんなことで……！」

　しかし、それでもヴァイスも王族である。魔法以外の訓練も受けていた。

　無抵抗で斬られるということはなく、自分の剣でシュバルツの斬撃を受け止めた。

　ガチン、ガチンと金属が打ち合わされる音。二人の間で、幾度かの剣戟による攻防が行われる。

（へえ……意外と闘れるじゃないか）

　剣術の腕前だけならば、シュバルツが圧倒的に上である。

　しかし、ヴァイスも意外と食らいついてくる。シュバルツの攻撃を危うくも二発、三発と防御してみせた。

　魔法による力押しだけではない。真面目に訓練を受けて、実戦経験もある程度積んできたであろう剣である。

（予想通り（・・・・）……五年前よりも腕を上げたようだな。悪くはないが……）

「別に良くもねえんだよ！」

「グッ……！」

　シュバルツの剣がヴァイスの胴体を袈裟懸けに斬り裂く。

　初めてのクリーンヒット。ヴァイスの顔面が痛みと焦りに歪む。

「『ストーンエッジ』！」

　しかし、二人の足元から無数の石柱が飛び出してくる。

　先端を尖らせた石柱が死角からシュバルツを串刺しにしようとした。

「チッ……！」

　シュバルツが鋭いバックステップで迫る石柱を回避した。

　あとわずかに回避行動が遅ければ、股下から脳天までを貫かれていたことだろう。

　ヴァイスとの距離が開いてしまい、仕切り直しになってしまって……。

「させるかよ！」

　シュバルツが素早く横に跳んで、石柱の影に隠れたヴァイスの姿を視認する。

　ヴァイスは石柱に身を隠して、シュバルツに斬られた傷を魔法によって治癒していた。

「喰らえ！」

　シュバルツが石柱越しに剣を投擲した。

　鋭い刃が石柱の隙間を縫うようにして、ヴァイスの喉元めがけて飛んでいく。

「痛ッ……！」

　ヴァイスが焦りに顔面を染めながら、左腕で投げつけられた剣を防御した。

　前腕が貫かれるが、命にまでは届かない。

「この……『ダイダルウェイブ』！」

　続いて、放ってきたのは水の上位魔法。

　津波のような勢いの大水がシュバルツめがけて、押し寄せてきた。

「ハハッ！　こりゃあ、ヤバいなあ！」

　シュバルツは一瞬の迷いもなく、津波に背を向けて逃げ出した。

　背後に押し寄せる大水を背負って走っていった先にいたのは……鎧を着た大柄な男性である。

「ぬおおっ!?」

「悪いな」

　審判役である騎士団長が驚きの声を上げる。

　シュバルツは騎士団長に向かってまっすぐ走っていき……跳躍と一緒に胴体を蹴りつけた。

　三角跳びの要領で大きく跳躍して、押し寄せる津波の魔法を飛び越える。

「ぐおおおおおおおおおおおお……!?」

「ち、父上っ!?」

　代わりに、騎士団長が津波に流されていく。

　少し離れた場所にいて難を逃れていたユリウスが、流される父親の姿に悲鳴を上げている。

（許せよ、ユリウス。それよりも……）

「なっ……！」

　空中を高々と舞いながら、シュバルツは驚きの表情で瞳を見開いているヴァイスを見下ろした。

　大技の魔法を繰り出した直後で、無防備な体勢。障壁を張ることもできないでいる。

「シュバルツ、君は……！」

「死ね」

　ヴァイスが何事かを叫ぼうとする。

　しかし、シュバルツがその言葉を最後まで聞くことはなかった。

　自分の剣は先ほど、投げ捨ててしまったが……代わりに、蹴りつけた際に騎士団長の腰から拝借した物がある。

「『孔雀風天』」

　シュバルツは奪った剣に風の魔力を込めて、ヴァイスがめがけて斬り下ろす。

　紅玉妃シンラ・レンから教えてもらった風の魔法剣。

「ッ……！！」

　魔力無しのシュバルツが使うことができないはずの魔法の一撃が、ヴァイスの身体を深々と斬り裂いた。