第105話 最後の兄弟喧嘩

 そして、いよいよ決闘当日がやってきた。

 決闘までの月日、シュバルツは双子の弟であるヴァイスを倒すために様々な準備を行った。

 暗殺者に刺された怪我を治し、剣術の腕を磨き、ヴァイスについて情報収集をし、アンバー達と戦略について話し合い。

 そうしているうちにいつの間にか、決闘当日になっていた。


「……まさか、またここに立つ日がやってこようとは思わなかったな」


 シュバルツが腰に剣を提げて、皮肉そうに唇を釣り上げる。

 そこはかつて、王位継承戦にてヴァイスと戦った場所。王宮内部にある騎士団の鍛錬場である。

 普段は多くの騎士が剣を振り、槍を突き、腕を磨いて有事に備えているはずなのだが……現在の時刻は深夜。人目につかないようにあえてこの時間帯を決闘に挑んだ。

 人払いがされており、そこにはシュバルツを含めて十数人ほどの人間しかいなかった。


「旦那はん、しっかりなー」


「我が殿、貴方の勝利を信じる」


「ん……!」


 後ろを振り返ると……そこには恋人である四人の美女がいて、命がけの決闘をするシュバルツを送り出す。


 水晶妃クレスタ・ローゼンハイドがハンカチを振って。

 紅玉妃シンラ・レンが力強く頷いて。

 翡翠妃ヤシュ・ドラグーンが両手に拳を握りしめて。


「大丈夫です。どんな過酷な未来であっても……貴方ならば乗り越えられるでしょう」


 そして、琥珀妃アンバー・イヴリーズが優しく微笑んだ。


「勝ってくる。見ていてくれ」


 シュバルツはそれだけ言って、四人に軽く手を振って前に進み出る。

 この場にいるシュバルツの応援は彼女達四人だけ。

 ただし、少し離れた場所に『夜啼鳥』のクロハと部下数人が隠れていた。

 彼女達を伏せているのは隙を見て、ヴァイスを暗殺するため……などではない。

 シュバルツとヴァイスの決闘を邪魔しようとした人間がいた場合、彼らが助けに入ることになっていた。


(おそらく、邪魔は入らない。アンバーもそう言ってはいたが……警戒はしておくに越したことはないだろう)


 一方で、鍛錬場の反対側から、どこか気まずそうな顔をしたヴァイスが歩いてくる。

 ヴァイスの背後には国王であるグラオス、王妃であるヴァイオレット、宰相と他数名の騎士・侍従の姿があった。


 かつて、王位継承戦では大勢の貴族らに見守られて決闘が行われたが……今回の聴衆は信頼できるごく少数の人間だけ。

 シュバルツがヴァイスと入れ替わっていたこと、四人の上級妃を手籠めにしていたことが露見しないようにするためである。


(王妃は相変わらずの涼しい顔。親父は……死にそうな顔をしていやがるな)


 両親の顔を見て、シュバルツは他人事のようにそんなことを思った。


「…………」


 父親……グラオス・ウッドロウは顔を土気色にしており、思いつめた様子で唇を震わせている。

 これから、血を分けた息子二人が殺し合う場面を見なくてはいけないのだ……生きた心地がしないことだろう。


「フッ……」


 一方で、母親……ヴァイオレット・ウッドロウは扇で顔をあおぎながら、冷笑を浮かべていた。

 まるで退屈とわかっている舞台を鑑賞にいくような、つまらなそうな顔である。


「シュバルツ……本気でやるつもりかい?」


 そして、最後の人間。

 決闘の対戦相手であるヴァイス・ウッドロウが気遣わしそうに口を開いた。


「今だったら、後戻りすることができる。僕の方から父上と母上にとりなしたって良い。考えを改めろ。意地になるのはやめるんだ……!」


 ヴァイスの口ぶりからは「殺したくない」という感情が滲み出ている。

 どこまでも優しい男である。甘いとすら思う。

 それがヴァイスという男の良い部分なのだろうが……シュバルツは母親と同じく冷たい笑みを浮かべて、剣の柄を掌で叩く。


「殺す」


 答えはそれだけで十分である。

 敵は殺す。女は抱く。

 そういう生き方は選んだ。あとは国と玉座を奪い取るだけだ。


「シュバルツ……馬鹿だな、君は……」


 ヴァイスが表情を歪め……かぶりを振った。

 事ここに及んで、ようやく覚悟を決めたらしい。

 シュバルツとそっくりの顔に辛そうな表情を浮かべながら、自分の腰の剣を握りしめる。


「それでは……これより、ヴァイス・ウッドロウ殿下とシュバルツ・ウッドロウ殿下の決闘を執り行う」


「見届け人は私達が務めさせていただきます」


 向かい合ったシュバルツとヴァイスの前に、騎士団長とその娘であるユリウスが立つ。

 二人がこの決闘で審判役を務めることになっていた。


「決闘は王位継承戦に準じて、『剣魔決闘』の方式にて実施いたします。剣または魔法での攻撃のみを有効打とし、マジックアイテムなどの使用は禁止致します。もちろん、他者の助力を得ることも禁止です」


 騎士団長が一度、言葉を止めて……二人の顔を交互に見やった。


「そして……今回は特別ルールとして、命を落とした方の敗北となります。これはシュバルツ殿下の提案を国王陛下と王妃陛下が了承したものになりますが、双方ともよろしいですね?」


「問題ない」


「ああ……」


 シュバルツとヴァイスが了承する。

 胸を張っているシュバルツに対して、ヴァイスは浮かない表情。

 お互い、五年前の王位継承戦とは真逆の顔になっている。


(あの時は俺が緊張しきっていて、コイツは余裕の顔をしていたな……今回は随分とうかない面をしているじゃねえか)


 暗い表情をしているヴァイスであったが……自分が負けると思っているから、落ち込んでいるのではないだろう

 双子の兄を殺害することに心を病んでいるのだろう。


(自分が勝つと決めつけていることは、あの時と変わらない……そう上手くはいかないだろうがな)


「遺言があったら、先に済ませておけよ。ヴァイス」


「シュバルツ……すごい自信じゃないか。まさか、魔力無しの君が僕に勝てるとでも思っているのかい?」


「今回、お前と戦うのは俺だけじゃない。俺には勝利の女神が四人も付いているってことを忘れるなよ?」


「…………?」


 ヴァイスが眉をひそめた。

 シュバルツの後方にいる四人の上級妃に目を向けるが、特に何も言わなかった。

 二人はあの時と同じように二十メートルほどの距離を取り、向かい合って……いよいよ、その瞬間が訪れる。


「それでは…………始め!」


「ハアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 騎士団長が勢いよく手を振り下ろして決闘の開始を宣言する。

 同時にシュバルツが地面を蹴り、砲弾のように前方に飛び出した。

 剣を抜いて、揺るぎない殺意を胸に抱いて……己の半身である双子の弟めがけて、突進していった。

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