第101話 決断者と苦悩
「驚いたわねえ……まさか、シュバルツがあんなことを言い出すだなんて」
椅子に足を組んで座ったヴァイオレットが、頬に手を添えて溜息混じりに言う。
話し合いが終わり、シュバルツは上級妃らを引き連れて部屋から出ていった。
ヴァイスは勝手に王宮を出奔したことで謹慎を言いつけられ、自分の部屋に戻っていっている。
会議室には国王グラオスと王妃ヴァイオレット。幾人かの側近が残された。
「子供の成長は偉大だと喜ぶべきかしら? 失敗したわねえ、王としての素質はシュバルツが優っていたようだわ」
「……笑い事ではあるまい」
グラオスが疲れた様子で王妃を嗜める。
一応は丸く収まったと言うべきなのだろう。全てがシュバルツの掌の上で動いているような気もするが。
「……シュバルツ殿下の目には覚悟がありました。揺るがぬ戦士の覚悟が」
王の側近の一人……騎士団長が苦々しい顔で言う。
「負けるつもりで戦いを挑んだようには見えませんな。ヴァイス殿下に勝利するための算段があるのでしょう。五年前のようにはゆかぬかと」
「そうか……」
「『魔力無しの失格王子』がヴァイスに何ができるとも思えませんけどね」
グラオスが重苦しく、ヴァイオレットが微笑みを湛えて、騎士団長の言葉に頷いた。
国益を考えるのであれば、ヴァイスに勝利してもらった方が都合が良い。
ヴァイスが王になれば魔力至上主義の貴族達もまとまる。上級妃らが約束通りに口を閉ざしてくれるのならば、偽物を仕立てたことについて国際問題になることもない。
全てが丸く収まる……はずである。
「……陛下、ヴァイス殿下にはたして国王が務まるでしょうか?」
ポツリと不安を吐露したのは、同じく側近である宰相だった。
「王宮を出奔して駆け落ちをして、多くの人間に迷惑をかけながら悪びれることもない……明らかに、ヴァイス殿下は王権を軽んじておられる。王の責任を軽く見ているヴァイス殿下が良き王になれるとは思えません」
「…………」
宰相の言葉にグラオスは沈黙で肯定する。
ヴァイスの態度を見るに、彼が理想の王太子だと思っていた者達の幻想は見る影もなく崩れてしまった。
いかに大量の魔力があるとはいえ……責任感の欠如した人物を王として据えて、国が上手く回るのだろうか?
「不敬を承知で言わせてもらえるのならば……シュバルツ殿下の方が王としての資質があります。人手不足で騎士団長の娘以外に見張りを付けられなかったとはいえ、我らに気がつくことなく四人の上級妃を篭絡して味方につけたのですから」
「宰相殿の言うことに私も同意です……ヴァイス殿下の半分でも魔力があったのであれば、私は迷うことなくシュバルツ殿下を王として推したことでしょう」
宰相に続いて、騎士団長も苦悶の顔で言う。
国王と宰相と騎士団長。国の首脳たる三人が葬式のような暗澹とした空気で黙り込む。
「やれやれ……殿方は本当に肝心な時に頼りにならないのですね」
そんな男三人を前にして、ヴァイオレットが失望した様子で首を振る。
「私は
「王妃よ、だが……」
「もはや賽は投げられました。今さらシュバルツを暗殺することもできませんし、二度目の決闘の結果とやらに全てをゆだねましょう」
「…………」
「どちらが勝っても、この国の未来には無数の雲が覆っている……私としてはそれなりに満足できる結果ですわ」
普段から仮面のような微笑みを崩さないヴァイオレットが、珍しく相貌を崩す。
まるで誕生日プレゼントを楽しみにして待つ少女のような無邪気な笑みを浮かべて、妖女ヴァイオレット・ウッドロウは二人の息子の殺し合いを心待ちにするのであった。
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