第102話 舌戦の後
宣戦布告を終えて、シュバルツは会議室を後にした。
四人の上級妃を率いて廊下を歩いていき、住処となった後宮に帰ろうとする。
「やれやれ……相変わらずというか何というか、疲れる連中だったよな……」
双子の弟との再会。
父親に裏切りの報告。
自分を殺そうとした母親との対面。
シュバルツにとってはどれも精神的な苦痛を伴うことばかりである。
予想以上に阿呆な弟……ヴァイスの妄言。
少しもシュバルツのことを顧みることのない母親……ヴァイオレットの発言。
いくつか予想外の出来事はあったものの、どうにか最初に思い描いていた絵図の通りの展開に持っていくことができた。
即ち、シュバルツとヴァイスの決闘。
双子の弟との、命がけのタイマンによる決着である。
「これで勝てなかったら道化だな。笑える展開だよ」
「私達としては笑えませんよ。夫を失うことになるのですから」
揶揄するよな口調で言って、琥珀妃――アンバー・イヴリーズがシュバルツの脇腹を小突く。
「シュバルツ殿下が勝てなければ全て台無し。殿下は間違いなく命を落として、私達も道連れで沈むことになるでしょう」
「ウチらも揃ってお終いやな。ハハッ、こんな投機に手を出すことになるとは思わんかったわ!」
水晶妃――クレスタ・ローゼンハイドが笑う。
それは愉快でおかしいというよりも、もはや笑うしかないといったヤケクソな笑いである。
「だが、我らが夫の勝利を信じるしかないな。今さら、矛を収めることなどできぬ」
「……信じます。何があっても」
紅玉妃――シンラ・レンが力強く言い放ち、翡翠妃――ヤシュ・ドラグーンもまた両手で握りこぶしを作った。
この場にいる五人の生殺与奪、全てがシュバルツとヴァイスの決闘にかかっている。
シュバルツが敗北した場合、四人の上級妃がどうなるのかは不明。
不貞を働いた恥ずべき女として国許に返されるかもしれないし、何事もなかったように揉み消されてヴァイスの妻になることを強制されるかもしれない。
あるいは、死んだ夫の後を追って自害するか……どちらにしても、幸福な未来は存在しないだろう。
「勝ったとしても、今度は俺が王になることを反対する連中との戦いか……どれだけの艱難辛苦が待ち構えているのやら。俺ってやつは、そんなに悪い事をしたかね?」
「少なくとも、女癖は良くありませんわ。ここにいる四人……私以外の三人は全員、お手付きになっているのですから」
アンバーが拗ねた様子で唇を尖らせた。
クレスタ、シンラ、アンバー……いずれも骨までしゃぶりつくされるほど、シュバルツに徹底的に抱かれている。
この中で、清い身体でいるのはアンバーただ一人だった。
「今さらやけど……何で、アンタは旦那はんに抱かれへんの?」
クレスタが不思議そうに訊ねる。
「暗殺から匿って、こうして王や王妃への反乱も手伝って……アンタが旦那はんの味方やってことはわかったけど、だったら抱かれて構わないんと違う? どうして、逃げ回ってるんか意味わからんわ」
「それは……」
「まさかとは思うが……すんでのところで、自分だけ逃げるつもりではあるまいな?」
シンラが鋭く切り込んだ。
「『自分はまだシュバルツ殿下に抱かれていない』……そう主張して、ヴァイス殿下の側に寝返るつもりではあるまいな?」
「あらあら……そんなふうに疑われてまして?」
「最初から最後まで、貴女の行動は不可解過ぎる。そもそも、どうして我が殿に心を寄せているのかもわからぬからな」
アンバーは他の三人とは違って、これといった切っ掛けもなくシュバルツの傍にやってきていた。
暗殺から助けたことが切っ掛けといえば、そうなのだが……そもそも、アンバーがどうしてシュバルツを助けたのかも不明である。
「理由は話すことはできません……しかし、私がシュバルツ殿下を王にしたいと思っているのは、事実です。こればっかりは、信じて欲しいとしか申せませんが」
「信じよう」
答えたのはシンラではなく、横で話を聞いていたシュバルツである。
喧嘩をするなと窘めるように、シンラとアンバーの背中を叩いた。
「元より、命の恩人に疑いを向けるほど落ちてはいない。ここしばらく、寝食の面倒も看てもらったからな」
暗殺者から受けた怪我の治療。
寝込んでいた間は食事を運んできてくれたり、食べさせてくれたりもした。
アンバーの献身は偽りではなかったと、シュバルツは感じている。
「すでに賽は投げられた。身内を疑っているような段階はとうに終わっている。あとは勝つために全力を……」
「シュバルツ!」
「尽くして……嫌なタイミングで現れるよな。いつもいつも」
シュバルツは忌々しそうに吐き捨てて、後ろを振り返った。
そこには自分と同じ顔でありながら、雰囲気は正反対の青年が立っている。
「何か用かよ……ヴァイス」
いずれ殺し合うことが決まってしまった敵。
双子の弟であるヴァイス・ウッドロウを、シュバルツは射殺すように睨みつけたのであった。
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