第103話 殺しの覚悟

 シュバルツを追いかけてきたヴァイスが、息を切らして双子の兄に問いかける。


「どういうことなんだ……シュバルツ。決闘を挑むだなんて。しかも、命がけなんて……」


「言葉の通りの意味だが? 含んだ意味なんて何もない」


 戸惑った様子で訊ねてくる弟に、シュバルツは淡々とした口調で答える。


「俺とお前が決闘して、勝った方が次の王になる……ただ、それだけのこと。難しい理屈なんて何もない。シンプルな話だろう?」


 勝った方が正義。

 それはとてもシンプルな話である。


 然るべきときに行われるのは、王者を決めるための戦い。

 どちらが正しいか、どちらに義があるか。

 己の正しさを賭けて、神の名のもとに行われる決闘……即ち、神前決闘。

 原初の世界。この世に『法』が生まれた頃より存在する、もっとも古き正義の証明方法である。


「五年前と同じだ。違うのは、敗者が死ぬということだけ。ルール無用の殺し合いということだけだ。簡単な話じゃないか」


「だけど……危ないぞ。本当に五年前のようにはいかない。今度こそ、君のことを殺してしまうかもしれないよ?」


「殺してしまう……ね。もう自分が勝つことを前提に話をしているんだな」


 相変わらずの傲慢さである。

 最強として生まれたがゆえの高慢。敗北を知らぬがゆえの慢心。

 五年間、顔を合わせていないが……本当に目の前の男の嫌な部分は変わっていない。

 ヴァイス・ウッドロウは弱者の気持ちを理解できない。

 それが昔から……殺したくなるほど、大嫌いだった。


「……これ以上、話すことは何もないな。次に会うときは殺し合うときだ」


 もう会話をしたくない。

 あまり話し込んでいたら、決闘の前に殺したくなってしまう。

 シュバルツは四人の上級妃を引き連れて、この場から立ち去ろうとする。


「待て、シュバルツ! 待つんだ……!」


 しかし、ヴァイスはなおも言い募る。

 本気で鬱陶しくなったシュバルツは忌々しげに目を細めて、弟に問いかける。


「なあ、ヴァイス。お前はどうして、王になろうとしているんだ?」


「どうしてって……」


「一度は王太子の地位を捨てて、女と逃げたじゃないか。仮にも実の兄を殺してまで、この国の玉座が欲しいのか?」


「…………!」


 ヴァイスが息を呑む。問いに対する答えはない。

 シュバルツは固まっているヴァイスに近づいた。

 触れてしまいそうなほど顔を寄せると、同じ顔が鏡合わせのように並んだ。


「俺にはあるぜ? 己の半身である双子の弟を殺してまで、王になりたい理由が」


「…………」


「お前はどうだよ……俺を殺す理由があるのか? 信念があるのか? 兄弟の血を被って、真っ赤に染まった玉座に座る覚悟があるのか?」


「それ、は……」


 ヴァイスは沈黙。何も答えない。

 シュバルツは溜息を一つ、吐いてから……眼にも止まらぬ速度で蹴撃を放つ。


「わあっ!?」


 刈るような足払いを受けて、ヴァイスがその場に尻もちをつく。

 シュバルツは無様に転んでしまった弟を見下ろして、冷たく嗤った。


「どうだ? 『魔力無しの失格王子』でも、お前をこかすことくらいはできるんだぜ?」


「シュバルツ、お前……!」


「本番では、せいぜい足元をすくわれないように気をつけろよ。今度は尻をぶつけるだけじゃ済まないぜ?」


 今度こそ、話は終わりである。

 シュバルツは踵を返して、もう振り返ることなく、この場を立ち去った。


 次にヴァイスと会うのは決闘の日時。

 兄弟のうちどちらかが、死ぬ時になるだろう。


「さようならだ……ヴァイス」


 最初から、険悪だったわけではない。

 子供の頃は、蜜月の時もあった。共に並んで笑い合った日々もあった。

 だけど……そんな日はもう二度と来ない。


(殺してやるよ……ヴァイス・ウッドロウ。お前は、俺がこの手で……!)


 玉座を手にするために弟を殺す。

 その覚悟を改めて決めて、シュバルツは拳を握りしめるのであった。

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