第96話 琥珀色の秘密

 クロハ率いる『夜啼鳥』と四人の上級妃。

 シュバルツの陣営が明確にまとまり、正統なる王位継承者ヴァイス・ウッドロウを迎え撃つための準備が整った。

 ユリウスはいまだ立場を明白にしていないものの……それでも、シュバルツに対して明らかな敵意はなさそうだ。

 想定していたのとは違う形になったものの、四人の上級妃を味方につけてヴァイスに対抗するという目的は果たされたことになる。


「なあ……いったい何が目的なのか、そろそろ話してもらってもいいか?」


 その日の夜、シュバルツがアンバーに問いかけた。

 シュバルツが借り受けた琥珀宮の部屋には、シュバルツとアンバーの二人きりになっている。

 日暮れ前に他の上級妃らは自分の宮殿に引き上げている。三人ともシュバルツの身を案じ、一時の別れを惜しみながら去っていった。

 クレスタも後宮から出ていっており、今頃、部下に情報収集を命じていることだろう。

 近いうちに王宮に戻ってくるという双子の弟ヴァイス。それにシュバルツの命を明白に狙っている母親ヴァイオレットについても調べておく必要がある。

 クロハや『夜啼鳥』の仲間には色々と迷惑をかけてしまったが……この借りは王になってから返すことに決めていた。


「なあ、アンバー。お前はどうして俺を気にかけるんだ? まさか、俺に惚れているというわけでもないのだろう?」


「…………」


 わざわざ部屋まで食事を運んできてくれたアンバーに訊ねるが、彼女は沈黙したまま。料理をテーブルに並べる手を止めることすらしなかった。

 反応が返ってこないことを承知で、シュバルツは言葉を続ける。


「最初は利益のためだと思っていた。俺を懐柔して正妃に収まり、この国を牛耳ろうとしているのだと勘ぐっていた。だけど……そうだとしたら俺の命を助けるはずがない。俺の首を手土産にして、ヴァイスの正妃になることを求めれば良いだけだからな」


 他の上級妃を追い落とすのも簡単だ。

 アンバーはシュバルツがヴァイスに成りすましていることも、上級妃の三人を手籠めにしていることも何故か知っていた。

 シュバルツと三人の関係を国王に漏らせば、彼女達はヴァイスの正妃となる資格を失うことだろう。

 シュバルツを匿うだなんて、国王と王妃を敵に回すことをする必要はない。

 もっと簡単にウッドロウ王国を掌中に収める方法はいくらでもあるのだ。


「それなのに……どうして、お前はヴァイスじゃなくて俺を選んだ? 配下に任せることなく自ら怪我の手当てをしたり、食事の準備をしたり……どうして、そこまで俺に尽くすんだ? いい加減に理由を話してくれ。ワケも分からないままじゃ素直に礼も言えやしない」


「貴方は……」


 繰り返し尋ねると、ようやくアンバーが口を開いた。


「貴方は、灰色の世界が黄金に色づく光景を目にしたことがありますか?」


「…………は?」


「ぶ厚い雲の切れ間から、天使が階段を下ろすように光が差す光景を。枯れた大地が広がっている砂漠に、一瞬で緑が広がる光景を。深くて暗い海の底に沈んでいくところに手を差し伸べられたことはありますか?」


「…………」


「私はあります。つまりはそういうことなのです」


「悪いな……まったく、意味が分からない」


 意味が分からない。

 てっきり質問に答えてくれるのかと思ったら、急に詩のようなものを読みだしてはぐらかされてしまった。

 肩透かしを食らった気分である。シュバルツは頭痛を堪えるように額を押さえ……深い溜息をついてベッドから立ち上がった。


「ああ、畜生! メシだ、メシを食うぞ!」


 アンバーが用意してくれたローストチキンの脚を掴み、乱暴に噛みちぎる。

 いい加減に事情を話してくれるかと思いきや、またしても煙に巻かれてしまった。

 シュバルツは不機嫌を前面に押し出して、グチャグチャとわざと品のない食べ方で夕食を口にかっ込んでいく。


「フフッ……慌てて食べると、喉に詰まらせますよ?」


「うるへえ、だまってろ!」


「ウフフフ……」


 こちらに顔を向けることなく料理を食い散らかすシュバルツに、アンバーは穏やかな笑みを浮かべた。

 微笑ましそうな、見守るような笑みは普段の仮面のような笑みとは異なり、深い愛情を感じさせるもの。


 もしもその笑みを目にしていたら……シュバルツも悟ったことだろう。

 アンバー・イヴリーズという女が、シュバルツ・ウッドロウという男を愛していることに。

 どういう理由で、どんな経緯でかはさっぱりわからないが……アンバーが協力をしてくれる根っこの理由が愛情であることに気がついたことだろう。


「ああ、いけませんね」


 幸せそうにシュバルツを見つめていたアンバーが陶器のさかずきに葡萄酒を注ぐ。


「グッ……ゴホゴホッ!」


「はい、どうぞ」


 数秒後、予想通りに喉を詰まらせたシュバルツにアンバーはそっと杯を差し出すのであった。

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