第106話 本気と本気

 シュバルツがヴァイスめがけて突進する。

 五年前と同じように、五年前よりも遥かに鋭く強い踏み込みで。


「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ヴァイスが魔法を発動するよりも先に、斬り込もうというのだろう。

 戦略自体は五年前と同じものだが……殺意を載せたその勢いは、以前のものとは比べ物にならない。


「速い……!」


「ヴァイス殿下!」


 ヴァイス陣営から悲鳴のような声が上がる。

 彼らは誰しもヴァイスが再び圧勝すると信じていたはず。

 しかし、稲妻のように飛び出したシュバルツの姿に、「もしかしたら」と不安を感じてしまったのだろう。


「『エーテルカッター』!」


 しかし、ヴァイスも簡単にやられはしない。

 シュバルツが飛び出した次の瞬間には風の刃を撃って、迫ってくる兄を切り裂こうとする。


「フッ!」


「なっ……!」


 以前のシュバルツであれば、それで終わっていただろう。上半身と下半身が永遠に泣き別れしていたはず。

 だが……シュバルツが地面スレスレまで身を伏せて、横薙ぎの風刃を回避する。

 斬られた髪の毛が一筋舞っただけでシュバルツは無傷。


ッ!」


「シールド……!」


 シュバルツの手にした剣が勢いよく突き出される。

 ヴァイスが咄嗟に魔法の障壁を生み出すが……剣先によって貫かれ、ヴァイスの頬に浅い裂傷が生まれた。


「チッ……仕損じたか」


 シュバルツが飛び退り、残身を取る。


「あわよくば、喉を貫いて終わりにするところだったんだがな……さすがに簡単に首は取らせてもらえないか」


「…………!」


 ヴァイスが目を見開いて、息を呑む。

 ようやく……そう、ここで初めてヴァイスは自覚したのだ。

 自分が殺されかけたことを。かつては余裕で勝利することができたはずの双子の兄、その刃が己の喉元に突き付けられていたことを。


「……シュバルツ、君は本気で僕のことを殺そうとしていたんだな」


「今さらだな。冗談でこんな決闘を挑んだと思ったのか?」


「……そうだな」


 ヴァイスが油断なく障壁で防備を固めながら、身構える。

 その身体から魔力が噴き出した。火山が噴火するような勢いで溢れ出す魔力は、これまでシュバルツが見てきた誰よりも強大。

 歴代の王族の倍の魔力があるといわれているのが納得のプレッシャーだった。


「ようやく本気になったわけかよ……」


 随分とスロースターターなことである。

 自分が殺されかけて、やっと動力エンジンがかかったようだ。

 本気を出したヴァイスから放たれる圧力は、竜に化けたヤシュ・ドラグーンすらも凌いでいるかもしれない。


(五年前の……いや、ほんの一週間前の俺だったら、あっさり殺られていただろうな……)


 だが……今は違うと自分でも確信している。

 戦いに勝利するための神髄は戦いが始まる前にこそある。

 一年後に戦闘があるのなら、一年間。

 一週間後に戦闘があるのなら、一週間。

 明日、戦闘があるのなら、敵と向かい合うまでの二十四時間。

 その時までにどのように準備をして、戦いに備えるか……それこそが戦闘の神髄である。


(なあ、ヴァイス……知っているぜ。お前は俺に決闘を挑まれてから今日まで、特に何をするでもなく漫然と過ごしてきたんだよな?)


 夜啼鳥に偵察させて、わかっている。

 シュバルツがヴァイスに宣戦布告をしてから、今日に至るまでおよそ一週間。

 ヴァイスは迷惑をかけてしまった人に挨拶をして回ったり、父王や宰相からお小言を言われたり。

 何を考えていたのか……空に浮かぶ星を眺めて、涙を流していたり。

 シュバルツに勝利するために必要な『何か』のため、一切の時間と手間を費やさなかった。


(死ぬほど遅いんだよ。こっちはお前を殺す準備万端で来てるんだからな!)


 シュバルツは魔神が地上に降臨したのかと思うほど、圧倒的な魔力を放つヴァイスを見据える。

 微塵も恐怖することなく、これまでの日々を胸に剣を握りしめた。


「旦那はん!」


「我が殿!」


「シュバルツさま!」


「シュバルツ殿下!」


 背後から聞こえてくる応援の声。

 振り返らずとも、彼女達が自分を支えてくれているのがわかる。

 おそらく、審判役であるユリウスも。気配を消して潜んでいるクロハだって、シュバルツの勝利を願ってくれているはず。


「……負けるなんてあり得ないな」


 シュバルツが自分が勝利するという確信を込めて、魔力を解放させたヴァイスを睨みつけた。


「……ごめんよ、シュバルツ」


 そんなシュバルツに向けて……ヴァイスが悲しそうに告げる。


「僕は負けるわけにはいかない。彼女と約束したから……僕の愛した女性が自分の生まれてきた役割を全うしたように、僕も自分の義務を果たすと決めたから」


「……お前にこの一年間で何があったかは知らねえよ。ただ、俺はお前を殺すと言った」


 痛切に表情を歪めている双子の弟に、シュバルツは淡々とした口調で告げる。


「俺が殺すと言った以上、お前の命運は今日尽きる。敵は殺す。女は犯す……この国の王になるのは俺だ!」


 言いながら……シュバルツは再び地面を蹴って、飛び出した。


「『サンダーストーム』!」


 ヴァイスが天に向けて手をかざした。もはや手加減はない。

 確実に兄を討つ覚悟を決めて、神の怒りのごとく魔法を発動させたのである。

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