第99話 喉元の刃


「シュバルツ……貴様、余を騙していたのか?」


「悪かったよ、親父……そういうことになるな」


「何ということだ……馬鹿息子め……」


 父王グラオスはようやく理解したらしく、心労でシワが増えた顔を苦渋に歪める。

 理想の王子だと思っていたはずのヴァイスの変容を突きつけられ、自分の命令通りに行動していたはずのシュバルツから騙されていた。

 さぞや胃が痛いことだろう。二人の息子に同時に裏切られてしまったのだから。


「騙したことは悪かったと思っている……だが、被害者がどっちかはわかるよな?」


「それは……」


「なあ、親父。お前は知っていたのか……その女が俺を暗殺しようとしていたことを」


「…………!」


 グラオスが胸を射抜かれたように言葉を失う。


「流石に気づいているよな……その女が、正妃が俺を暗殺しようとしていたことを。ヴァイスの治世の邪魔になる俺を用済みになったからと始末しようとしていたことに」


「シュバルツ……」


「四人の上級妃を寝取って玉座を奪おうとしていたのは野心からの行動だが、正解だったと思っている。もはやお前らは俺を殺せない」


「…………」


 グラオスが崩れ落ちるようにして椅子に座り、顔を両手で覆う。


「……許せ、息子よ」


「許してやるとも……だが、容赦はしない」


 シュバルツは父の懺悔を鼻で笑って、一同を見回した。


「俺はこの国の王になる。ここにいる上級妃もそれに賛同してくれている。もしも俺が王にならなければ、彼女達の生国が王太子の出奔をひた隠しにして、騙していたことを理由に戦争を仕掛けてくるだろう……さあ、どうする!?」


「馬鹿な……!」


「シュバルツ殿下、何ということを……!」


「…………」


 宰相や騎士団長がうめくように非難の声をかけてきた。グラオスは言葉もなく、ただただ項垂れている。

 彼らは間違いなくヴァイスを支持していた。


 ここにいる人間だけではない。

『魔力至上主義』を掲げている貴族の大部分が、『魔力無しの失格王子』であるシュバルツよりも王家の歴史上最高の魔力の持ち主であるヴァイスが王になることが正しいと信じている。

 シュバルツが王になれば国が荒れる。

 それは試してみるまでもなく明白な確定事項だった。


(だが……それがここにきて覆ったな。俺を廃してヴァイスを選べば、四人の上級妃が敵に回る。そうなれば、四方の国々を敵に回すようなものだ)


 厳密に言えば、ヤシュの故郷である亜人連合国は嫁いだ娘のことを見捨てている。ヤシュに実質的な政治力はない。

 しかし、そのことを知るのはシュバルツを含めた一部の人間だけである。交渉材料としての瑕疵かしはない。


(俺を王にして国内の貴族の大部分を敵に回すか。ヴァイスを王にして他国を敵に回すか……不自由な二択だよな。可哀そうに)


 どちらを選んでも修羅の道。国が乱れることは避けられない。

 四ヵ国から姫を妃として貰い受けたのは国際情勢の安定のためだったが、それがここにきて彼らの首を絞めつけていた。

 絞めつけ過ぎて、そのまま千切れ飛んでしまいそうなほどに。


(それでも、お前達は選ばなければいけない。俺を『失格王子』として冷遇することを選んだように。都合よく呼び戻して、ヴァイスの代理人を押しつけたときのように)


 それが国の上に立つ者の義務だから。

 今さら、責任逃れをすることなど許すものか。

 自分達の決断の付けを支払ってもらう。それがシュバルツが彼らに与える罰だった。


「さあ、どっちにする? 俺はもう選んだぞ……親父」


「…………」


 項垂れていたグラオスであったが、ノロノロと顔を上げる。

 途方に暮れたような目をする父親であったが……シュバルツが手心を加えることはない。

 父親の喉元に言葉の刃を突きつけて、真っ向から睨みつける。


 シュバルツはとうに決断しているのだ。

 四人の妃を奪うことを。この国の王になることを。

 それを邪魔するありとあらゆる艱難辛苦に立ち向かうことを……すでに決めていた。


 今度はグラオスが決める番だ。

 シュバルツを選ぶか、ヴァイスを選ぶか……王にその場にいる全員の視線が集まった。


「シュバルツ、余は……」


「はいはい、それぐらいにしてくださいませ」


 決断しようとする国王であったが……その言葉を遮る者があった。

 最高権力者である王の言葉を止めることができる者など、この場には一人しかいない。


「親をイジメるのは感心いたしませんわ、シュバルツ」


「やはり出てくるかよ、女狐め……!」


 部屋の奥。それまで言葉を発することなく静観していた人物が椅子から立ち上がる。

 予想していたタイミングでの登場である。シュバルツは獣が唸るように牙を剥いて唸った。


「母上!」


 状況が理解できず困惑していたヴァイスが声を上げる。

 立ち上がって口を挟んできたのは黒いドレスに身を包んだ年配の女性。

 愛するヴァイスを次期国王にするため、実の息子であるシュバルツを暗殺しようとした張本人。人の姿をした妖物……ヴァイオレット・ウッドロウ。


 この国の影の支配者である王妃が、数年ぶりにシュバルツと真っ向から視線を合わせてきたのである。

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